第21話 闇にみちびくコラプション

 車のなかに緊張が走った。ミナシノが捉えた『誰か』は、俺の目にはまだ見えない。緑色の地平線があるだけだ。


「距離はどのくらい?」

「4000メートル。車が1台、人間はふたり」

「ほとんど地平線のうえじゃん……こっちに気づいてる?」

「まだだと思う」


 悪意ある相手とはかぎらないから、先制攻撃は避けたいところだ。いつでも応戦できるようにしつつ、遠巻きにすすもう。ハンドルをわずかに回し、弧をえがくように走る。

 このままやり過ごせれば……そう思ったのだが。



「……あ、まずいかも。車に乗った、こっちに来るよ」

「オーナー、おそらくレーダーです。屋根にアンテナ立ててますし」


 そんなものを使って近づいてくるなら敵である可能性が高い。

「つかまってくれ!」

 俺はスピードを上げた。アクセルペダルを限界まで踏む。エンジンの咆哮が、緑の大地をするどくえぐった。



「まず逃げる。振りきれなかったら頼む!」

「任せて」


 音に声をかきけされそうなほどに、冷静なままのミナシノ。その横に座るアノヨロシは緊張した面持ちでうなずいた。

 小さな点でしかないものの、俺にも敵が見えてきた。


「構えた。撃ってくる」

「もう!? どんな射程距離だよ!」

「大丈夫、とどかないよ……うん、予想通り」



 音も光も、着弾点すらもわからないが、いままさに撃ってきているらしい。

「敵の武器は?」

「パイプピストル……たぶんハンドメイド」

「粘着テープでぐるぐるに巻かれてますねー」



 ピストル? まだ500メートル以上あると思うけど……どうして?

「そんなの、もっともっと距離を詰めなきゃ当たらないんじゃ?」

「だね。着弾地点は敵からおよそ88メートル」

「なんの意味があるんだ……あ、ひょっとして威嚇射撃?」


 ちがう、とミナシノは言った。

「真剣にねらってるよ、当てるつもりで」


 ねらいがさっぱりわからなかった。撃ってきたことは確かだし、敵であるとは思う。射程距離の外を意識して、車を走らせる。


「こうなったら仕方がない……ミナシノ、撃ってくれ。動きを止めるだけでいい」

「了解」


 後部座席の窓がひらき、ミナシノがライフルをかまえる。スコープを覗きこむ金色の目は獲物をねらう獣のようだった。

 銃声――。


「ヒット」


 敵の車がおおきく減速、そして停止した。どうやらタイヤに命中させたようだ。

「さすがミーナ!」

「……これでいい?」


「完璧!」


 深追いはしない。逃げきれさえすれば十分だ。車内がほっとした雰囲気につつまれる。俺も一息ついてじっくりと考えをめぐらせた。

 敵はあまりにも拙かった。見晴らしのいい場所での待ち伏せは見つかりやすくて非効率的。とどくはずのない距離で『真剣に』撃ってきたのはなぜだろう。切羽詰まっていたから? それとも……。

(そういう作戦しか思いつかない?)


 フロントガラス越しに外をながめていると、おもわずため息がこぼれてしまった。

「空、青いなあ……」

「いきなりどうしたんですかオーナー?」


 上からアノヨロシの声がふってきた。背中に感じる重さ……うしろから運転席にのしかかってるな。

「バッドランズが、こう……シティの壁がなくなって……誰かを襲ったりしなくてもいいようになったらいいな、なんてさ」


 会社をもっと大きくして、大物にでもなればシティに意見を言えるようになるだろうか。

 とにかく、まずは依頼をこなそう。平和局に追われる身のままじゃ活動もなにもないよな。



***



 草原をすすんで数時間。道らしきものもなくなり、アノヨロシが方向を指示するようになった。感覚でわかるらしい。うむむ、ミナシノもアノヨロシも優秀だな。俺もこたえていかないと世話になりっぱなしだ。


「ご主人、地平線から建物が見えた」

「ふむふむ……あそこがツバメさんがくれた座標になりますね。なんだか古びてるというか……ボロボロというか……」


 よく見えるなこのふたり。



 それは、見上げるほどの建物だった。ツタや雑草だらけで年月を感じされる外観だったけれど、手入れすれば住めそうな感じではあるな。ただ、ツバメは『老人に会え』と言っていたはず。なのに、誰かが住んでいる気配を感じない。

「玄関も葉っぱだらけだ……開くのかこれ?」


 錆び切ったドアノブに手をかけてみたものの、押しても引いてもびくともしない。カギがかかっている感触だ。



「ごめんくださーい!」


 返事はない。


「ミーナ、いくよ。せーの……ごめんくださーーーーい!!」

「ごめんくださーい……」

 アノヨロシたちも声をかけるが、植物が風にゆれるだけだった。

「おかしいですね、ここでまちがいないのですが……」




 館のまわりをぐるりと歩く。窓をのぞきこんでいったが、収穫はなかった。


「無人……? でも、カギがかかってるわけだし……」

「ガラスを割ってはいっちゃいましょうか?」


 なかに入るなら仕方ないか?

 老人に『コラ! 直せ!』なんて怒られたら……修理できないぞ。



「ご主人。どこかに地下室の入り口があったりしないかな?」

「……それだ!」


 周囲をさがすことしばらくして、ミナシノの予想はバッチリ的中した。ぶ厚そうな木製の扉が見つかったのだ!

「……くぅ、やっぱりカギがかかってるな」


 ノックとあいさつをしても反応無し……ならば強行するか。


「扉をこわそう。ふたりとも下がってて」

「……これをどうにかできるの? ご主人って、すごい力持ちとか?」

「あ、わかった!」


 アノヨロシは察しがついたらしい。しばらく使う機会がなかった『右手の力』だ。


 この力は金属のフタを壊した。けれど人間の腕には効かない。

 何に効いて、何に効かないのか。ネットをかけまわったが、同じ能力をもつ人間やニューリアンの情報はなかった。だから宇宙船での暮らしで出るゴミ、外にあるものを使って実験していたんだ。



 結論。

『金属と木製の板には効く』

「はぁぁ!!」



 この『人工物をはげしく劣化させる』能力。俺はこれを『コラプション』と呼ぶことにした。




 扉がくずれ、地下への階段があらわれた。


「よしっ!」

「扉、カラカラの木炭みたいになっちゃいましたね……」

「弁償するなら15万円が相場だよ、ご主人」




「やりすぎちゃったかな……テヘッ」


 深い暗闇のなかで何が待っているのか……俺たちはまだ知らない。

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