第7話 魔術師たるもの変態たれ!(校是) 3/4

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 校長訓話の後も、来賓からの祝辞が続いた。

 各分野のトップランカーたち。

 戦争の功労者。

 経済界の重鎮。

 国家代表。

 この国の重鎮たちが、新入生たちに言葉を向ける。

 その内容は意外なくらいにまともだった。

 魔術への献身に触れることもなく、変態行為をすることもない。

 やはり、異常なのは校長だけなのだろうか。


 来賓からの祝辞が終わると、入学式は次の段階へと進んだ。

 講堂のカーテンがひとりでに閉まっていき、講堂が薄暗くなる。


「ハル、何でカーテンを閉めるんだ?」

「何でって、『魔法披露』のためですよ。入学案内、読んでないんですか?」

「読んでない。読む時間どころか、服を着る時間もなかったからな」

「ああ……」


 ハルは納得したようだった。

 箱から出てきたときの俺の姿を考えれば、納得せざるを得ないだろう。


「それで、魔法披露っていうのは、なんなんだ?」

「新入生たちの新入生たちが力量を示すイベントです。ネクさん【フルール】は使えますか?」

「ああ、一応。昔は使えた」


 この【フルール】というのは、攻撃能力を持たない不死鳥を作り出す魔法だ。

 魔力量が少ない以前の俺でも、使うことは出来ていた。

 ごく小さな炎の鳥を作り出せただけだが。


「今はどうなんですか? 基礎魔法ではありませんが、第一階梯の魔法ですよ? この学院に来るなら出来て当然。その上で、生徒たちは作り上げた不死鳥の大きさや精緻さを示すことになるんです」

