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 作戦決行は、明日の22時と決まった。明日は石崎奉燈祭の前日で、21時頃まで駅前で子供達が祭り囃子の練習をしているのだ。それが終わった後でないと作戦を行うのは難しいだろう。明治時代のたくさんの村人が、一旦ここに避難することになるのだから。


 本当は明日は能登島に行く予定だったのだが、天気予報によると午前中から昼過ぎにかけて雨が降りそうなので、夕飯の時に伯父さんが「能登島に行くのは延期しよう」と言いだしたのだ。だけどちょうどよかった。いろいろ準備も必要だし。


 もう夜も遅いし、さすがに帰らないと。ぼくらは家に戻り、汗や泥で体がべとべとになったので、シャワーだけ浴びて着替えて寝ることにした。なんだか色々あって疲れてしまったぼくは、ヤスに「おやすみ」を言って布団に横になった瞬間、眠ってしまった。


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 翌朝。天気予報の通り、空は雨模様だった。


 朝ごはんを済ませたぼくたちは、早速ヤスの部屋で作戦会議を開いた。まずは、自分たちの体を火から守るための防火服を入手しなくては。火事に巻き込まれる恐れもないわけではないのだ。しかし、あいにく伯父さんは消防団員ではないし、団員をやっている人も、貸すのは無理、とのことだった。


 そうなると、自前で用意するしかない。が……おそらくこの近辺でそんな物を売っている店があるとも思えないし、あったとしても、ネット調べで数万円もするので、とてもぼくたちには手が出ない。


 ただ、伯父さんや伯母さんが畑仕事の時に着ているツナギの作業服は燃えにくい素材で出来ている。これを借りて着て、その上に防寒用のアルミブランケットを加工してポンチョを作ってかぶれば、簡単な防火服になりそうだ。


 作業着は何着も家にあって、ぼくとヤスは伯父さんとサイズがそう変わらないから、伯父さんの作業着を借りて着ることにした。シオリは伯母さんのものがピッタリらしい。ヘルメットは二つしかないが、防災ずきんが一つあるので、これで頭を守るものも三人分確保できた。


 その後は全員で情報収集。ヤスは位相欠陥やベトナムの宗教、シオリは七尾の歴史、ぼくはベトナム戦争で使われた爆弾について、それぞれ家にある本やネットで調べた。


「うーん。やっぱ難しいなあ、位相欠陥って」自分のノートパソコンを操作していたヤスが、ため息をつく。「トポロジカル・ディフェクトと言うらしいが、宇宙の始まりの頃にできた『宇宙ひも』だとか、磁気単極子モノポールだとか言われても……なんだか全然分からんな。ただ、どうもあの神社には、それに絡んだ何かがあるのかもしれない。ワームホールとか空間の歪み的な、何かがな」


「そうなのか」


 科学の天才であるヤスにも分からないものが、ぼくに分かるはずがないのだが、とりあえず相づちは打っておく。


「だけど、ベトナムについては面白いことが分かったよ。あそこって意外に宗教事情が日本とかなり似ているみたいなんだ」


「え、マジで?」


 それは知らなかった。


「ああ。仏教やキリスト教もそこそこ広まっているが、神道のような多神教的な地元の宗教もそれらと共存しているらしい。そう考えると、確かにあの小屋は祠のようなデザインだった気もしなくもないよな。神を祀っている場所だったのかもしれない。『神』の本体もそこにあるのかもな」


「へぇ」


「だから、ひょっとしたら例の『神』ってヤツは、日本の神道の神にも通じているか、もしくは本当に同じ物なのかもしれない。文字しか通じない、というのは謎だが……考えてみればおれたちもネットのやりとりはほとんど文字だからな。アレはそういう方向に究極的に進化した存在なのかも……」


 この分析能力。さすがはヤスだ。


「で、カズ、お前はどうなんだ? 何か分かったのか?」


「ああ」


 ぼくはスマホの画面に視線を移す。


「この時代に使われていた米軍の航空機投下用の通常爆弾は、M117 か M118 と呼ばれるタイプだ。だが、おそらく通常爆弾ならば爆心周辺の家屋は吹っ飛ぶだろうが、火事はそう簡単に起きないと思う。この家には灯油タンクがあるけど、明治の頃はそんなものがある家なんかなかっただろうし、当時の石崎では電気やガスなんかも整備されていないはず。だから、激しく燃えるものが何もないんだ」


「それはそうだな」ヤスがうなずくのを見て、ぼくは続ける。


「ああ。そもそも、例の『神』がいるベトナムの祠の辺りには、頑丈な軍事施設なんか何もなかった。とすれば、米軍も破壊力の大きい爆弾をわざわざ使ったりはしないだろう。ってことは……やはりナパーム弾が使われた可能性が高い。ナパーム弾は爆心から半径五十メートルの範囲を一瞬で焼き尽くすんだ。しかもナパーム弾に使われる燃焼材の燃焼温度は千℃にも達するんだって」


「マジかよ……」ヤスが目を丸くする。「そんなんじゃおれたちなんか、たとえ防火服着てても一瞬で燃え尽きちまうんじゃ……」


「そりゃ、直撃されたらそうなるさ。だからその前に全部終わらせなくちゃならない」


「そうするしかないな。で、シオリ、何か分かったか?」


 ヤスがシオリに顔を向けると、家にあった「七尾市史・近現代編」を開いて読んでいた彼女が眉根を寄せる。


「うーん……この本にもなんも書いてないわ。一応、火事のことも調べてんけどぉ、明治28年4月と明治38年11月の2回、旧七尾町内は大火に見舞われた記録があるげんね。どの辺りが燃えた、っていう地図も残っとる。でもぉンね、犠牲者数とかは分からんげん」


「記録がないのか?」と、ぼく。


「ほうねんて。ほやけどぉ、そもそもぉンね、石崎奉燈祭が始まったのが明治22年やろ? その火事は二つともその後に起こっとれん。しかも石崎やなくて七尾町の火事やしぃ、なんも関係ないんでないかなあ」


「……そうなのか」


「あの『神』によれば、明治21年10月12日に爆弾が落ちて火事が起こったんだよな? その記録もないのか?」と、ヤス。


「おいね。ひょっとしたら、図書館に行ったらぁンね、記録があるかも知れんけどぉ……」


 確かに、明治時代の資料となると意外に残っていないものなのかもしれないな。その当時はテレビもラジオもないし、マスメディアとしてはせいぜい新聞があったかどうかくらいだろう。


「そもそもぉンね」シオリが続ける。「昔ってぇ、今と違ごてどこでもかなり当たり前のように火事が起こっとったんやって。しかも家が藁葺わらぶきやったりしてぇ、すごく燃えやすかったみたいねん。だからすぐに延焼してぇ、大火事になっとってんて。ほやさけぇ、火を鎮めるためのお祭りってぇンね、石崎奉燈以外でもいろんなところで行われてたみたいやよ」


「へぇ」


 ということは、結局のところ、例の爆弾による火事だけが石崎奉燈祭のきっかけになった、ってわけでもなさそうだ。だとしても、その日に爆弾が落ちたのはぼくらのせいなんだから、ぼくらがなんとかしなきゃならない。


「なんや、みんなで勉強しとんの?」ニコニコ顔のヤスコ伯母さんだった。「勉強熱心なのもいいことやけどぉ、もうすぐ昼ご飯やよ」


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