第6話 魔術師たるもの変態たれ!(校是) 2/4

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 テレサさんたちが去った直後、ロゼリア先生が運転する馬車が到着した。。

 大きな音を立て、荒々しく、豪快に着陸した。

 これ、中の生徒たちは無事なのだろうか。

 御者席にいたロゼリア先生は、新入生たちに声をかける。


「よおし、到着だ! お前たち、道に沿って講堂まで行きな!」


 ロゼリアの命令に従い、生徒たちは馬車から降りてきた。

 魔法学院に降り立った最初の一歩。

 希望と緊張感に溢れる第一歩。


 そのはずなのだが――。

 新入生たちの顔からは生気が抜けていた。

 足取りはよろよろとしており、まともに歩けていない。

 まるで、全員そろって命の危険を潜り抜けてきたかのような有様。

 降りてきたハルも同じような感じだった。


「ハル」

「ああ、ネクさん、ご無事で何よりです」


 ハルは俺を見て、元気のない笑みを浮かべた。

 上空から落とされた俺よりも生気がない。

 一体、どうしたというのだろうか。


「何があったんだ?」

「ネクさんが地上でいろいろやらかしてくださったおかげで、ロゼリア先生の機嫌がよくなったんです。それで、本人はサービスのつもりなのでしょうが、馬車で曲芸飛行なんぞをして下さいまして」

「ああ」

「馬車の中は揺れに揺れ、ボクたちはひたすらそれに耐えるしかなく――」


 どうやら、彼女たちは車酔いしてしまったらしい。

 宙に浮く馬車で車酔い――考えようによっては、貴重な体験だ。 

 羨ましくはないけど。


「ところで、ネクさんの方は何をしたんですか? 上級生の方々が一斉に服を脱ぎ始めていましたが」

「ノーコメントで」

「弁明があるなら早めにしておいたほうがいいですよ。馬車の中では、すでに『ゲス・H・アンダーウッド』というあだ名がついてしまっていますから」

「ゲス!? あと、ミドルネームがついてるんだけど!」

「Hは『ヘンタイ』のHです」

「予想は付いていたよ!」

「一躍有名人ですよ。よかったですね」

「いいわけあるか!」


 何だ、その不名誉な名前は。

 アンダーウッド家から刺客が送り込まれかねない。

 せっかく縁を切ったのに。


「そんなに気にいないでください。一応、ボクもフォローを入れておきましたから」

「そうなのか?」

「『アンダーウッドは付かない』って言っておきました」

「そこはどうでもいいよ! フォローするなら『あれは事故だった』とか『ネクは変態じゃない』とか言っておいてくれよ!」

「事故だったんですか? 確かに、馬車から落ちたのは事故だったのでしょうが、その後のことは事故には見えなかったのですが。むしろ、夢中になって上級生の脱衣を見ていたように見受けられましたが」

「それは――仕方がない」


 不可抗力だ。

 魅力的な女性たちが目の前で脱衣しているのだ。

 反射的に見てしまうことは誰も責められない。


「あと『変態』という点についてはどうあがいても否定しようがないと思います。ああ、ちなみに、変態の定義については『ネクのこと』ということになりました。変態と書いてネクと読みます」

