第4話 裸・裸・ランド 4/4

     6


 さて、上空から降ってきたロゼリア先生だが、その場にとどまる気はないようだった。

 膝を少し曲げたかと思ったら、とんでもない勢いで空に向かってジャンプした。

 ロゼリア先生がジャンプした先は、馬車から少しずれた位置になった。

 これ、もう一度落ちてくるんじゃないか。

 そう思ったが、それは杞憂だった。


 ロゼリア先生は空中に魔力で足場を作ると、それでワンステップしてから馬車に飛び乗った。

 おそらく、今度は魔術的な補助を使っているのだろう。

 だが、そもそも素の身体能力が高くなければできない芸当だ。

 教師とはいえ、とんでもないのがいたものだ。


 というわけで、俺は魔法学院の屋上に取り残されていた。

 服を脱いだ、あるいは脱ぎかけた素敵なお姉さまがたと一緒に。


「さて、新入生。覚悟はよろしくて?」


 上級生の一人が、声をかけてくる。

 先ほどの魔法の効果が切れ、プールの水からはヌメリがなくなっている。


 多くの女生徒は脱いだ服を持って退散したようだ。

 だが、復讐に燃える女生徒が数名残っていた。

 濡れたままの服を雑に着なおした彼女たちは、俺に杖を向けている。


「ちなみに、なんの覚悟でしょう?」


 苦し紛れの言葉に対し、女生徒は嗜虐的な笑みを浮かべながら告げる。


「おやおや、女性にこのような仕打ちをしておきながら、とぼけるおつもりですか? 先ほど仰ったではないですか。『私たちの裸体が見たくてこのようなことをした』と」

「ああ、そうでした。ところでお姉さま方、皆さんが今、とても煽情的な格好をしていることにお気づきですか?」

「なっ」


 服が体に張り付いて、そのラインを露わにしている。

 また、水に濡れて下着が透けて見えてしまっている。

 上級生たちは、そのことに少しだけ動揺した――ように見えた。


 俺は、その隙に姿勢を低くしながら走り出した。

 ここに留まったら、ボコボコにされることは必至。

 ここは逃げの一手が正しい。


 だが――。


「ぶべっ!?」


 俺はすぐにバランスを崩してこけた。

 受け身を取ることも出来ず、顔面から地面に倒れこむ。


「あらあら、念のために服を凍らせておいたことに気づきませんでした?」


 気づかなかった。

 いつの間に魔法を使ったのか。

 少なくとも、目の前にいる女生徒たちが魔法を使った様子はなかったように思える。

 だが、それを考えるのは後だ。

 というか、何かを考える余裕はなさそうだ。


「それでは、上級生に対して舐めた真似をした新入生男子に対し、制裁を加えさせていただきますわね」


 上級生たちは、俺に杖を向けた。

 このままでは、入学式前に死んでしまう。

 それを避けるためには、何としても言い逃れを成功させるしかない。

 幸い、それは俺の得意分野だ。

 だから――さぁ、論証を始めよう。


「聞いてください!」

「……何をです?」

「想像してみてください。皆さんは、ゴブリン一体を討伐しようとしているとします。ゴブリンの生息地に行って、ゴブリンの姿を見つけたとしましょう。それが一体だけなら、そのゴブリンを攻撃して仕留めればいい。でも、仮にゴブリンがそこに百体いたとしたら?」

「百体……」

「どのゴブリンを狙えばいいか、迷うことになるでしょう。人は標的の数があまりに多すぎると、そこで思考停止してしまう生き物なのです! こういうのを『選択肢過多効果』と言います」

「それが何だというのです?」


 上級生の一人が、胡散臭いものでも見るかのような目を向けながら尋ねた。

 どうやら、話は聞いてもらえているらしい。


「先ほどの俺の状況を思い出してください。目の前に半裸あるいは全裸の女性が沢山いました! それらは全てが貴重で、もう二度と見ることが出来ないであろう姿です。ゆえに、俺は誰に注目すればいいか分からなくなってしまったんです! 俺は『選択肢過多効果』によって、あの瞬間、思考停止してしまっていたのです!」


