第5話 魔術師たるもの変態たれ!(校是) 1/4

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 さて、到着時にとんでもないトラブルがあったが、俺は何とか魔法学院に到着した。

 今はクロニウム先生に言われた通り、降車場にいる。

 すでに到着している生徒も多くいたため、その生徒たちの中に紛れ込もうとしているのだ。

 まぁ、ほとんどいない男子生徒ということで、溶け込むのは無理なんだろうけど。

 そこで一息ついたところで――。


「ネク・アンダーウッドですわね!」


 フルネームで呼び止められた。

 声をかけてきたのは、長い金髪を携えた気品漂う顔つきの女生徒だ。

 髪は安定の縦ロール。

 まさに高飛車なお嬢様といった様子だ。

 その態度は、高圧的そのもの。

 だが、なぜか不快感はなかった。

 というか、その顔をどこかで見たことがあるような気がする。

 どこだっけ?


「なんですか、その反応は! 私を覚えてらっしゃらないとでも!?」

「どこかで会ったっけ?」

「な――」


 少女は顔を赤くする。

 やはり、忘れてはまずい相手だったようだ。

 でも、思い出せないものは思い出せない。

 そう思って困っていたら、あちらから自己紹介をしてくれた。


「数回会っていますわ! 私の名はテレサ・マイナ」

「テレサ・マイナ?」

「……貴方の元婚約者と言えば分かりますか?」

「ああ!」


 そう言えばいたな、そんなの。

 追放の決定を言い渡された時、確か婚約も解消されたと聞いた覚えがある。

 もしかして、その関係で文句を言いに来たのだろうか。


「それはどうも。この度はご迷惑をおかけして――」

「婚約破棄のご挨拶に参りました」

「……はい?」

「婚約破棄の、ご挨拶に、参りました!」


 テレサさんは語気を強めて言った。

 婚約破棄の挨拶?


「それはもう済んだ話では?」

「当事者である私の口からはまだ何も言っていませんわ! 魔法学院への入学が決まってご挨拶に伺う余裕がなかったため、後回しになってしまいました。しかし、ここで会えたのは僥倖。というわけで、改めて私から、正式に申し上げます! 私たちの婚約は破棄させていただきます! 悪く思わないでください。元々、貴方のような無能な人間は私にはふさわしくなかったのですわ! それを情け深さで今の今まで続けてきたことを感謝してほしいくらいですわね!」

「うん、ありがとう」

「嫌味で言ったわけですけれど!? 分かってらっしゃいます!?」


 彼女の罵倒に対し、あまり嫌悪感は抱かなかった。

 さっきのスキルは関係なく、その罵倒は何故か心地いい。

 なんというか、相手を思いやる気持ちが伝わってくる。

 それに、この空回りしている感じには好感が持てる。


 これまで興味はなかったけど、

 俺の元婚約者、いい人じゃないか。


「ところで、貴方はどうしてここに?」

「どうしてって、入学するんだけど」

「入学!? 何を当たり前のようにおっしゃっているのです!? 個人差はあるものの、生まれ持った魔力量は女性の方が平均して10倍程度大きいということはご存知ですわよね?」

「うん」

「この女性が優位に立つ魔法世界で、ごく一部の男性だけが女性並みの魔力を持ち、その名を冠した領地を所有することになります。貴方のアンダーウッド家もその一つです。しかし、貴方は男性の中でも特に魔力量の小さい方。はっきりと申し上げましょう。貴方がこの学院を生きて卒業できる可能性はほぼ0と言っていいでしょう」

「ああ、そうかもしれないね」

「わかっているにも関わらず、入学をするつもりですの?」

「勿論」

「それじゃあ、ただの生贄じゃないですの!」


 テレサは語気を強めていった。

 肩を震わせて、こぶしを握り締めている。


「お嬢様、生贄というのは?」


 尋ねたのは、テレサさんの後ろに控えていたメイドだ。

 濃い目の茶髪を短めに切りそろえており、体格は小柄。

 大人しそうな見た目だったが、何故か俺は彼女に近寄りがたい雰囲気を感じた。


「アイリス。貴女、王立ライプニッツ魔法学院において、男性生徒が卒業まで無事でいられる可能性はどの程度だと思います?」

「男子生徒となると、魔術の素養が低めの方が多いでしょうから――5割くらいですか?」

「ほぼ0ですわ。ここ数年、卒業できた男子生徒は一人もいません。入学をした者はいるようですが、入学一年目でその大半が亡くなり、卒業までもつ者は一人もいないとか。自主退学が最もマシな末路だと聞きますわ」

