第15話 失敗……?

「失敗……?」


 術式自体は成功してるけど、壁が邪魔で糸が進まない。


 汗をぬぐって数珠に力を込めても、状況は変わらなかった。


 残る霊力は半分を切りかけている。


 これ以上使うと、悪霊を呼び寄せる。



「……」



──やっぱり、私じゃダメみたい。


 そう思いながら両手を下げた。



 そんな時、


「ここからが本番ですよ」


 背後から、社長の優しい声がした。


「術を保ったまま聞いてください。妨害を受けている。それはわかりますね?」


「……妨害、ですか?」


 そう言われて、はじめて気が付いた。


 糸を止めた壁から、明確な敵意を感じる。


 ほんの僅かだけど、誰かの霊力が混じっている。


「はい。確かに妨害されてます」


 私の物とは違う、知らない人の霊力。


 たぶんだけど、敵対する陰陽師の物だと思う。


「やはりそうですか」


 顎に手を当てた社長が、深くうなずく。


 部屋の外にいた依調よしらさんが、慌てた様子で叫んでいた。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 妨害だと!? それはどういう――」


「焦らずとも、犯人はすぐにわかりますよ」


 犯人。その言葉に、感情が揺れ動く。


 人探しの邪魔をしている人がいる。


 そんなの、考えもしなかった。


 唖然とする私を横目に、社長は大黒に目を向けた。


「六道さんにアドバイスをお願い出来ますか?」


「まかせとけ! それが俺様の仕事だからな!」


 胸を張った大黒が、丸いお腹をぽんと叩く。


 私の服をよじ登り、肩の上に腰を下ろした。


「デビュー戦だからな! 華々しく飾ろうぜ!」


 楽しそうな声と共に、私の頬に手をつけた。


 気負いのない顔で、大黒が微笑んでいる。


「敵の霊力に自分の霊力をぶつける。相棒なら出来るよな?」


「……うん。たぶん」


 出来ると思う。


 出来ると思うけど、


「霊力が半分を切りそうなんだよね……」


 術に使えるのは、上澄みだけ。


 半分以下になると、悪霊が好む性質の霊力が出てくる。


 だから、これ以上は使えない。


 そう思っていると、


「いえ、すべて使って頂いて構いませんよ」


「え……??」


「六道さんなら問題になりませんから」


 背後にいる社長が、なぜか自信のある笑みを浮かべていた。


 そんな社長の言葉に、依調よしらさんたちも驚いた顔を向けている。


「なにかあれば、私がすべて対処しますので」


「……わかりました」


 そう答えたけど、実際はわかってない。


 でもいまは、社長を信じるしかない。


 飢える生活に戻るのは、絶対にイヤだ。


 そう思いながら、私は改めて術式に向き直った。


「敵の霊力に、私の霊力をぶつける。それでいいんだよね?」


「おう! 花火みたいに変換して、霊力の根元に突っ込む感じで頼むぜ!」


「……うん、了解」


 たくさんの霊力を使うけど、本当に大丈夫?


 悪霊とかこない?


 そんな思いを封印して、霊力の塊を作っていく。


「丸くして。中を火薬にして。周囲を頑丈にして……」


 イメージは、打ち上げ花火。


 思い通りに動かせるようち、ロケットの形に変えた。


「こんな感じでいい?」


「おう! それを10個くらい投げ込めば完璧だな!」


「……了解!」


 あやかしが集まっても、社長が対処してくれる。


 そう信じて、霊力をつぎ込む。


 大黒の注文通り、合計10個。


 それらを私の周囲に浮かべた。


「準備出来たよ」


「おう!」


 楽しそうに頷いた大黒が、社長に目を向ける。


 社長も頷き返して、依調よしらさんの方を向いた。


「聞いての通りです。御社の陰陽師は、ここにいる方々ですべてですか?」


「……いや、外部の者と数人の部下が儀式の間に残っているはずだ」


「なるほど。それでは、最も信頼出来る者に連絡を」


「……わかった」


 神妙な面持ちで頷き、スマホを手に取る。


 誰もが息を呑む中で、呼び出し音が途切れた。


「俺だ。臨戦態勢をとってくれ。何が起きても対処出来るようにな」


 有無を言わせない声音。


 そんな依調よしらさんを横目に、社長が振り向いた。


「これで大丈夫でしょう。六道さん、頼みましたよ」


「……はい」


 更にわからなくなったけど、そう答えるしかない。


 私は大黒と視線を合わせて、頷き合った。。


 周囲に浮かぶ爆弾を1つ選んで、糸にのせる。


「はじめます」


 誰が何をしているのかわからない。


 だから、全員に声を掛けた。


「……ここ!!」


 壁の中央に爆弾を投げ込み、爆発させる。


 肩の上に立った大黒が、両手を握りしめた。


「やったか!?」


「……うん! 壊せたみたい!」


 手応えはあった。


 壁の中央に穴が開き、崩れる音がする。


 そんな壁の穴から、6つの霊力が飛び出した。


 それぞれが違う方向に逃げていく。


「――追えるか!?」


「やってみる!」


 残りの爆弾に指示を出して、逃げる霊力を追いかける。


 地下に行く物が4つ。


 私の横を通り抜ける物が2つ。


――全部で6個だから、爆弾の方が多い!


 動く速度も、私の爆弾の方が速いみたい!


「まずは2つ」


 逃げようとする霊力を爆弾で押し潰す。


 下敷きした霊力が逃げようと動くけど、力もこっちが上みたい。


「地下の方も捕まえた!」


「霊力から伸びる糸が見えるか!?」


「ーーうん! 透明なのが出てる!」


「うっし! 爆発の衝撃をその糸に流し込め! 3、2、1、発破!」


 大黒の掛け声にあわせて、6つ同時に着火。


 爆発する霊力を透明な糸に流す。


 そんなとき、


「ーーかはっ!!」


「え……?」


 苦しそうな声に振り向くと、2人の陰陽師が壁に叩きつけられていた。


「いったいなにが……?」


 そう呟く私を尻目に、里崎りさき部長が呪符じゅふを投げる。


 手早く印を結び、霊力を膨らませた。


急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう


 地面に倒れた2人が、霊力の縄で拘束される。


「まさか、身内にも敵がおったとはな……」


 悲しげな目を向けた依調よしらさんが、スマホを耳にあてた。


「4人 弾けたな? 生かして捕らえろ」


 必死にもがく2人を見下ろしながら、《よしら》さんが溜め息を付く。


 状況が飲み込めない私を見て、すっと視線を横にずらした。


「賭けは、うちの負けか」


 魔方陣の中央にあるタブレット。


 そこに、探し人の現在地が写っていた。

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