「変な定義を作るなよ!」

「ところで、ゲスさん」

「ネクだよ!」

「カスさん?」

「もういいよ! 何とでも呼べ!」

「あちらを見てください」


 ハルが道の先を指さす。

 そこには、新入生たちを歓迎する上級生たちが集まっていた。

 講堂へ向かう道の左右から、歓迎の声が向けられる。

 新入生たちは照れ臭そうにその間を通り抜けていた。


「よく見ると、色々な場所にいるな」


 新入生たちを見守っているのは、沿道にいる上級生だけではない。

 学術の場となる古城から顔を出す者。

 体を宙に浮かせている者。

 このほかにも魔術的方法で遠隔から観察している者もいるのだろう。


 そんな視線にさらされながら、俺たち新入生は講堂へと入っていった。

 講堂は古めかしい建物で、あちこちに補修の後が見て取れた。

 だが、内部は手入れが行き届いており、古さを全く感じさせなかった。

 天井も壁も真っ白で、窓から降り注ぐ光がすべてを明るく照らしている。


 講堂では、生徒たちは入ってきた順番で席に座っていた。

 俺たちよりも先に到着した生徒が大半だったらしく、すでにほとんどの席が埋まっている。

 俺とハルは、隣り合った席に座る。

 目的地に到着して、ようやく腰を落ち着けることが出来た。

 ここまで本当に長かった。


「ようやく、ここまで来ましたね」

「そうだな」

「道中、色々ありましたからね。箱の中から裸のネクさんが出てきたり、ネクさんがセクハラしようとしたり」

「ハルが寝坊したり」

「寝坊はネクさんの方でしょう! ボクが起こしてあげたの、覚えていないんですか!?」

「あれは寝たふりだ」

「いいえ、嘘です。爆睡していました!」

「して――」


 突然、俺の声が途中で消えた。

 話すのを止めたわけではない。

 それなのに、途中で声だけが消えたのだ。

 音を消す魔法が、この講堂全体にかけられたのだろう。


 周囲を見ると、上級生と思しき女性が杖をこちらに向けていた。

 併せて、人差し指で『話すのを止めろ』と指示している。

 他も同じだったようで、講堂の中は一気に静まり返っていた。


 つまり――。

 もうすぐ、入学式が始まるということだ。


     3


 講堂内が静まり返り、空気が張りつめる。

 新入生たちは、神妙な面持ちで前を見ていた。


 すると突然、突き刺すような光が講堂を照らした。


 ほんの少し遅れて、爆発音が響く。

 劇場全体を震わせ、全身に響き渡るほどの轟音。

 壇上に目をやると、そこには爆炎が広がっていた。


 そんな中でも、新入生たちは冷静だった。

 驚きこそすれ、その程度のことで動揺する者はほとんどいないようだ。


 この『王立ライプニッツ高等魔法学院』では、何でも起きうる。

 それを理解していないものなど、一人もいないのだろう。

 爆発くらいは、想定の範囲内だ。


 だが、そんな新入生たちが、かすかに色めき始める。

 壇上に現れた煙の中に、複数の人影が見え始めたのだ。

 そして――。

 その人影の中の一人――燃えるような赤髪を携えた女性の姿が現れた瞬間、会場が一気に湧いた。

 美しくも獰猛な顔つき。

 威風堂々とした佇まい。

 そして、何よりもそこにいるだけで周囲を威圧するような魔力。


 それが誰であるか、知らぬ者はこの学院にはいないだろう。

 歩く悪夢。

 ひとり大隊。

 至極の魔術師。

 魔術界最高の権威。

 逃れる術のない赤色。

 彼女を言い表す言葉は無数に存在する。

 その名は『ウォルト・マグニフィセント』。

 この学院の校長であり、最も権威ある魔法使いの一人だ。

 

