第23話 地球

「ツバメ、ひとつ聞かせてくれ。どうして俺とアノヨロシがいっしょにいると知っていた?」

『正確には推測よ。まあ確信してたけど……彼女の廃棄方法を指示したのはわたしだからね』


「えっ……?」

 反応したアノヨロシの声がうわずっている。ツバメを尊敬してたみたいだし無理もない。俺だって今の答えになんて返せばいいのか。事情が知りたい、もっとくわしく話すようもとめた。




 ツバメの説明をまとめると、こうだ。


 通常、廃棄が決まったニューリアンはただちに薬殺され、死体をのこさない形で処理される。アノヨロシが生きのびる確率をつくりだすため違う手順を取った。それが『生きたままカプセルに閉じこめ、ゴミとして捨てる』ことだった。


 ツバメはギネス博士の代理としてそれなりの権限と地位を持っている。いつもどおりに廃棄を完了……そう公式記録を改ざんして、粗大ごみにカプセルを紛れ込ませたのだ。あとはゴミ捨て場でアノヨロシを保護し、人目のつかない場所へかくまってしまえば彼女を守れるはずだった。

 けれど、ツバメはアノヨロシを見つけられなかった。俺がカプセルを開けたからだ。


『絶望したわ……バッドランズの人間に見つかったなら、どんな目にあうか。死ぬよりもつらい仕打ちをうけていないかと気が気じゃなかった』


 どんな手掛かりでもいいと、壁の外側のあらゆる情報に網をはっていたところ、ワーキングボックスで異常に稼ぐ新規アカウント『セリザワ・セイジ』を見つけた。





『そのセリザワ・セイジがスター・セージ社を設立して大儲け……とくればアノヨロシが働かされてる可能性、ほぼ100パーセントでしょ?』


「私、無理やりやらされてませんよ! 私は自分でオーナーといっしょにやってくって決めたんです!」

『わかってるわ。あんなに幸せそうな会話を聞いてたら誰だって……ねえ?』


 胸をなでおろすアノヨロシを見ていると、なんだかうれしくなる……あれ?



「ちょっと待って、ツバメはずっと盗聴してたんだよな? だったらミナシノのこと知ってるんじゃないのか? 夜、126億で落札したとかそういう話をしたはずだぞ」

『なに言ってるの、寝てなんかないわよ!? 夜明けまえには起きてたし!?』

「寝てたのかよ!」


『シティの双璧を成す大企業のかたわれで働いてるのよ、ちょっとくらい寝たって……!』


「ストーップ!!」

「ア、アノヨロシ!?」


 いきなり大声で叫んだのでびっくりしたぞ……! 俺だけじゃなく、やツバメにも聞こえるようにしてるみたいだ。いったいどうしたんだ……?


『な……なにかしら!?』

「ふたりでイチャイチャしてないで、私たちにもかまってくださいー!」

『え……? あ、ああなるほど……ごめんなさいね。お返しするわ』


「返すってどういうことかな!?」



 両手をブンブンふるアノヨロシをなだめつつ、あらためてカプセルをしらべてみた。とくに変わったところは……あった。上部にあるランプが赤く点滅している。故障ではなく、なんらかの信号を送っているのだと思われる。カプセルには電力がとおっているということだ。スイッチを押せばフタがひらくだろう。


「博士を埋葬すべきかな。このまま置いてたらいつかは……」

「アタシは賛成。電源がなくなれば遺体がたいへんなことになる」


 ツバメの希望をきいた結果、俺たちで博士のお墓をつくることになった。意見をたずねられたことに驚いたみたいで、とても感謝された。ニューリアンの立場の低さを思い知らされる……。



「……じゃあ、開けるぞ?」


 全員の目がこちらに集まるなか、カプセルのそばへと歩みよった。ボタンを押すと簡単にあいて、青白い肌の老人の姿が見えてくる。白髪にヒゲを生やし、くすんだ色のローブを着ている。痩せこけていて、頬がげっそりしていた。

 死体を見るのは初めてじゃない。でも今までとは違う感じがした。しばらく老人の顔をながめてるうちにわかった。笑ってるんだ。この人は満足して死んでいった、ということだろうか。



『博士……』



 できれば俺ひとりで運びたかったけど……人間の体って重い! 階段をのぼる必要もあって、結局みんなで運ぶことになった。

 地上にあがって埋葬をするとき、ツバメから何度もお礼を言われた。まるで家族が死んだかのように悲しみ、泣いていた。俺もみんなとっての家族になれるだろうか?



 墓ができあがったころにはすっかり日がくれていた。長い影も、もう夜のなかで消えていきそうだ。


「みんな、きょうは車で一晩すごそう。夜中にだれかが襲ってきたら厄介だ」

「ご主人に賛成。夜は奇襲にもってこいだから」



***



「……んん」

「にゅう……」


 アノヨロシとミナシノ、ふたりは寄りそいぐっすり眠っている。



 いろいろなことがあった。今後もたくさん起こるんだろう。そのたびに悩んだり苦しんで……のりこえてやる。

 ハンドルにもたれかかりながら目をつぶると、意識がスッとしずんでいく……夢の世界に入っていくのがわかった。



***



 目が覚めたとき、あたりはまだ薄暗かった。後ろにミナシノの寝姿は確認できたが、アノヨロシがいない。どこへ行ったんだ? 音をたてないように、そっとドアを開けて外に出た。


 座ったまま寝ていたせいで体がかたい。うんと伸びをしてあたりを探すと、洋館の前にたつ彼女を見つけた。


「アノヨロシ」

「わあっ!? お、おはようございます、オーナー」


 飛び上がるほどおどろいたのか、あわててお辞儀をしてくる。あいさつをしながら近づきつつ、なんでここにいるのかきいてみた。するとこんな返事がかえってきた。


「考えていました。この建物はなんのためにあるのかなって」

「ああ……そういえばいつ作られたんだろう?」



 ツバメの話からすると博士の死期は近かった。シティからとおく離れ、わざわざこんな家を建てるかと言われると疑問符がつく。となると――。


「もともとここにあったのかもしれないな」

「いつからですか?」

「わからない。けれど植物まみれになってるからすごく古いのかも……そうだ、調べてみようか」




 ポケットからVグラスをとりだしてネットを検索する。『バッドランズ』『洋館』『建築何年』、考えられるワードを駆使してもヒットしなかった。



「……なんだこれ」



 あるワードで検索し、ある資料をひらいた。

『歴史』

 ネオ東京シティで起きたできごとの年表が出てきた。そこには、2263年……いまから70年前の記録が、存在しなかった。そして最初の項目に、こう書かれていた。


『2263年7月4日、第一地球からの独立を宣言』

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