13

「そうだ! ワームホールを作って、そこに人を避難させればよくね? そうしたら一瞬で避難できる。どこでもいいから火事が落ち着くまでそこにいてもらえればいいし」


「ああ、それはいい考えだな」そうは言うものの、ヤスの表情は相変わらず冴えない。「村人を探し出せたらそうすればいい。けど……二分じゃそれは絶対無理だ……」


「とりあえず、ワームホールで避難が可能なのか、聞いてみるよ」


 スマホに入力すると、返事はすぐに来た。


 "もちろん可能だ。避難先はお前たちの時代の石崎か、私の時代のバッチャンかのどちらかになるが"


 だったら当然決まっている。ぼくらの時代の石崎だ。「神」の時代のベトナムはそもそも爆弾が降りまくっていて、「神」のねらいはそれをこっちに転送することなのだから、そんな危険なところに避難させるわけにはいかない。


 よし、これで避難方法はOK。しかし……問題は、時間がほとんどない、ってことだ。ワームホールが開いてから爆弾が送られるまで、たった二分。そんな短時間じゃ、村人全員を探し出して避難させるのはとても無理だろう。その二分間を引き延ばすことができれば助かるんだが……そんなこと、できるわけないよな……


「……待てよ」しばらく考え込んでいたヤスが、ふいに顔を上げる。「もしかしたら、時間を引き延ばすこと……できるかもしれないぞ」


「え、どういうこと?」


「ワームホールっていうのはさ、空間がねじ曲がっている状態なんだ。アインシュタインの理論によれば、この宇宙は4次元時空連続体なのだから、空間の曲がりは時間の流れにも影響を与える。実際、空間の歪みが頂点に達しているブラックホールのシュバルツシルト半径では、時間が完全に止まっていると考えられてる」


「……」


 ヤスが何を言っているのか、全然分からなかった。シオリの方を見ると、彼女も肩をすくめてお手上げのポーズを取る。そんな二人の様子にも構わず、ヤスは続けた。


「と、するとだな……ワームホールを使えば、おれらの周りだけはそのままで、周囲の時間を遅くすることも……できるんじゃないか? そして、仮に時間の流れが十分の一の速さになれば、二分が二十分になるわけだ。それだけ時間があれば、少なくとも爆弾が直撃する範囲にいる人たちだけでも避難させることができるんじゃないか?」


「うーん……良く分かんないけど、聞いてみるよ」


 さっそくぼくがスマホに入力すると、すぐに返答が来た。


 "時間の流れを遅くすることはできないが、逆にお前たちの主観時間を局所的きょくしょてき(限られた場所だけ)に加速させることは可能だ。そうすれば、お前たちからは相対的に周囲の時間の流れが遅くなって見えるはず。ただし、やはり加速の倍率は十倍程度が限界だ。それ以上時間を加速することはできない"


「OK。上等だ」と、ヤス。難しい言葉がたくさん出てきてぼくには全くチンプンカンプンなんだけど、彼はちゃんと理解出来ているようだ。


「と、すると……」ヤスが思案顔で続ける。「カズ、爆弾の爆発で起こる火事は、どれくらいで収まると思う?」


「ええと……」ぼくはスマホで検索してみる。「十分くらい燃えることもあるって……」


「そんなの待ってられねえよ! だったら街から少し離れた場所に村人達を戻そう。それなら街がどんだけ燃えてても大丈夫だろ」


「そうだな」


「それじゃ、とりあえず話を整理するぞ」ヤスがぼくとシオリに向き直る。「まず最初のワームホールが開かれたら、その直後におれらが別のワームホールで過去の石崎に移動。おれらの時間を十倍に加速してもらって、二分……おれらにとっては二十分で、すべての村人をワームホールで今の石崎に避難させる。そして残り八分でその人達を街から少し離れた場所に戻す。これでどうだ?」


「ウチもそれでいいと思う」シオリがコクコクとうなずく。


「うん。いいんじゃないかな……いや、待てよ……」


 同意しかけたぼくの頭の中に一つ、大きな疑問が浮かび上がった。


 それ、ぼくたちがわざわざ現地に行ってやらなきゃダメなことか?


