第5話 もう一人の客

「♪いらっしゃいまスェー ハロぉズミィルショッパーーずへ、ようこそっようこそっ ♪ ♪デデーン!セールはないけど安心価格!♪いつも いつもありガーとうねー!」


この店はいつも非常にうるさいBGMがかかっている。この街にはまともな音楽家がいない気がする。記憶はないがもっと洒落しゃれた音楽が前にいた場所では無数に存在していた気がする。


三十じょうほどの店内には四つの列があり奥にある生の野菜と肉は少ない、それ以外の列は缶詰かんづめとスナック、インスタント食品が所せましと並べられている。パッケージはハングルとインド語その他五カ国語ほどのバリエーションがある。パッケージだけで選ぶスナック菓子はハズレを引きそうなのが怖くて買えない。


店に入って左にある店内方向を向いたカウンターレジでは赤色の作業つなぎ姿でメガネをかけたガリガリの店員があくびをしている。背後にはタバコがワンダースに括られたままで雑に積まれている。


レジ奥の壁に(スモーク一律八ドル!)の看板がかけてある。


不思議なことにこの店が混むことはないのでレジは一人しかいない。他の店員も見かけたことはない、仕入れなどは誰がするのだろうかと思いつつカゴをとって表通りが見える店内表側おもてがわガラス窓沿いの列にベロニカは進んだ。


外を見ると遺体処理業いたいしょりぎょうのトラックが通り過ぎるのが見えた。


バンボディー(荷台の箱)には遺体バディ回収 お電話はこちらまでとコミック調の文字でデザインされていた。


この汚いスーパーは誰に需要じゅようがあるのかわからない造花を取り扱っている。ガラス張りの窓ぞい通路つうろを埋め尽くしている作り物の花から偽物にせもののフレグランスの匂いがただよっている。ペンでなぐり書きされたクイーンズガーデニングという名札がついている。人束ひとたば二百ドル…造花で枯れることがないとはいえ高すぎる。


「うわ なによ、あれ」


レジと反対の奥一面おくいちめんにある飲み物ウォークを目指したベロニカは大きめのピエロのコスチュームを着た人間が芝居じみたスローモーションのような動きでスキップをして奥に進んでいったのを見た。


ピエロの顔はお面で赤い髪色だった。着ぐるみはマットな質感しつかんのスウェード調ちょうで赤いバスケットシューズをいている。オマケに大きめのリュックサックを背負っている。それが店内と照明しょうめいとガラス越しの通りから刺す曇り空の光で青みがかかっているのが不気味に映った。


「あまり見かけない客ね」


カゴを左手に持ち替えて拳銃を抜けるように用意してから飲み物のあるウォークの前に来ると少し先の方でこちらに背を向けてピエロがパントマイムをしている。

身長は高めだがナイフなどは持っていなさそうだ。


「今日の客は私とアイツの二人のようね」


ピエロがパフォーマンスに満足するまでは無視むしすることにしたベロニカは紙パックのミルクをウォークから取り出しカゴに投げた後二列目と三列目の間にある缶詰かんづめコーナーに向かいSunny・portion(オレンジの輪切り)とsoil beans!!(落花生)の缶詰をカゴに入れた。


「後は奥の酒を取りたいのだけど」


ベロニカは恐る恐る飲み物ウォークのある通路をのぞいた、右を見ても何もいない直ぐに左を見た。ピエロが冷蔵庫に照らされている。


「うん、もう少し缶詰を見ているふりをしていようかな」


ピエロは酒の缶でジャグリングをしていた。ピエロのからっている大きなリュックの中から声が聞こえた。


「助けて、誰か助けて、ピエロさん狭いよ…」


(あのクソピエロ、リュックに人を入れてる)


ベロニカは咄嗟とっさに左手に持ったカゴを地面に置いて拳銃に手をかけた。こちらに気づいたピエロがほっぺたにビール缶を持った両手をえて上下にふるえている。


「フォオオん、おうち帰るぅ」


ピエロは意外にも低い声でおどけている。



丁寧に酒の缶を戻したピエロはリュックを床に下ろして動いているリュックに振り下ろしぎみのりを一発入れた。


ベロニカはシックスチャンス(ハンドガン)のグリップに手をかけた。


「ぎゃっ」


リュックの中身の動きが止まった。ベロニカはガンホルダーの留め具を外してシックスチャンスを抜いた。


(最悪ね)


面にある三日月型の目でこちらをにらんだピエロはもう一度リュックを背負った。そしてものすごいスピードで走って一つ奥の列をけた。バスケットシューズのこもった足音はレジ方面に向かっている。ベロニカは商品棚しょうひんだなの奥に向けてシックスチャンスをかまえた。


ベロニカの青い眼が色彩を変化させて赤く変わった。目の周りには血管が浮き出たクマが薄っすらと浮かんだ。


(ドリンクなしでも良い。集中しろ私!こちらに向かってきたら絶対に頭を撃ち抜く)


ピエロは意外にもあっさりと通り過ぎた、その瞬間しゅんかん入口の自動ドアのベルが鳴った。


「クソ、なんなのよ」


カゴを持ったベロニカの目元の変色は元に戻った。




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