第24話 夢という名の復讐だった

 拠点にもどってから、何日も何日も夜空をみあげた。

 夜空。一面に星がきらめく幻想的なイルミネーション。ここが地球じゃないと知って気づいたことがある。あまりにもたくさんの星が見えることだ。


「ネオ東京シティ……はは……都心の夜空がこんなにきれいなワケないよな……」


 そう。いまにして思えば、だ。

 NJYというお金の単位。わざわざ『ニュージャパニーズ円』なんてものが作られていた。人の名前もそうだ。名・性の順番がデフォルトだし、ジョージやピーター……見聞きするのは外国人の名前ばかり。


 そして、この夜空。カシオペア座、オリオン座、北斗七星くらいなら知ってるけれど、見つからない。当たりまえだ、地球じゃないんだから。


「はぁ……」

「あのぅ、オーナー?」

 大きなため息が出たところでアノヨロシがやってきた。最近はあまり話をした記憶がない。ずっとはげましてくれているのに、うじうじしてる自分がいやになる……。



「ごめんなさい、元気になってもらいたいのに……何を言えばいいのかわかりません」

「……」

 黙ったままの俺のとなりでたたずむアノヨロシ。心配をかけまいと笑顔をつくるが、不自然になっているのが自分でわかる。


「『ここは300年後の未来です』って言われただけでも驚きなのに、こんどは『違う星です』ってさ……正直、もう頭がおかしくなりそうなんだ。俺、なんのために生きてるんだろう?」

「ホワイト企業をつくるって言ってたじゃないですか?」

「それはそうだけど……意味あるのかな……なにもかもが違う世界で、俺の夢にどれだけ価値があるんだよ。俺は誰にホワイト企業を見せればいいんだ!」


 思わず口からでた言葉にハッとする。まずい、これはやつあたりだ。まさに意味のないことだろ、突っかかってどうする。

 しかし、アノヨロシは気を悪くする様子を見せずに、ぽつりぽつりと話しはじめた。


「私は、死ぬ前にいろんなことしたいです。おいしいものも食べたいですし、ファッションに興味もでてきて……あと、豪邸に住みたいですね」


 いま住んでいる宇宙船もかなり豪華のような……もっと上を目指しているのか。基準がここだとハードルが高そうだ。

「それと……ミーナにもまだ言ってないんですが、実は作家になりたいなー……なんて、思ってたりして」

「えっ、作家?」


 思いもよらない話に、声がうらがえってしまった。

「アノヨロシ、もしかして夢ができた……のか?」

「はい! オーナーといっしょに電子書籍の作業をしているうちに、私も物語を作りたくなったんです。それで誰かの心を動かせたら、自分が生きた証になると思います」


 おどろいた。アノヨロシが目標を語るなんて、初めて会ったころとは大違いだ。

 金色の目をキラキラとかがやかせながら、彼女はうれしそうに語りつづける。


「まだまだ経験がないですから……いろいろなものを見て回らなきゃですよね。読書も……そうだ、音楽も聴きたいな……今の車も好きですけど、ほかのにも乗ってみたいし……あー、やりたいこと多すぎっ! しかもですよ……いま言ったこと、ぜんぶオーナーと一緒じゃなきゃいやなんですよ私は!」


 話す姿が、生き生きとしててまぶしかった。それにくらべて俺はどうだ? やりたいことはなんだ? 生きた証を残せるのか? 考えこんでいると、いつのまにか右手をにぎられていた。


「……オーナーのせいなんですからね。こんなに欲張りになっちゃったのは」

 細い指につつまれた手からぬくもりが伝わってくる。まるで心を包みこんでくれるようだった。

「ははは……俺のせい、か……」


 確かめるように、もう片方の手を彼女に重ねた。


「ありがとう」



 ホワイト企業を作りたい。その原動力は、親を見て『ああいうヤツにはなりたくない』と考えたからだった。もしかすると見返してやりたかったのかもしれない。だから時代と惑星が変わって、やりかえす相手とともに、夢をかなえる意味をも失ったように感じられた。

 だけど……必死に生きようとして、会社をつくって……気づけばアノヨロシの人生を変えていた。ミナシノだっている。俺は確かに、生きた証を他人へきざみこんでいるんだ。とても嬉しいことじゃないか!



 両親への『復讐』をやめるなんて綺麗ごとを言うつもりはない。だけど、もはやメインの目的ではなくなった。俺は欲張りだから、人にたくさん影響を与えたい。身近な人から、遠い人まで。俺に会えてよかった、俺に影響をうけた、尊敬してる。そういわれる人物になってやる。親を見返すなんて『ついで』でかまわないさ!


「えっと、ほんとにありがとう。なんていうかありがとう」

「は、はい。どういたしまして?」



 にぎり合った手をこねくり回しながら、ひたすら『ありがとう』をくりかえす。ああ……アノヨロシもどう反応したらいいか困ってるみたいだぞ。女の子へのアプローチに関しては、まだまだけわしい道のりらしい。



「……あれ、ふたりともここにいたんだ。もしかしてお邪魔だった?」

「ミーナ! あと少しなの、一緒にオーナーに元気をわけよう!」

「もうじゅうぶん元気に見えるけど。でもいいよ。せっかくだし。やりますか」


「えっ? えっ?」


 うしろからミナシノが手をのばし、俺たちの手に重ねてきた。つまり彼女の体は……俺の背中に密着しているかたち。さらにアノヨロシも距離をつめてきた!?


「せーの……ぎゅーっ」

「ぎゅー」


 

 サ……サンドイッチ!

 まってくれ、『スター・セージ社のCEO、美少女秘書と不適切な関係か!?』なんて記事になってしまいそうだ! でもふたりから元気をもらったぞ! いやいま元気になるべきところは『そこ』じゃない!



 俺の人生、2333年になってからのほうが濃密だ。いやらしい意味じゃなく。



 

 翌日、Vグラスに一通のメールが届いた。

『スター・セージ社が翻訳・販売しているマンガを実写ドラマ化したい』という内容だった。

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