「出来なかったら?」

「知りません。ちなみに、過去には、この時点で教師や上級生に見込まれた者もいるらしいですよ」


 周囲を見ると、新入生たちは緊張した面持ちで杖を握っていた。

 小声で練習をしている者もいる。

 そして――。


『それでは、新入生による魔法披露を行います。新入生たちは、それぞれ【フルール】の魔法を使用してください』


 学院からの指示により、新入生たちは、それぞれ杖を高く掲げた。

 杖先に魔力を集中させ、呪文を唱える。


「「「「希望の不死鳥よ、我が召喚に応え顕現せよ――【フルール】!」」」」


 集中した魔力が様々な色の不死鳥の姿を形作る。

 そして、次々と杖から離れて飛びたち、講堂内を照らす。

 目まぐるしく動き回る光が幻想的な光景を作り出していた。


 そんな中、俺は魔法を使ったふりをしてこの場をやり過ごしていた。

 俺がこの魔法を使って、改変された効果が発動したら大変だ。

 だが――。


「君は何故、【フルール】を使わないの?」


 突然、目の前に現れたクロニウム先生にそう尋ねられた。

 ついさっきまで壇上にいたのに、いつの間にか正面に来ていた。


「決して難しい魔法ではない。それすら使えないというのなら、君はこの学院にいるべきではない。そうでしょう、ネク」

「ちょっと、調子が悪くて」

「上級生の服を脱がせた手際は見事だった」

「う……」


 あれは俺が故意にやったということになっている。

 今更実力不足という言い訳をするわけには行かない。

 そんなことをすれば、さらに怪しまれることになるだろう。


「(ネク、やってしまえ)」

「(でも、何が出るか分からないぞ。魔法学院の教師陣の前で暴走でもさせようものなら、処分されることだってありうる)」

「(その時はその時じゃ。それに、誤魔化す手段くらいは考えておるんじゃろ?)」

「(まぁ、なくもない)」

「(ちなみに、それはどんなものじゃ?)」


 本当に気が進まない方法だ。

 だけど、これ以外のごまかし方は思いつかない。


「(予想外の出来事であろうと、全て俺の想定内だということにする)」


 どんな酷い結果であっても、わざとやったことだと主張するのだ。

 お姉さま方の服を脱がせたときのように。

 手痛いしっぺ返しが来ることは予想できる。

 だが、これ以外にはない。


 俺は体内で魔力を供出し、杖先に集中させる。

 迷ったところで何の意味もない。

 ここまで来たら、やるしかない。


「希望の不死鳥よ、我が召喚に応え顕現せよ――【フルール】!」


 体内から大量の魔力が供出させられていくのを感じる。

 杖先では予想通り、予期せぬ事態が起きていた。

 本来であれば光が集まるはずの杖先。

 そこに暗い靄のようなものが集まり始めたのだ。

 そして、その靄はどんどん濃度を高くしていき――。


 ついには巨大な鳥の姿を取り始めた。


 それは、赤黒い炎により形作られた巨大な鳥。

 赤銅色の粒子を帯びており、そこに神々しさは欠片も存在しない。

 そこにあったのは、筆舌しがたい悍ましさ。

 まるで腐り始めた死体のような。

 あるいは酸化した血液のような。


 巨鳥は、ホール中に響き渡るような――。

 否、ホール中を震わせ支配するような鳴声を上げた。

 そして、その巨大な翼を大きく羽ばたかせ、中空へと飛び立った。

 この広い講堂の中でさえ、その巨鳥には狭すぎたようだ。

 黒い巨鳥は、あちらこちらにぶつかりながら暴風を巻き起こしていった。


 この【フルール】は、攻撃能力をほとんど持たないはずの魔法だ。

 それにも関わらず、椅子も新入生たちも吹き荒れる暴風によって右へ左へと吹き飛ばされていた。


 俺は何とかこれを解除しようとするが、既に手遅れだった。

 魔法の発動に十分な魔力が注がれ、魔法は完成してしまっていた。

 発動が容易であるからこそ、それを消滅させることは難しい。

 この効果を消すには、おそらく圧倒的な魔力が必要だ。

 圧倒的な魔力を帯びた攻撃で跡形もなくかき消すしかない。


 問題は、それを出来る者がいるのか。

 そして、仮にいたとしても、それをやってくれるのか。


 新入生たちの大半はその姿に恐れおののき、床に伏せていた。

 一部は、混乱して恐慌状態に陥っている。

 また、一部は何とか巨鳥に攻撃を試みた。

 光弾がいくつか飛んでいくが、その大半は巨鳥にかすりもしない。

 かろうじて当たったものも、何の効果も上げなかった。

 新入生の魔法程度では焼け石に水にしかならない。


 他方で、教師や在校生たちは、その現象を興味深げに見ていた。

 しかし、手を出そうとはしない。

 この程度のトラブルは、彼らが対処する価値がない。

 そう判断されたのだ。

 これより重篤な危機があったとしてもそれは同様だろう。

 教師であっても、それに興味を持たなければ平気で無視をする。

 この学院では、それがまかり通る。


 そんな中、騒ぎを収めるべく立ち上がった一人の少女がいた。

 その少女は、制服の上に兵士のような装備を纏っていた。

 ローブを羽織らず、銀色に輝く鎧を着用。

 整った繊細な顔つきに、光沢を放つ美しい銀髪。

 まさに、誰もがうらやむ絶世の美少女。

 だが、その表情はどこか自信なさげで儚さを讃えている。


 その少女の姿を見た新入生たちは、はっと息をのんだ。

 彼女こそが、魔王を討伐した救国の勇者。

 フィリス・ウェインである。

 新入生たちは、彼女の登場に目を輝かせた。

 彼女なら、あの巨鳥を何とかしてくれるだろう。

 そして、その雄姿を目の当たりにすることが出来る。

 その期待が新入生たちの胸にともっていた。


 だが――。

 その少女を見て、俺だけは顔を青くした。

 怒りと怖気が同時に沸き上がり、それがぐちゃぐちゃに混ぜられる。

 同時に、身体が熱くなり、額に嫌な汗をかくのを感じる。


 あれは、俺の『敵』だ。


 この世で最も会いたくなかった少女。

 二度と会うことはないと思っていた少女。

 それなのに――こんなところで出会ってしまうとは。


「私に、任せて下さい!」


 彼女は腰につけていた『棒状の魔道具』を抜くと、それに魔力を注ぎ込む。

 すると、それを覆うかのように剣身が形成された。

 その剣身は、ほのかに内側から輝いている。


