第十四話 毒毒毒! あ~んど毒!

 シャルルの顔が近い! シャルルの手が熱い! シャルルの目が、私に釘付けになっている!


(ま、まさか本当に? 私まだ心の準備できてないよ! ていうか、私たち知り合ってまだ一か月も経ってないでしょ!?)


 いや、蜂だったら知り合ってその日にしちゃうものかもしれないけど! わ、私はそういうのもうちょっと大事にしたいかなぁ……なんて!


 私の手を握るシャルルの手に、さらに力と熱がこもる。


 ああ、かっこいい。素敵。シャルルってこんなにイケメンだったっけ。

 ごつごつの手もたくましい身体も、なんかえっちに見える。


「行こう、レジーナ」


「う、うん。私初めてだから、その。……お手柔らかにね?」


 シャルルは私の手を握り歩き出す。二人きりになれる場所を求めて。


 ああ、お父さんお母さん。私今日、大人になるよ……!






「ヒャッハーッ! 行くぞレジーナ。罠を置いて置いて、置きまくれぇ!」


 ……私はシャルルの言葉通り、第一階層に毒の罠を仕掛けていく。


 なんだろう、この裏切られた感じ。妙にテンションの高いシャルルがウザい。


 つまるところアレだ。私のレベルが上がって舞い上がっているのだ。

 いや、私の成長を喜んでくれるのは嬉しいんだけどね? 私が求めてたのはそれじゃないっていうか。


(ってか、あの状況なら普通、個室まで行ってそのままGOの流れでしょ!? コイツ……DQNっぽい見た目してるのに意外と少年か?)


 わかっているとも。男の子はこういう、迷宮作りとか大好きなのだ。時として性欲に勝る。


 それに、私も迷宮を作るのは好きさ。迷宮蜂、なんて種族に転生できたのは、きっと私の中にいる少年の魂がそうさせたんだろう。


 けど、私にも気分ってもんがある。今は……その。そういうことがしたい気分だった!


(も、もしかして、私って魅力ない? シャルルは美しいって言ってたけど、それはお世辞だった? まさか私、蜂界だとあんまりかわいく……ない!?)


 ズーン。そんな効果音が聞こえてきそうなほど、私はわかりやすく落ち込んだ。


 少なくとも人間目線だと、変身した私はすごくかわいい。目は大きいし輪郭は柔らかいし、おっぱいおっきいし!


 けど、シャルルにとっては好みじゃない? 蜂の姿になっても、私に興味ないのかな……。


「なあレジーナ!」


 その時、シャルルは私に話しかけてきた。とっても楽しそうな声で。

 正直、ちょっとムカつく。いや、結構ムカつく!


「なにッ!?」


 少し、いやだいぶ。自分でもびっくりするほど、怒ったような声が出た。本当は、こんな言い方するつもりじゃなかった。でも……。


「楽しいな!」


 振り向いたシャルルの笑顔は、驚くほど純粋だった。それは一寸の情欲もなく、ただ少年のように清らかであった。


(ああ、綺麗だ)


 そうだ。私は彼の笑顔を、ずっと綺麗だと思っていた。

 私に忠誠を誓ったあの笑顔も、私が世界樹の力で暴走した時の呆れた笑顔も、そしてこの、少年のような笑顔も。


 清らかで美しく、それでいて大人の男性としての面を併せ持つ。それがシャルルという男なのだ。


「……うん! そうだね、楽しい!」


 ただ笑顔を向けられただけ。ただ少し微笑んだだけ。

 それでも、もう私は彼を許せる。しっかり者のようでマイペースな彼が、私は好きなのだ。


(仕方ない。それに、チャンスはいつでもあるしね! 今日はシャルルに付き合ってあげよう)