 これがあの状況下での二つ目の問題だった。

 俺は地面を拳で殴りつけた。

 言い訳ではなく、心の底から悔しかった。

 本来であれば、天にも昇るような光景だったのだ。

 それなのに、俺は思考停止してしまった。


「分かりますか、俺のこの悲しみが! そして、悔しさが! 俺は今、絶望しています! そんな俺のことを痛めつけるなんて、皆さんに出来るはずがありま――」


     7


 ボコボコにされた。

 それはもう徹底的に。

 やはり、お嬢様であっても魔法学院に通う方々だ。

 カサカサと逃げ回る俺を魔法で捉え、容赦ない攻撃を加えてきた。

 アンダーウッド家で鍛えられた俺の動きでも逃げ切ることはできないレベル。


「さて、この男をどうしてくれようかしら?」「切り取ってみるというのはいかがでしょう?」「何をですか?」「ですから、去勢ということで」「それなら、切り取ったものをいただけますか? 魔法薬の材料にしたいのですが」「せっかくエロい魔法を使える子が現れたのだから、有効活用しようよ!」「今の誰ですの!?」


 怒れる上級生たちは、俺を囲みながら恐ろしいことを話していた。

 一部、おかしなことを言っている者もいたが。

 とにかく、このままではさらにひどい目に合わされてしまう。

 去勢の憂き目に合わされる可能性だってあるのだ。

 何としても逃げるしかない。

 だが――。


「逃げたらつぶしますわよ」


 一人の上級生が、俺の股間を踏みつけた。

 やばい、こいつはマジだ。

 学院に到着して早々、俺は人生最大のピンチを迎えていた。

 これはもう、自分の力ではどうにもならない。

 そう思っていたら――。


「……いた」


 俺の目の前に、いつの間にか一人の女性魔術師がいた。

 三角帽子を深くかぶっており、全身は黒のローブで覆われている。

 髪は、艶のある黒のロング。

 線が細く、小柄でロゼリア先生とは全く逆のタイプだ。


 その女性を俺はアンダーウッド家で見たことがあった。

 名前は確か、クロエ・クロニウム。

 死霊術士の一人だ。

 童顔だが、年齢は二十代半ばだったはず。

 表情がほとんど変わらず、話す時も声が小さい。

 そういう特徴的な人だったから、ギリギリ覚えていた。


「君、ネク・アンダーウッド?」

「はい。でも――」

「アンダーウッドはつかないんだっけ? まぁ、いいや。私の名前はクロエ・クロニウム。死霊術の教師。とりあえず、君を保護させてもらう」

「それは助かります。本当に」

「自分で立てる?」

「はい」


 自分でも意外だったが、普通に立ち上がることが出来た。

 だが、その場を立ち去ろうとする俺たちの前に、女生徒たちが立ちふさがった。


「お待ちください、クロニウム先生。その男はこの惨状をもたらした元凶です。このまま立ち去るのを見過ごすわけにはいきません」

「貴女、二年生のアブリルだったよね?」

「はい」

「私は彼を連れていく。それを邪魔することは許さない。これは前提条件。その条件下で、貴女はどうする? 私を相手に戦ってみる?」

「それは……」


 アブリルと呼ばれた上級生は言いよどむ。

 実力の差はよく分かっているのだろう。

 だが――。


「それでも、引き下がるわけにはいきません。私の後ろには二十人以上の女生徒がいるのです。彼女たちの期待を裏切るわけにはいきません。そう――女には、負けると分かっていても戦わなければならない時があります! そして、それは今なのです!」

「……理解した」

「では――」


 アブリルさんの言葉は最後まで続かなかった。

 言い終わる前に、彼女の身体は突然力が入らなくなったかのように地面に倒れた。


「な、なんで」

「私の意見を聞く気がないということは、十分理解した。ということは、先ほど言った通り『私を相手に戦ってみる』ことを選択したことになる」


 その言葉には、躊躇いがなかった。

 それは、出来る限り穏便にことを済ませるための言葉だったのだろう。

 女性生徒たちの勢いは一気に削がれ、俺たちに道を開けた。


「それじゃあ、ネク。保健室で応急――」


 クロニウム先生の瞳が少しだけ見開かれる。

 それは、驚きによるものだったのだろう。


「ネク、怪我は?」

「あれ……?」


 言われて、ようやく自分の体の異変に気付いた。

 殴る蹴るなどの暴行を相当受けたのに、いつの間にか痛みが消えてしまっている。

 それどころか――。


(全身がちょっと気持ちいい!)