 そして、彼女を中心にして、10名の魔術師たちが横一列に並んでいた。

 その中には、ロゼリア先生やクロニウム先生もいた。

 彼女たちはいずれも名の通った魔術師だ。

 各魔法分野での第一人者であり、世界に影響を与え続けている。


 つまり、全世界あこがれの魔術師たちが一挙に集まっているのだ。


 彼女らの突然の登場に、数名の新入生たちが気を失い、椅子から転げ落ちた。

 壇上の教師たちは、それほどまでに絶対視、あるいは神聖視されている。

 倒れた新入生たちのもとには、上級生たちが駆け寄って慣れた手つきで介抱を始める。

 これもまた、毎年恒例の出来事なのだろう。

 そんな状況に陥った講堂の中、校長は設置されたマイクの前へ行く。

 そして、ローブを脱ぎ捨て――。


「こほん」


 咳払いを一つ。

 ただそれだけで、ざわついていた劇場が静まり返った。

 新入生たちは全力で続く言葉に耳を傾けていた。

 ウォルトはそれを愉快そうに見ると、穏やかな口調で語りかけ始めた。


「諸君、まずは入学おめでとう。私が校長の『ウォルト・マグニフィセント』だ。君たちのような将来有望な魔術師たちを我が学院に招くことが出来たことを嬉しく思う」


 校長が一言話すたびに、魔力によるプレッシャーが生徒たちに襲い掛かる。

 生徒たちは、一言も聞き漏らさぬよう、必死にその圧に耐えていた。


「さて、知っての通り、魔法はこの国における最重要事項である。生活のありとあらゆる場所に魔法的構造が使われており、この世界は最早魔法なしでは成立しない。ゆえに、世界最高峰の魔法学院に通うことになった君たちは、国や世界を動かすエリートといえるだろう」


 傲慢とも思える言葉。

 だが、生徒たちはそれを当然のものとして受け止めているようだ。

 実際、この学院の卒業生の多くは、国の中枢部で働いているらしい。

 あらゆる国家機関や大企業の中には、この魔法学院の卒業生たちによって作られた派閥が存在している。そのため、学院卒業生はただそれだけで重宝されるのだ。


 もっとも、それは『この学院を卒業できる実力』という確かな裏打ちがあってのことだ。

 四年間の『選別期間』を経て生き残った者のみが卒業することが出来る。

 この学院は、そういった魔窟なのだ。

 だが――。


「だが、私は君たちにエリートになってほしいとは思わない。その程度で満足する者は、我が学院にふさわしくない。エリートというのは、所詮、民に使われる立場だ。国を動かすのは国の為であり、ひいては国民の為でしかない」


 その過酷な選別を乗り越えた程度では、校長は満足しないらしい。

 国を動かすエリートにさえ、価値を認めない。

 実に傲慢で魔術師らしい思想だ。


「ここにいる諸君には、そのような『他人のための歯車』になるのではなく、魔法というものの根源に迫るための生き方をしてほしいと考えている。魔法が人間のためにあるのではない。人間こそが魔法のために存在するのだ。人間が魔法を使うのではなく、魔法が人間に自らを使わせる。それを実感できるか否かで、今後の人生は大いに変わってくるだろう」


 それは『魔術への献身』と呼ばれる思想だ。

 一部の名家の間では、この考え方を正当なものとして扱われている。

 実際、アンダーウッド家でもその概念は飽き飽きするほど聞かされていた。

 ここにいる生徒の中にもこの『魔術師として正しい思想』を持つ生徒が少なからず存在するだろう。


「今言ったことは、心のどこかに置いておいてほしい。君たちは今、魔術と言う際限のない世界の入口に立ったに過ぎない。そして、いつしかその深淵へと到達できるよう、この学院で十分な知識と技能を身に着けることを望む。また、この魔法によって日々進化する世界を楽しんでほしい。私からは以上だ」