 大丈夫。同じ迷宮で暮らしてるんだから、毎日のようにチャンスがあるはず。


「そんじゃあとことんやるよ!」


「おう!」


 どうせ迷宮の罠は今日中にやるつもりだったし。シャルルとそういうことするのは、やっぱり昼じゃなくて夜がいいよね。


「まずは予定通り、第一階層は毒系のトラップで満たすよ! ここには燕蜂の巣がたくさんできる予定だし、あの娘たちの空中移動能力は毒と相性がいいからね!」


 ウチの眷属には毒耐性があるとはいえ、Lv182の私が生み出す毒だ。気化した程度ではなんということもないだろうけど、直接体内に取り込むのは危険だと思う。


 それに、蜂毒への完全耐性がまったく無意味になる予定なんだよね。


 つまるところ、地面にとどまるわけにはいかない。


 まあ長肢蜂も地面にとどまらず壁とかで休憩はできるんだけど、それよりは移動能力の高い燕蜂がやっぱり適してる。


 ということで、第一階層は燕蜂のエリアだ。平均レベルは今のところ20前後。全員ランクD。ちょうどいいね。


 私は踏むと大量の毒が発生するトラップを、入り口から少し離れたところに置きまくる。

 侵入者が入り口で帰っちゃうと、レベル上げできないから。


 そして、そこを開始地点にいたるところへトラップを置いた。


「なあレジーナ。毒を一種類にしないのはなぜだ? 迷宮蜂の毒は蜂系の中でもトップクラスだ。わざわざ、毒性の低い燕蜂の毒まで併用する必要はないんじゃないか?」


 彼の言う通り、私は迷宮蜂以外の毒も使っている。本来それに意味はないが……。


「ふふん、これは実験なのだよシャルルくん! この『毒創造』ってスキル、なんかおかしいと思わない?」


 私が聞くと、シャルルはしばらく考えた。しかし、私の求めている答えは思い浮かばなかったらしい。


「わからないな。『毒創造』って、スキルで無理やり毒を生み出すもんだろ? 内臓とは別に毒を作れるっていう便利スキルだが……それ以上に意味があるのか?」


「ノンノン、シャルルくん。それだったら『毒生成』でいいじゃないの。わざわざ『毒創造』って名前なのは、たぶん意味があるはず。現に私は、迷宮蜂なのに燕蜂の毒も作れてるでしょ?」


「……言われてみれば確かに! 迷宮蜂であるはずのレジーナが、燕蜂の毒を生成できているのはおかしい。つまり、毒を創ったってことか!」


 どうやらシャルルにもわかったらしい。私はこのスキルの可能性を試したいのだ。もしかしたら、迷宮蜂の弱点を失くせるかもしれない。


「けど、ますますわからん。迷宮蜂の毒は、大型の獣でも殺せるほど強力だ。わざわざ他の毒なんて、今更使う必要があるのか?」


「あったり前だよ。いい? シャルル。蜂の持ってる毒は基本的に、複合蛋白毒って言うやつ。つまりハブとかの毒蛇とおんなじ毒だよ。そんでこの複合蛋白毒、タンパク質由来だから火に弱い。言っちゃえば罠が発動しても、体内に侵入する前に火を撒かれたら効果は薄いんだよ」


 勇者は地球人の可能性がある。これは異世界系の定番だ。名前もヒカルだし。


 そして、私が知っている知識を、勇者が知らないとは限らない。もし勇者に炎でもぶち込まれたら、それだけでこの第一階層は突破されてしまう。


 もしこの『毒創造』でふぐ毒、テトロドトキシンを作り出せたら理想だ。それか、熱に強いカビ毒でもいい。


 ただし、もしテトロドトキシンを作れたとしても即効性は薄い。それは蜂毒でも同じことだ。その場で殺すのは難しい。


 というか、だからこそ、この迷宮は延々と長い通路で構成されているのだ。さすがに第七階層まで到達するころには、蜂毒で死んでいると思いたい。


 他に即効性があって死ぬほど危険な毒は、私は植物毒以外に心当たりがない。

 トリカブトとか毒空木ドクウツギとか。けど、そんなの作れるのかな。


「……やけに詳しいなレジーナ。お前がそんなに毒に精通しているとは知らなかったよ。つまりそのフクゴウタンパクドク? とかいうやつじゃダメなんだな。そのために『毒創造』を研究していると」


「そういうこと。みんなは巣作りとかで忙しいだろうから、これは私の仕事だよ。それに、私の迷宮はこっから。毒を主軸とした最強の迷宮にするんだから!」


 すでに構想は練っている。毒を最も効果的に扱い、かつ人間の精神を圧し折るような迷宮だ。


 え? 野生の魔物? そんなの、第一階層で全部死ぬよ。集団を得た燕蜂の凶暴性は凄まじいからね。


 そして第二階層以降は……へへへ。地獄のトラップフェスティバルだ!

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