第4話 ヘイストストリートの殺人パイロット


早朝は同じ作りの向かいアパートの前で新聞を読んでいる原発職員げんぱつしょくいんが数人談話だんわしている、フェイカードの新聞社はこの街で長く生きていける人間を優遇ゆうぐうしていることを加味すると上級国民用じょうきゅうこくみん報道機関ほうどうきかんだと言える。ラジオ放送なども行っているようだが残念なことに私ベロニカには縁がない。音楽は嫌いじゃない。そんな気がするからだ。


向かい右のアパートの前でスウェット姿のガタイの良い人間がベロニカから向かって右にあるヘイストストリートの方を眺めている。


同じ方向を見たベロニカの視界にはT字路てぃーじろの奥にロイヤルガーデン商店街しょうてんがいの壁が少しとスラム街をへだててるアパートより少し高い壁が見えた。


そこで老人と若者が三人がなぐり合いをしてはしゃいでいる。ロンドンの路上とはいえここは中央からはずれた都市の隅であると言うこともあり相当に哀れに見える。「田舎者というよりははぐれものね」ベロニカはため息をついた。


「不定期の特売日」


バイクが数台通り過ぎた後にセントラルタワーマンズの警備車両けいびしゃりょうが通り過ぎた、薬品を吸って暴れている連中は警備対象外けいびたいしょうがいだ。警備の恩恵おんけいが得られるのは金持ちだけだと相場そうばが決まっている。


スマホを確認してもメールは来ていない。


「さっさと買い物を済ませるとしますか」


ベロニカはフードをかぶって財布の入っているコートの胸ポケットのボタンを閉めた。


薬品中毒やくひんちゅうどくの連中は嫌いだが私も似たような感覚で飲み物を飲むから、嫌いなだけで文句はない。キメてハイになるのとは違うのだが。


チョコとミルクと今から買いに行くシナモンサワーを混ぜ合わせたそれがないと集中力が発揮はっきできない。


薬品パーティーの声がする方向に歩みを進める。この通りのアパートは茶色のレンガ造りで統一されている。にぎわいが近づいてきた。信号機前のヘイストストリートはそれなりに綺麗きれいに整備されている。


ベロニカは歩道の標識ひょうしきり切れていないのを見つめた。この街の営みが狂っているとはいえ世界が崩壊ほうかいしたという実感はあやふやに思えるのはいつものことだった。気品は微塵もないが土木系統のインフラは堅実である。


ヘイストストリートの横断歩道おうだんほどうで信号の前で止まってから数秒たつと乾いたエンジン音とともに古風なバイクがロイヤルガーデン商店街しょうてんの方から走ってきた。


黒の短髪で大柄。上半身裸の上からモッズコートを羽織はおっている、そしてき古したジーンズにブーツを履いていてオマケにアホみたいなパイロットゴーグルをつけている。


「銃を持ってるな、例の通り魔ストレンジャーズか」


低い姿勢しせいで細い信号機を盾にしたベロニカは様子を伺った。かなりのスピードで通り過ぎるバイクに乗る運転手が吠えた後に左手の拳銃けんじゅう喧嘩けんかをしている三人に向けた。


「ヘイストストリートを汚すな貧乏人びんぼうにんども!」


銃声が一発、通りにひびいた。


バイクに乗った男は大笑いしてスワンプケンジントンのスラム街入り口の低い壁の前を通り過ぎていった。


若者が一人たおれている、どうやらもう一人の若者と老人は当たりを引かなかったようだ。


残りの二人はバイクが走り抜けた方向と同じスラム街方面に走っていった。


前の住人もストレンジャーズにぞくするしていた人間だった。


大抵たいていのストレンジャーズは人の心を失ったタイプが多い。私は…どうだろうか。


ネットの掲示板けいじばんで見かけたことがある。書き込みはホームレスのものだったはずだ。確かホームレスを狙う「ヘイストストリートの殺人パイロット」(アホみたいな呼び名)と呼ばれている悪質あくしつなストレンジャーズの一人。おそらくあの男がそうなのだろう。大して警戒けいかいする必要はないはずだ。


信号が青になった、先ほどの通り魔のせいで見えていなかったのだが案の定「ハローズミール・ショッパーズ」前の二階へと続く階段は人だかりができている。


だが銀行で金を下ろした人間達は通りに銃声が響いたこともありその場を後にしたようでショッパーズの入り口前は空いていた。


「ヘイストストリートを汚すな…か、どうやっても綺麗にはならないでしょ」


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