第22話 老人とツバメ

 扉のさきは、まるで地下シェルターだった。コンクリートに覆われてひんやりとした空気のなか、金属のらせん階段をおりていく。ちょっと進めばもう地上の光はとどかない。俺はVグラスを装着し、照明モードをONにした。


「視界確保っと」


 足もとにきをつけていこう。

 暗闇にたいする恐怖はまったくなかった。もともと耐性があるんだろう。俺にとって怖いものといえば、両親のブラック経営とマスコミの包囲……不特定多数の悪意くらいだ。



 ふと、後ろからの足音がやけに遠いことに気づいた。


「アノヨロシ? ミナシノ?」




 ふたりはずっとうしろで抱き合いながらノロノロとついてきていた。歩きにくくないか……っと! スカートがふわりとなったら『見えて』しまいそうなので、反射的に目をそらした。

「おーい、ちゃんと着いてきてくれ。はぐれたら困るだろ?」



 沈黙。



「ミーナ、お先にどうぞ」

「え………………………………やだ」


 ひょっとしてこわがってる?

 なら彼女たちの力になるいい機会になりそうだ。



「ほらおいで。俺につかまって」

 前に向きなおって両腕をひろげる……べつに役得をねらってるわけじゃなく、純粋なる『俺についてこい』作戦だ。ふたりに先へすすむ勇気をわけあたえているんだ、これは。



「お……お願いします……」


 ほどなくして、細い腕がからみついてきた。続いて、あたたかくてやわらかい感触につつみこまれる……ぎゅうぅっと……うおおおお……こ、これはすごい! デートでお化け屋敷にいく男の気持ちが、すこしわかった気がする!

 そして――!


 メキメキメキメキ……!


(ぐわああああああああ!?)


 ふたりとも強くしがみつきすぎ!

 俺の腕が、俺の背中で、たいへんな角度に! 


 うああああ!

 右の肩甲骨と左の肩甲骨がぶつかっちゃうううう!!



 だがしかし悲鳴をあげようものなら、彼女たちは『すみません』と言って離れるだろう。そうなれば両腕いっぱいの幸せまで飛び去ってしまう。耐えろ、耐えるんだ芹沢星司!

 痛い、すごく痛い! でもふたりのやわらかさもすごいな!


 激痛と幸福のはざまで、俺はがんばって階段をおりつづけた……顔中から汗をふきだしながら。



***



 最下層についた。目のまえにあるのは重厚な金属製の扉と……。


「照明のスイッチじゃないですか、オーナー!?」

「ご主人、押してもらえたらうれしいな……」

「なら離してくれ……」


 すごく、いやかなり、いやちょっと残念だけど、密着タイムはここまでのようだ。解放された肩をぐるりとまわす。あと5分も続いていたら恐ろしいことになってたかも……?

 スイッチを押すと、一瞬でまわりが明るくなった。光源はすくないが、いきなりだとやっぱりまぶしい。



 さて、いよいよ扉……俺はレバーをおもいきりひっぱった。


「よい……しょ!」

 ゴオォ……ン……!

 重たい音を立てて扉がひらく。中をのぞきこむアノヨロシとミナシノは、そろって顔をこわばらせていた。


「どうした?」




 部屋は病院のように真っ白だった。中央には『人間がはいれる大きさのカプセル』がひとつ。コールドスリープを思い出して、ぞくりとした。いったいなんの部屋だろう。

 ふたりがカプセルをしらべはじめ、俺も手伝おうと近づいた。すると突然アノヨロシがこちらを向いた。顔は青ざめていて、唇がかすかに震えている。


「オーナー……この人、死んでます……」

「人がはいってるのか……」


 カプセルの窓をのぞく。そこには血の気のない老人の顔があった。眠ったように安らかな顔だ。彼こそツバメが会ってほしいと依頼した『老人』だろう。彼女に連絡しよう、すでに亡くなっていたと。


「あれ、電波状況が地上と同じだ……地下4階ぶんはあるシェルターだぞ、なんで届くんだ?」

 階段をのぼらなくてすむのは助かるけど、ちょっと不自然だな……。




『こちらツバメよ、ミスター・セイジ。依頼を果たしてくれたのね?』


 俺は座標についてからのできごとを報告した。老人が死んでいたことも、映像つきで確認してもらった。


『そう。やっぱりそうだったのね』

「知ってたのか?」

『予測……いえ、確信していたわ。彼の病は深刻だったから』


「教えてくれ、この人は何者なんだ?」


 しばしの間をおいてツバメが語りはじめた。


『ギネス博士。ニンジャコーポレーションの名誉会長よ。58年前、はじめてニューリアンを製造した科学者……そして私の持ち主でもあるわ』


 ニンジャコーポレーションといえば、アノヨロシとミナシノを作った企業だ。きっとニューリアンを作った実績から、トップへのぼりつめたんだろう。そういう人、ちょっと尊敬する。



『持ち主が死ねば、私は野良ニューリアンになる。手続きがすめば企業の資産へと切りかわる……それが一般的な流れなの。だから博士は姿を消した……死亡を確認できないかぎり、私は博士のものでいられる』


「ならどうして俺に確認させた? あんたはこれで野良になってしまったんじゃ?」


『心から信頼できる人間があらわれたら、会いに来なさい。博士の最後の言葉よ。だから依頼したの』

「……? 待って、考えさせてくれ」



 依頼のときにも同じことを言っていた。たったいま野良になったツバメが、企業のものにならない方法。なんども頭のなかをこね回し、ひとつの答えができあがった。


「まさか俺が……あんたの所有者に?」

『ニンジャコーポレーション第46期、製造番号301937-8、登録名・ツバメよ。よろしくね、ミスター』


 俺の返事はきかないんだ? 仲間が増えるのは心強い。もちろん受け入れるけど、あまりの急展開に目がまわってしまいそう。


「……報酬の『100億を超える資産』ってツバメのことだったんだな」

『歴代1位の落札価格125億円……と言いたいところだけど、更新されたらしいわね。通信ログで見たのよ。ちょっとショックだったわぁ』

「ああ、俺が入札したやつか」

『……ウソでしょ?』


「本当だよ。今いっしょにいる。ミナシノと」


 ミナシノのほうを向く。目が合い、うなずいた。


「えっと……ミナシノ、です。あー……はじめまして?」

『おどろいた。アノヨロシだけじゃなかったのね。3人のニューリアンを所有してるなんて、新興企業トップの資産家じゃない!』

「そうなんだ……」


 順位なんて気にするヒマはなかったけど、どうやら俺はすごくうまくいっているらしい。意識すると顔がムズムズして熱くなる。




 ところで、なぜツバメは俺とアノヨロシのことを知っているんだろう? はじめて通信したとき既に把握してるような言いかただった。俺は質問してみることにした。

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