第12話 盗賊との微妙な闘い 5/6
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「またか」
俺は魂の具象化空間にいた。
隣には、深紅のドレスに身を包んだソフィーがいる。
「今回は特に気絶したりしていないはずだけど」
「ならば、先ほど使ったスキルが原因じゃろうな」
スキル【ディープアナライズ】。
対象の情報が勝手に脳内に入ってくる感じだと思っていたのだが。
どうやら、違うらしい。
「ほれ、あれを見てみよ」
ソフィーが指さす方向を見る。
そこには、【映像処理 95%】という文字が表示されていた。
「あれ、何だ?」
「見ておれば分かる」
俺たちが見ていると、表示が100%になった。
すると、具象化空間が暗くなり、空中に映像が映し出された。
そこにまず映ったのは――。
【エレノア・マクベスの盗賊日記】
妙に丸っこい書体の文字だった。
しかも、どぎついピンク色で塗りたくられている。
それが消えると、別の映像とともに音声が流れてきた。
『私の名はエレノア・マクベス。元は、貴族の令嬢だった』
聞こえてきたのは、先ほどの盗賊の声だ。
そういえば、スキル【ディープアナライズ】の説明文には『対象が精神的に動揺している場合、記憶を覗き見ることも出来る』とあった。
おそらく、今それが起きているのだ。
確かに、【コンフ】による異常が起きている中では、精神的に不安定になるだろう。
つまり――。
「これはあの女盗賊の記憶なのか」
「そのようじゃのう。ほれ、ここに座るがよい」
ソフィーが指をさすと、そこにソファーが現れた。
こいつ、人の魂の中で好き勝手やりすぎだろ。
俺より使いこなしているじゃないか。
そんなやりとりをしている間にも、上映は続いていた。
『この世界には、数多の貴族がいる。
ゆえに、その全てが問題なく存続するということはあり得ない。
高位であればそれなりの安定性があるだろう。
だが、下の方は違う。
沢山の貴族が生まれ、その数だけ没落する貴族も存在する。
この私も、そんな貴族の一人だった。
権力闘争に向かない両親はあれよあれよという間に財産を失った。
そして同時に、その名誉を失った。
私が物心つくころには、両親は非業の死を遂げていた。
そう――私は、物心ついたころから不幸な人生だった。
金を稼ごうにも、マクベスの名が邪魔をした。
名誉は消えた。
だが、不名誉だけはいつまでもついて回る。
それが貴族というものだ。
そんな私にも一つだけ幸運だったことがある。
それは、人より多めの『魔力』を持っていることだった。
金のない私は、魔力の使い方を教わることが出来なかった。
だから、魔力の体系的な理解は全くできていない。
だけど、基礎魔法である身体能力強化だけは、我流で身に着けた。
そして、私はそれを活かして盗賊稼業をすることとなる。
それによって得た金は、マクベス家維持のために使っていた。
使用人たちからはすでに見限られていた。
だから、一人で屋敷の手入れを行う。
奪って奪って奪って奪って。
それを全て空っぽのマクベス家維持のために使う。
それだけが私の人生だった。
いつまでこんなことを続ければいいのか。
そんなことをずっと考えながら生きてきた。
そんな時、私はあの『悪魔』に出会ってしまった。
ネク・アンダーウッド。
最初はただの変態だと思っていた。
だが、奴は私の想像をはるかに超える空前絶後のド変態だった』
画面上には、凶悪な顔をした男の姿が映し出されていた。
その瞳は好色そうに細くなっており、口元からは涎が垂れている。
これが女盗賊から見た俺の姿だとでもいうのか――。
「言われておるのう……」
映像を見て、にやけながらソフィーが言った。
うん、まぁ、盗賊にどう思われていても構わないんだけどね。
ただちょっと、盗賊を許さないという正義の心に目覚めそうになっただけだ。
『あの鬼畜変態男は、確か【コンフ】と唱えていた。
初めて聞く魔法だ。
というか、魔法使いを相手にすること自体が初めてだ。
おそらく、あの変態が何かをしたのだろう。
何故か体が動かなかった私は、その攻撃を受けてしまった。
そしてその直後――私の体には異変が起きていた。
体のあらゆる感覚が敏感になっていたのだ。
今なら、どんな攻撃にも反応できる。
そう確信できるほどに、私の神経は張りつめていた。
だが――。
物事には限度というものがある。
敏感は行き過ぎれば過敏となる。
そして、あの男の魔法は、特定の感覚を特に敏感にしていた。
即ち――『性的快楽』だ。
全身で甘い刺激が発生し、それが脳に集約される。
肌が外気に触れるだけで、そこから耐えがたい官能が生まれる。
息を荒くなるのを感じるが、それを止めることは出来ない。
ただ立っているだけでも辛い。
「お前、あたしに何をしたんだ……?」
「少しだけ魔法に手違いがあったようだ。今、お前がどんな状態になっているのかは俺にも分からない。だから、教えてくれ。今、お前の身体にどんな変化が起きている?」
「それをあたしの口から言わせようというのか!」
そう言って、あたしは片膝をついた。
このままでは戦えなくなってしまう。
体中の筋肉が硬直と弛緩を繰り返す感覚。
それが起きるたびに、意識が飛びそうになるほどの快楽が私を襲った。
今すぐこの男を始末する必要がある。
このままでは、体力を使い果たして動けなくなってしまう。
その前に、何としても決着をつける必要がある。