 よく考えたら、ワームホールを作るのはぼくじゃなくて「神」だ。だとすれば、別にぼくたちが行かなくても、「神」がそれをやればいいじゃないか。


 そうスマホに書くと、「神」の返答はこうだった。


 "私はある程度コントラストが高くないと視覚的に識別できない。書物に書かれた文字は白地に黒だから容易に識別できる。真っ白な巫女衣装もコントラストが高いので識別が可能だ。だが、明治時代の一般的な日本人の服装はコントラストが低く、私には識別が非常に難しい"


 ……。


 全く、めんどくさいヤツだなあ。てか、巫女衣装が白いのはそんな理由だったのか……


 ん? ちょっと待てよ? ってことは……


『ひょっとして、さっきぼくだけが過去のベトナムに取り残されたのって、ぼくが黒いTシャツと黒いデニムを着ていたので、よく見えなかったからなのか?』


 そう。ぼくはけっこう黒い服が好きなのだ。書いたとおり、今も全身黒づくめ。ちょっと中二病入ってるかもしれない。リアルで中二だし。ちなみにヤスが今着ているのは白いTシャツにライトグレイのチノパンだ。ぼくとは正反対の、白っぽい服装。だから彼は「神」に見つけてもらえたのだろう。


 なぜか少し時間をおいて、ようやく「神」が返答する。


 "そのとおりだ。私は最初、藤田和彦の存在を認識していなかった。他の二人が騒いでいたので、もしかしたらもう一人いたのか、と考えたのだ”


 ……。


「ふざけんなぁ!」思わずぼくは大声になる。「どんだけぼくが怖い思いをしたと思ってんだよ!」


「ちょ、カズ兄、声大きいって……夜中ねんよ? またお巡りさんに見つかったら、どうすらん?」


 シオリにそう言われてしまうと、


「う……」ぼくも何も言えなくなる。


「まあ、それはもう済んだこととしよう。な、カズ」ヤスだった。「それよりも問題なのは、『神』の視覚が意外にショボかった、ってことだ。そうなるとやっぱりおれらが過去に行って人間を見つけるしかないだろう。だが、見つけたとして、どうやって『神』にそれを知らせればいいと思う?」


「うーん……いちいちシオリの力を使ってコンタクトする、っていうのも……時間がかかりそうだよな……そんなに時間的に余裕があるわけじゃないし……指さして、これが人間だって示して、それだけで分かってもらえるんだったら一番楽だけど」


「それができるか、聞いてみてくれ」


「分かった」


 それに対する答えは、こうだった。


 "指さすだけでは分かりにくい。目標を発光させる事が出来れば確実だが"


「あのなぁ……」ぼくは呆れ顔で言う。「どうやって人間を発光させるんだよ……明治の人間がスマホとか持ってるわけないんだし……」


「いや、別に発光させなくてもさ」と、ヤス。「目標に向かって光を当てたらどうだ? ほら、レーザーポインターみたいな奴でさ」


「!」


 なるほど、それはいいアイデアだ。


「そうか、ぺイブウェイ作戦か」


「ぺイブウェイ?」ヤスが首をひねる。


「アメリカ空軍のレーザー誘導爆弾だよ。目標にレーザー光線を当てると、そこに向かって自動的に爆弾が落ちていくんだ」


「へぇ……さすがミリオタだな」からかうような調子で、ヤス。


「うるさいな。それじゃ、ぺイブウェイ作戦でいけるかどうか、聞いてみるぞ」


 スマホに入力。


 "レーザー光線なら、位相がそろっているからこちらも容易に認識できる。そのレーザー光線で指定されたポイントの地面にワームホールを作成する"


 ええと……よくわかんないけど、たぶんOKってことだよな?


「それじゃ、レーザーポインターで助けるべき人間を指定する、ってことにしよう。二人とも、いいね?」


「ああ」


「分かったよ、カズ兄」


 ヤスとシオリが、同時にうなずく。


 よし。これでやるべき事はすべて決まった。


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