「マジですか」

「それで終わりではありませんわ。一部の学生には、死亡時の『特約』が付されています。魔法学院で生徒が死亡した場合、その処分は学院に任されるというものです。魔力が極端に低いとはいえ、ネクロマンサーの死体にはそれなりの魔術的価値がありますわ。つまり――」


 テレサさんはそこで言うのをやめた。

 それは、本人を前にしては、とても言えない言葉だったのだろう。

 だが――。


「ああ、成程。つまり、俺は魔法学院の高名な魔術たちとのコネづくりのために『まだ生きている実験材料』として差し出されたってことだな!」

「私があえて言わなかったのに!?」


 このツッコミ、やはり悪い人ではなさそうだ。

 それに、俺はここで死ぬ気はない。

 なぜだか分からないけど今の俺は死ぬ気がしない。

 テレサさんが全力で同情してくれているのが申し訳なく思えるほどだ。


「申し訳ありませんが、学院内で私が貴方の手助けをすることはできません。婚約破棄という事実だけでも社交界では非常に大きなダメージになるのに、その相手と仲良くする姿を目撃された日には、あらぬ噂を立てられてしまいます」

「分かってる。ありがとう」

「ですから! お礼を言われる筋合いはありませんわ!」

「ああ、うん」

「しっかりしなさい、ネク・アンダーウッド! あ、アンダーウッドはもうつかないんでしたわよね……。とにかく! その死んだ魚のような眼を何とかしなさい! 無能は今に始まったことではないはずです! そんなことでは……。本当に、死んでしまいますわ」


 テレサさんは辛そうに告げた。

 この子、本当に天使か何かなのだろうか。


 なんだか、色々と申し訳なくなってくる。

 死んだ目をしているのは、上級生のお姉さま方の前での失言とかが原因なのに。

 それなのに、テレサさんは必死に言葉を続けてくれている。


「貴方は、男性としても魔力量は低いですが、私のようなエリートから言わせれば、貴方も他の新入生も大差ありませんわ。ですから、必要以上に落ち込む必要はありません。貴方は前を向いて生きていく資格があります。せいぜい、その程度のことくらいは覚えておくことですわ!」


 そう言って、テレサさんは踵を返した。

 テレサさんが去ろうとすると、アイリスと呼ばれたメイドが俺に声をかける。


「ネク様、どうかテレサお嬢様を悪く思わないでください。あの方は、プライドが高く素直になれない方なのです。今回ネク様に声をおかけしたのも『一度も会わずに婚約を破棄するなど不義理ですわ』と言って、無理をしているのです」

「うん、いい人そうだね」

「そうなんですよ! 誤解されやすい方なんですが、それがまたいいんですよね! でも、お嬢様が言っていた通り、婚約関係の復活は期待しないでください。お嬢様を幸せにするのはネク様ではなくこの私、アイリスですので!」

「ん?」


 今、聞き捨てならないセリフが聞こえたような気がした。

 まぁ、いいか。婚約は破棄されたわけだし、余計なことを気にする必要はない。


「お嬢様を幸せにするのはネク様ではなくこの私、アイリスですので!」

「二度言った!?」

「大切なことですので、二度でも三度でも言います。お嬢様は私のものですので! ふひひ。マイナ家から遠く離れたこの地でお嬢様と二人きりの生活。興奮してワクワクします」


 鼻息を荒くしながら、興奮気味に話すメイド。

 この人、思いっきり変人枠に入る人だった!?

 まともそうに見えたのに!


「そ、そうなんだ……」

「そうなんです。ええ、そうなんです。そうなんですよ!」

「ちょ、落ち着いて。テレサさんが不審に思っちゃいますよ」

「既に不審がられているので問題ありません!」


 これは酷い。

 これが本物の変態というやつか。


「ですが、私の気持ちもわかってください。私は今、とても嬉しく思っています。お嬢様が元婚約者に会って『やっぱり好き。結婚したい』なんてことを言いださないか心配していたのですが、そんな可能性が欠片もないことが分かりましたので」


 欠片もないのか。

 婚約破棄自体は気にしてなかったが、変な所で追撃が来た。


「それではネク様、ごきげんよう」


 そう言って、メイドは一礼してからテレサさんの後を追う。

 俺は二人の後姿を見送った。

 あちらはあちらで、いろいろと大変なのかもしれない。

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