そう判断した私は、一歩踏み出した。
だが――。
「あんぅ」
これまでとは桁違いの快楽に、嬌声が漏れ出た。
外気にさらされた肌は、風が吹くたびにえも言えぬ快感をもたらしている。
ボロの服が体を擦るたびに、脳天を突き抜けるような衝撃が脳を直撃する。
思わず恍惚とした表情を浮かべそうになるが、手で顔を抑えて諫める。
それを、目の前の男は舐るようにじっくりと見ていた。
(もう、二度とこんな声を出すわけにはいかない)
そう考えていた矢先、強い風が吹いた。
その風は砂を巻き上げながら、私の皮膚を刺激した。
それは過敏になった全身をくまなく同時に刺激することを意味し――。
「はぅ……ふんむぅ……!!」
甘い痺れを全身に感じた。
強烈で、何も考えられなくなってしまうような痺れ。
思わず、甘く切ない声が口から洩れる。
出来る限り抑えようとしたが、快感の波は次から次へと押し寄せてきた。
口を押える手には、よだれの生暖かい感触がある。
(なんとかごまかさないと)
そう思い、正面の『変態魔法使い』を睨みつける。
その『変態魔法使い』は、明らかに私の変化に気づいていた。
そして厭らしい笑みを浮かべながら尋ねてきたのだ。
「あー。盗賊さん」
「な、何だ?」
「どうして口を押さえているのか、教えてもらえるか?」
「……このッ……」
思わず激高した。
この症状はあの男の魔法が原因なのだ。
魔法の使用者がその効果を知らないということは通常ありえない。
つまり――。
(この男は、あたしの体に何が起きているのかをすべて分かった上で、その内容をあたしの口から言わせようとしている! 命のやり取りが行われるこの場においてなお変態であり続ける胆力……。常人のものではない!)
そう考えるとともに、背筋を寒くした。
相手は、死霊術で有名なアンダーウッド家の人間だ。
人の尊厳を踏みにじるような魔法も当然覚えているはずだ。
そして今、自分がその魔法の餌食となってしまった。
私は歯噛みする。
「お前、あたしに何をした!?」
「さぁ?」
「あくまでもとぼける気か!」
歯を食いしばりながら叫んだ。
そうしていなければ、今にも快感に意識を持っていかれそうだった。
そんな私に対し、『変態魔法使い』は笑いながら問いかける。
「ふははははは! とぼけているのはどちらかな? 君の体にはすでに変化が起きているのだろう? 君に対してかけられた魔法がいったいどんなものだったのか。それは君自身が一番よく分かっているはずだ」
「く……」
「さぁ、言ってみるがいい!」
「ん……この……悪魔め!」
「ほう、悪魔か。随分と過大評価されたものだ」
余裕の表情を浮かべながら、あの鬼畜男は言った。
その表情を見て、私は絶望する。
馬車を襲った時は、このようなことになるとは夢にも思わなかった。
戦闘中でありながら、相手を辱めようとする異常な精神性。
やはり、アンダーウッドには関わるべきではなかった』
中空に映し出された映像は、ここで消えた。
魂の具象化空間が再び明るくなる。
「ソフィー、これ、何だ?」
「あの女盗賊の視点で見たさっきの戦闘じゃろ。そういうわけじゃから、近づかないでもらえるかのう、この鬼畜男。否――キチク・アンダーウッドよ」
「勝手に変な名前を付けるな! あと、アンダーウッドもつけるな!」
「まさか戦闘中であるにもかかわらず、自らの性的欲求を満たそうとするとは。実に恐ろしきは人間じゃな」
「わざとじゃない! 大体、俺が使った【コンフ】はこんな効果の出る魔法じゃなかったはずだ」
「まぁ、そうじゃろうな」
ソフィーは当然のように言った。
「何か知っているのか?」
「スキル【第一階梯魔法使用】の効果説明にもあったじゃろう? 効果が改変される場合があると。おそらく、お主の魔法は【改変】された状態で発動してしまったのじゃ」
「それであんなことになるのか?」
「なる。確認してみるがいい。改変後の魔法効果の情報については、お主の脳内に知識として加えられているはずじゃ」
「そうなのか?」
俺は頭の中で、その知識を捜す。
すると、該当するものを見つけた。
学習したわけではなく、魔力によって植え付けられた知識だ。
それによると――。
【コンフ(改変スキル)】
対象者の全身を極端に敏感にする。
特に、性的快感を伴う感覚については、通常の十倍の感度とする。
「なんだこれ!?」
「ふむ。たまたま、偶然、奇跡的確率により、エロい方向にスキルが改変されてしまったようじゃのう」
「たまたまでそういう改変をされるものなのか?」
「事実、そうなっているのだから仕方があるまい。たまたま、偶然、想定外にそうなってしまったのじゃ! これは誰の責任でもない。このことで誰かを責めようとするのは、愚かとしか言いようがないじゃろうな」
ソフィーは俺の目を見ながら言う。
だが、俺がその目をしっかり見返すと、目をそらしてしまった。
「……お前、何か隠してないか?」
「それよりも!」
「いや、だから――」
「それよりも! 目の前の発情女盗賊を何とかすることに集中するがよい! 今は一応戦闘中じゃ! まぁ、盗賊はしばらくまともに動くことは出来ぬじゃろうから、後は煮るなり焼くなり舐るなり好きにするがよい」
「でも――」
「ほれ、さっさと意識を現実に戻せ」
「ああ、分かったよ。お前の言う通り――」
そこで俺の意識は現実へと戻った。
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