 えも言えぬ快感が俺の中に生まれていた。


「(お主も相当の変態じゃのう)」

「(いや、おかしいだろ。少し前までの俺は、痛みは普通に痛みとして感じる人間だったはずだ。まさか、何らかのスキルを取得してしまったんじゃないだろうな)」

「(ま、まさかのう……)」


 俺は集中して、自分の中のスキルを脳内に表示させる。

 すると――。


『新たなスキルが解放されました』

【ドMの極み Lv.1】

  生物によってもたらされた痛みを魔力に変換する。

  変換された魔力は自動的に回復魔法として使用される。

  回復の際、弱い快感を伴う。


 ネーミングが直球すぎる!?

 俺、極めちゃったのか!?

 いや、落ち着け。まだLv.1だ。

 俺はまだ、このドM坂を登り始めたに過ぎない。

 あるいは、転げ落ち始めたのかもしれないが。


「(なぁ、ソフィー)」

「(な、なんじゃ?)」

「(お前のスキル、おかしくね?)」


 回復の際、弱い快感を伴う。

 どう考えても、このおまけ部分はいらない。


「(何のことかのう? むしろ、傷を負わされた分回復できるのじゃから、実に戦闘向きのスキルといえよう。何か文句でもあるのか? 文句があるなら言ってみるがよい。じゃが、注意することじゃ。実際に言ったら妾は泣くぞ)」

「(泣くって……)」


 やはり、何かあるのか。

 魔王の魔力。

 ただ物騒なだけではないようだ。


「(そ、そもそも、魔法というのは、使用者の性質によって大なり小なり変わるものじゃ。おかしなスキルが出てきたというのなら、それはお主がおかしいだけのこと)」

「(いや、それってさ、魔力の供出元と使用者が同じ場合の話だろ? 俺が使っている魔法って、魔力の供出元はソフィーなわけだ。ということは、やっぱりこの性質変化はソフィーが原因なんじゃないか?)」

「(こんな時だけ無駄に鋭くなりおって!)」

「(やっぱり嘘だったのか! お前、まだ何か隠しているだろ!)」

「(そんなことよりも、現実に集中しろ。黒服の女教師がお主を疑っておるぞ)」


 目を開けると、俺の目の前にクロニウム先生の顔があった。

 吐息がかかるほどに顔が近づけられていて、妙にドキドキする。

 先生は、眠たげな目をしっかりとこちらに向けていて――。


「あの、何か?」

「やっぱり、傷が一つもない。いつのまに【ヒール】をかけたの? 私にも気づかれずに」

「えっと、それは――」


 俺は言い訳を考える。

 何か都合がいい適当な言い訳――あった!


「それを言うことは出来ません。アンダーウッド家の根幹にかかわることですので」


 その言葉で、先生は追及を断念した。

 その家にしか伝わらない魔術。

 それを暴き立てようとすることは禁忌とされている。

 特に、アンダーウッド家にはそう言った禁忌の部分が多い。

 こういう時の言い訳には使い勝手がいいのだ。


「分かった。無事ならそれでいい。アンダーウッド家にはいろいろとお世話になっていたから、その息子さんを助けに来ただけ。体に問題がないなら、降車場でほかの新入生たちと合流するといい」

「はい、わかりました」


 俺は、敵意を向ける女生徒たちをしり目に、そそくさとその場を離れた。


「(ソフィー。後で話があるからな)」

「(黙秘する!)」


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