第16話 お疲れ様でした!

 上野の駅に向かう帰り道。


 夕暮れを歩く社長が、嬉しそうに微笑んでいる。


「お疲れ様でした、六道少初仕位しょうそい


「……ありがとうございます」


 そう言葉を返事すけど、実感はあまりなくて、浮き足立つ自分がいる。


 なにがどうなったかと言うと、初仕事が評価されて、私の序列が上がった。


 あまりにも信じられなくてスマホを開くけど、


「協会のホームページにのってる……」


 二十個ある階級の一番下――少初仕位しょうそいの欄に、六道魅零の文字があった。


 簡単に言うと、仮免からの卒業。


 信じられないけど、私は正式に、陰陽師の仲間入りをしたみたい。


「でも、どうして?」


 確かに依頼は成功した。


 だけど、私が関わったのは人探しまで。


『現場への突入』


『探し人の救出』


けがれ払い』


『保護結界の設置』


『協会への報告』


 それらはすべて、依調よしらさんたちがしてくれた。


 だから私は、ほとんどの時間を遠くから眺めていただけ。


 それなのに、解決者の名前が六道魅零になっていた。


「普通は、請け負った会社の重役にしますよね?」


 簡単な依頼であれば新人の実績にすることもあるけど、外部の人間にすることはまずない。


 特に今回は、依頼料が高い案件だった。


 普通は、依調よしらさんか里崎りさき部長の名前にするはず。


 危険をかえりみず、2人で先陣を切ったのだから尚更だ。


 そう思っていたんだけど、


「あれほどの術を見てしまえば、自分の名は記せませんよ。彼らにも誇りがありますから」


「え……????」


 意味がわからなくて、首を傾げる。


 そんな私の頬を、大黒がつついた。


「なるほどなー。これが世に言う『俺、なにかやっちゃいましたか?』なのか」


「……どういうこと?」


「溜め息を付くヒロインの気持ちがよーくわかるぜ。さすがは相棒だな!」


 グッと親指を立ててくれるけど、絶対に褒めてないよね?


 でもなんだろ?


 大黒が書いてる妄想ライトノベルの話??


「まあ、なにはともあれ。『祝・少初仕位しょうそい』だな! ここから、どんどん駆け上がろうぜ!」


「う、うん。ありがと……」


 なんだか釈然としないけど、加級かきゅう自体は素直に嬉しい。


 幼い頃からずっと夢見てたことだから。


「これで、クラスメイトみんなと並べたかな?」


「おん? 卒業した日に仕事を終えるやつなんて、普通はいねーだろ。相棒がトップじゃね?」


「!!!!」


 慌ててホームページを見直したけど、少初仕位しょうそいの欄にクラスメイトの名前はない。


 もちろん、上にも。


「……追い越した?」


「おう! 相棒が1番乗りだな!」


「私が、1番……」


 すぐに追い付かれる。


 追い抜かれる。


 それはわかっているけど、はじめて感覚が、私を満たしてくれる。


「なんだ? 感動で泣くには、まだ早いぜ?」


 そう言って憎まれ口を叩いてくれるけど、大黒もちょっとだけ涙目だ。


六道ろくどう魅零みれいは、希代の陰陽師になる。そうだろ?」


「……うん!」


 いまはまだ、二十個ある階級の一番下。


 たくさんいる少初仕位しょうそいの一人。


 それはわかってるけど、最初は仮免を貰えるとすら思えなかった。


 どこかの事務所に拾って貰えるなんて思わなかった。


 そんな私が、本物の陰陽師に……。


「これで、我が社が倒産しても大丈夫ですね」


「!!!!」


 上の空だった心が、ギュッと締め付けられる。


 慌てて社長さんを見ると、名刺を貰った時と同じ笑みが浮かんでいた。


「改めて、おめでとうございます」


「あっ、ありがとうございます!」


 それもこれもすべて、多神社長が私を拾ってくれたから。


 深く頭を下げると、社長の笑みが苦笑に変わった。


「しかしながら、探し人の部屋を特定した手腕には驚かされましたよ」


「え……?」


 部屋を特定した、手腕??


「みんなそうじゃないんですか?」


 そう言葉を返したけど、社長は静かに微笑むだけ。


 肩の上にいる大黒が、はぁー……と大きな溜め息をこぼした。


「さすがは相棒だぜ」


 少しだけ疲れたような声が聞こえる。


 理由はわからないけど、いまのも褒めてないよね?


 そう思っていると、社長が大黒に目を向けた。


「決めては醤油味でしたか」


 社長は顎に手を当てて、空を見上げる。


「時間も悪くないですね」


 チラリと腕時計を見た後で、私と大黒に向き直る。


加級かきゅうのお祝いも兼ねて、美味しい醤油ラーメンでも食べて帰りますか」


「おおー! それは名案だな!」


「では決まりと言うことで」


 私が答える前に、決まったみたい。


 反対する理由はないんだけど、遠慮を知らない自分の式神が恥ずかしい。


 そう思いながら3人で歩く帰り道。


「こっちにうまい家系があるらしいぜ! 行ってみねぇか!?」


「おや、どのあたりでしょう?」


「この角を曲がればすぐだってよ。土地神のオススメだぜ?」


「ほほぉ。それは是非とも行かねばなりませんね」


「……ほんとに、大黒は適当な事しか言わないんだから」


 そう思いながら、大黒の指示で小道を進む。


 正面に輝く夕日が、私たちの行く末を照らしてくれている気がした。

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霊力を極めた陰陽師 ~落ちこぼれの私がエリート事務所で無双します。精密操作は任せてください!~ 薄味メロン@実力主義に~3巻発売中 @usuazimeronn

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