 校長はそう締めくくった。

 その激励の言葉に、生徒たちから溢れんばかりの拍手が送られる。

 それは、劇場が揺れると錯覚させるほどのものだった。

 それに気をよくしたのか、校長は一言だけ言葉をつづけた。


「さて、ここまでで何か質問ある者はいるか?」


 質問をすることを許す言葉。

 だが、新入生たちはその気迫に押されていた。

 おそらく、ここにいる誰もが気になっていることはあるだろう。

 だが、世界最高の権威の前に、中々挙手をする勇気が出ないらしい。

 そんな中、一人の勇気ある新入生が、おずおずと手を上げた。


「校長先生、一つお伺いしたいことがあるのですが」

「うむ、申してみろ」

「……どうして校長先生は裸なんですか?」


 誰もが思っていた疑問が、その新入生の口から発せられた。

 うん、それは気になって当然だ。

 校長がローブを脱ぎ捨てた時、俺も同じことを思った。

 何故だかは分からないが、ローブの下から現れたのはほぼ裸体。


 適度に脂肪のついた女性らしい肉体が晒されている。

 一応、際どすぎる下着で局所のみは隠されている。

 だが、それ以外はノーガードだ。


「ふむ、君は私が服を着ていないというのだな?」

「……ごく一部の小さな面積以外は」


 消え入るような声で答える女生徒。

 対して、校長は得意げに告げる。


「私は服を着ていないともいえるし、服を着ているともいえるのだ」

「え?」

「言い換えれば、私は『君たちの目には見えない服』を着ているのだ」

「ええっ!?」


 女生徒は訳が分からなそうにしていた。

 当然だ。俺だって分からない。


 校長は、先ほどまで着ていたローブを拾い上げた。

 局所しか隠せていない服がずれそうになる。

 その一動作だけでも、色々とギリギリだ。

 校長は、そのローブを高く掲げ――。


「このローブを見ろ。君はどう思う?」


 質問をした女生徒に問いかけた。


「え、あの、金の刺繍がたくさん入っていて、豪奢かつ美麗なものであると思います」

「つまり、私が着るにふさわしい服というわけだな?」

「はい」

「では、このローブを浮浪者が着ていたらどう感じる?」

「それは……盗んだのかな、とか。後は、普通に不相応だな、と」

「そうだ。不相応なのだ。このローブにはこの学院の校章が記されている。故に、学院関係者でもない者――学院関係者であっても、下の者が着るにはふさわしくない。このローブはこの学院の校長である私だからこそ着ることが許されているのだ」


 成程、そういうことか。

 俺は校長の意図を理解した。

 その変態的な思考を理解できてしまった。


「校長であるからこそ、他の者が着ることが許されない服を着ることが出来る。権威がすべてをねじ伏せるのだ。この『見えない服』も同様だ。通常、このような服装を公衆の面前ですることは許されない。だが、この魔法学院の校長たる私は、それをねじ伏せることが出来る。この服装を正しいものだと主張し、それを他者に認めさせることが出来る。それはひとえに、この学園の権威によるものだ。翻って見れば、他の者が着ることを許されない『見えない服』を着ることにより、私はこの学院の校長としての権威を示すことになるのだ。君たちは、ここで魔術を学ぶことになる。それと同時に社交の何たるかを学ぶことにもなるだろう。そうしているうちに、自然と理解が及ぶようになる」


 校長はきっぱりと言った。

 新入生たちは、何故か全員納得しているようだった。

 いや、ほぼ全裸の社交ってなんだよ。

 変態たちの舞踏会か何かか。


「(これ、開き直った露出狂の戯言じゃろ)」

「(だよな~)」


 ソフィーのツッコミに、同意せざるを得なかった。


「ただ一つだけ言っておこう。これは、校長としての権威を示す姿であるが、私がこの格好をしている理由はそれだけではない。そのもう一つの理由が何なのか、君には分かるか?」

「い、いえ……」


 女生徒は恐縮しっぱなしで答えた。

 仕方がないだろう。俺にだって全然分からない。

 そういう性癖を持っているからとしか思えない。


「そういう性癖を持っているからだ!」


 正解かよ!?

 この権威ある魔法学院の入学式で何を言っているんだ。


「最後に、新入生たちにこの言葉を贈ろう。これは、この学院が生徒たちに望む姿勢でもあるから、心して聞くように」


 新入生たちは固唾をのんで耳を傾ける。

 最後はまともに締めてくれるんだろうな。


「魔術師たるもの変態たれ! それが出来ない者は、決して魔術の深淵にたどり着くことは出来ないだろう。以上だ!」


 講堂全体に響き渡るような声で、校長は言ってのけた。

 ここ、変態を養成するための学校だったっけ?


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