 混とんとした劇場の中、彼女は確実に巨鳥の姿を見据えている。

 そして、強化魔法の呪文を詠唱する。


「第一段階身体強化――【フォース】。第二段階身体強化――【フォース・セカンド】」


 魔法が重ねられるたびに、彼女が持っている剣は輝きを増していった。

 その光に照らされるだけで、漆黒の巨鳥はその身体の一部を崩しつつあった。

 それほどまでに高密度の魔力による強化魔法。

 しかも、常人には耐えられないとされている重ね掛け。

 それを己の身と剣にまとわせながら、少女は剣を上段に構える。

 そして――。


「覚悟しなさい、えっと――『黒い鳥』?」


 掛け声とともに、少女は剣を振り下ろした。

 高濃度魔力で形成された巨大な剣戟が飛んだ。

 そして、それが暗黒の巨鳥を真っ二つに切り裂き――。

 その直後、俺が作り出した醜穢な鳥は跡形もなく消滅した。


 だが、それだけでは止まらない。

 彼女が放った剣戟の勢いは、一切削がれることはなかった。

 壇上の教師の間をすり抜けた後、轟音とともに壁に衝突する。

 少し遅れて、剣戟によって作り出された真空により、講堂内に暴風が巻き起こった。


 その圧倒的な実力を俺はただ見ていることしかできなかった。

 俺だけでない。他の生徒たちも同じだろう。

 皆が思い知ったはずだ。

 自分は未熟であることを。

 深淵なる魔術の第一歩にすら至っていないということを。

 そして、努力によって埋めることが出来ない『格』が確かに存在するということを。


 それだけのことをしながら、フィリスは平然としていた。

 そして、一息ついてから、こちらに視線を向けた。


 その何とも言えない美しさに、俺は一瞬頭が真っ白になった。

 鎧を身にまといながらも、全身に楚々とした雰囲気を持っている。

 俺を見つめる瞳は凛々しくも、どこか愁いを帯びていた。

 形の良い鼻梁がすっと通っており、桃色の唇は薄く儚げ。

 白い肌の中、頬がほんのり赤くなっていた。

 その美しさは、神秘的とさえ言える。

 数年前に会った時の彼女とは、まるで別人だ。


 そして、騒ぎの中心となった俺に近づいて来て――。


「ひ、久しぶりですね、ネク。私のこと、あの、覚えていらっしゃいますか?」


 どこかたどたどしい口調で俺に声をかけた。

 俺は言葉が出てこなかった。

 頭が真っ白になり、思考が前に進まない。

 だが、このまま答えないわけにもいかない。

 俺はかろうじて声を絞り出した。


「覚えています」

「それは、何よりです」


 何より?

 あんなことを俺にしておきながら、よくそんな事を言えたものだ。

 アンダーウッド家を敵視する家系に生まれた女。

 彼女は、模擬線という名目で俺をいたぶり続けてきた。

 その記憶が消えていないことのどこが『何より』だというのか。

 俺はフィリスの顔から視線を逸らした。

 だが――。


「あの、ネク。これから、ともにこの学院で過ごすことになります。どうか、よろしくお願いします」


 フィリスは微笑を浮かべながら、右手を差し出して来た。

 その微笑はぎこちなく、どこか怯えているようだった。

 だが、そんなことは関係ない。

 今すぐにでもこの手を払いのけたかった。

 だけど、そんなことをしたらどうなるか――。

 他の新入生たちを敵に回しかねない。

 なにせ、彼女は国が認めた『勇者』なのだ。

 俺にとっては邪悪の権化でしかなかったとしても。


「……よろしく」


 俺が右手を差し出すと、嬉しそうにフィリスはその手を取った。

 生きた異性に対する免疫があまりない俺は、少しだけドキドキしてしまう。


「あの、それにしても、しばらく会わないうちに随分と実力をつけられたみたいですね。あの黒い鳥を作り出すためには、大量の魔力を消費するはず。これなら、アンダーウッド家も安泰ですね」


 フィリスは、本当に嬉しそうに言う。

 その表情からは一切の邪気が感じられない。

 警戒心を全開にした俺を騙せるほどの演技力を持っているのか。

 それとも――。


「それでは、えっと、私はこれで失礼します。お邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした」


 俺の考えがまとまらないうちに、フィリスは俺から手を離した。

 その所作は、俺が知っている彼女とは別物としか思えなかった。


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 俺との会話を終えたフィリスは、元々いた席の方へと戻っていった。

 その活躍に興奮した新入生たちは、一斉に彼女を褒めたたえた。

 フィリスはそれに対し、ぎこちなく愛敬を振りまいている。

 手を振ったり、握手に応じたり。

 それらを行う姿は同じ新入生とは思えなかった。 

 

「(ネクよ。あれが妾を殺害した勇者か?)」

「(そうだ)」

「(ふむ……)」

「(殺されたことを恨んでいるだろうが、復讐を手伝う気はないぞ)」

「(復讐? ああ、そんなことは考えてはおらん。あれは戦争だったのじゃ。たまたま強かっただけの『駒』を恨もうとは思わん。じゃが――腑に落ちぬことがある)」

「(何だ?)」

「(勇者というのは、あの程度か?)」


 その疑問に、俺は言葉を失う。

 フィリスの攻撃を見て、俺は格の違いを思い知った。

 それなのに、ソフィーはその真逆の感想を言ったのだ。


「(あれでも十分すぎるほど凄いと思うけど)」

「(『学生の身にしては』という言葉が入るのじゃろう? 確かに、先程の斬撃の威力は大したものじゃ。じゃが、あれだけで妾を倒せるとは思えん。というか、幹部クラスですら倒せぬじゃろう)」

「(あれが全力の攻撃だったわけでもないだろ?)」

「(それでも、じゃ。まぁ、よい。その辺りはいずれ分かるじゃろう。それに、お主に言ったところで、お主にはまだ理解できぬじゃろうし)」


 確かに、それは否定のしようがない。

 高度な魔術を見ても、それがどれほどのものなのかがまだ分からない。

 過大評価、あるいは過小評価をしてしまうものもあるだろう。

 それを正確に判断するための知識が、俺にはまだ足らない。


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