第17話 ソフィー・ブリリアントと『痴の事情』 4/4

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 ソフィーとの話し合いが一段落すると、俺は次にやるべきことを考えはじめた。

 今日のうちに何とかしておかなければならないことがある。

 そんな気がしてならないのだ。

 ちなみに、ソフィーはベッドで布団をかぶっていた。

 眠ってはいないのだが、先ほどまでの羞恥心が冷めるまではその体勢でいるつもりらしい。


 そんな時、部屋のドアをノックする音がした。


「どうぞ」

「どうぞって、このドア、どうやって開ければいいんですか?」

「ああ、そうか……」


 俺は立てかけてあったドアを持ち上げ、横にずらした。

 すると、そこにはハルの姿があった。


「おや、ソフィーちゃんはお休み中ですか」

「まぁ、そんなところだ。それで、どうしたんだ?」

「いえね、ネクさんが物入りなのではないかと思い馳せ参じた次第です」

「物入り?」

「はい。今のネクさんには、どうしても手に入れておかなければならないものがあるはずです」

「なんだそれ?」

「これのことですよ」


 そう言って、ハルは白い布を取り出した。

 それは、パンツだった。

 それもただのパンツではない。

 中心部に小さなリボンがあしらわれた子供用の小さなパンツだった。


「ネクさん、これが欲しいんじゃないですか?」

「お前、俺をなんだと思っているんだ?」


 どれだけ特殊な性癖を持っていると思われているのだろうか。

 そう思ったが、その懸念は俺の思い違いだったらしい。


「いえ、ですからソフィーちゃんの着替えですよ」

「あ、ああ。ソフィーのだよな。もちろん、分かっていたさ」


 慌てて弁明する俺を、ハルは疑わしげに見ていた。

 思いがけず、犯罪の現場を目撃してしまったかのような表情をしている。


「え、まさか自分で――」

「そ、それで、わざわざここまで持ってきてくれたんだな? さすがはハルだ。細かいところまで気が利く。商人の鑑! そんなお前の話を聞きたくて仕方がない! さぁ、お前の話を聞かせてくれ!」

「は、はい」


 何とか、勢いでごまかせたようだ。

 ごまかせたよな?

 ごまかせたということにしておこう!


「えっと、ソフィーちゃんの着替えのことですが、子供用となると、学院内の購買でも売っていないでしょう。それに、今からネクさん城下町に一人で行って『幼女のパンツをください』と声高に言って購入するわけにもいかないじゃないですか」

「そうだな」


 まぁ、ソフィーを連れて行けば大丈夫だろうけど。

 そもそも、そのソフィーが外に出られる状態ではないのだ。


「というわけで、このボクがパンツを売りに来て差し上げたというわけです! 感謝してください!」

「……出世払いでいいか?」

「構いませんよ。ソフィーちゃんには、どうしても今必要になるでしょうから。ただ、残念なことに私のアイテムボックスの中には、子供サイズのパンツが一枚しかありません。もともと取り扱う予定のないものですから。この他の着替えは、早いうちに、城下町で手に入れるようにいてください」

「分かった」


 確かに、ソフィーの服については早いところ何とかしておく必要があるだろう。

 だが、問題が一つ。

 俺は金を全く持っていないのだ。

 なんとかして、ソフィーの服の代金分だけでも手に入れないと――。

 そう考えていた俺に、ある発想が訪れた。


「そう言えば、ハル。お前『運び屋』に盗賊を渡したとき、金を受け取っていたよな? いや、正確には小切手だったか」


 その言葉を聞いたハルは、身体を硬直させる。

 こいつ、分かって黙っていたな。


「……な、なんのことでしょう?」

「あの盗賊を捕まえたのは俺だったよな? 俺、何も受け取ってないけど」

「……気づきましたか」


 危ないところだった。

 危うく、このままスルーしてしまうところだった。

 そもそも、あの盗賊と戦ったのも、謝礼が目当てだったのだ。

 色々あって、途中から忘れてしまっていたけど。


「お前、確か30万ゴルくらい受け取っていたよな?」

「そ、そうでしたか」

「だったら、少なくとも俺にも半額分くらいの権利はあるよな?」


 むしろ、俺が全額受け取ってもいいくらいだ。

 そう考えていると、ハルは不本意そうに言う。


「分かりました。それでは、30万ゴルの半額の15万ゴルをネクさんの分としましょう。ただ、ここから食料箱分とソフィーちゃんのパンツ分を引いて、10万ゴルをお渡しします」

「いや、引きすぎだろ!」

「ここは魔法学院ですから。仕入れも色々大変なので、それくらいが適正価格です。文句があるなら、明日以降もソフィーちゃんにはノーパンで過ごしてもらうことになります」

「わ、分かった」


 今は従うしかない。

 反論をしようにも、俺は女性用パンツの相場を知らない。

 しかも、俺は今女性用パンツを一枚も持っていない。

 状況はあまりにも不利なのだ。


「それでは、取引成立ですね」

「ああ」


 俺とハルは握手をした。

 商取引では、契約成立とともにこうすることが多いらしい。

 ハルは子供用パンツをベッドの上に置いた。


「ところでハル。お前って、普通の男性用の服は扱っているのか?」

「え? ああ、あります。そういえば、ネクさんはどうするつもりなんですか? 着替えとかは持っていないんじゃないですか?」

「持ってないけど?」


 そのことはハルも知っているだろう。

 箱から出てきたマッパマンには、着る服が一着しかなかったのだ。


「まぁ、毎日洗って同じものを着ればいいかと思っている」

「……それは絶対に止めてくださいね。同じ班になったボクたちの良識が疑われることになります。ボクだけならともかく、フィリスさんにも迷惑をかけることになります」

「でも、着替えも持っていないからな」

「だったら、ボクから買ってください。男性用の服でしたら、多少の在庫はありますから」

「え~。でも、勿体ないよな~」

「いや、ですが――」


 そこまで言って、ハルは言葉を切る。

 どうやら、俺の意図に気づいたらしい。


「ネクさん、貴方まさか――」

「さぁ、どうする、ハル・ティペット。このままでは、俺は毎日同じ服を着ていくしかなくなる。時々、洗濯も面倒になってしまうだろう! この女性ばかりの魔法学院において、その行動は俺たちの班の評判をどれだけ下げることになるだろうな~」

「く……」


 ウェイン家の名を背負ったフィリス。

 ティペット商会の名を背負ったハル。

 その評判を下げないようにするためには、俺に安く服を提供する必要があるのだ。


「く、分かりました。では、お安く売って差し上げます」


 こうして、俺は格安で着替えを手に入れた。

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