第11話 盗賊との微妙な闘い 4/6

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「お早いお帰りじゃったのう」


 真っ白な空間。

 魂の具象化空間で俺を待ち構えていたのは、金髪の美女だった。

 趣味の悪い豪奢な椅子に足を組みながら座り、不遜な態度で俺を見下す。

 前回は真っ裸だったが、今回は何故か深紅のドレスを着ていた。

 背中がぱっくりと開いていて、身体の側面も丸見えの大胆なドレス。

 その美しさを見せつけようとする暴力的なエロスが醸し出されている。

 意地の悪そうな笑みは、相も変わらず威圧的なまでの美しさを讃えていた。


「ソフィーか」

「うむ、妾じゃ」

「今回は裸じゃないんだな」

「……うむ」

「もしかして、裸のままは恥ずかしくなったか?」

「は、恥ずかしくなどなっておらんわ! まぁ、裸というのも芸がないし、服を着ることでより魅力的になるかと思って着ておるだけじゃし!」


 ソフィーは顔を赤くしながら言った。

 さて、この話題どうしようか。


「じゃあ、それを脱いでも平気なんだな?」

「そ、それは……」


 口ごもるソフィー。

 このまま追い詰めたいところだが、今はここまでにしておこう。

 おそらく、現実世界では俺が大ピンチの状態なのだ。

 あえてここで時間をかけて論証をしてソフィーを辱める必要もない。


「それよりも、今はこんな話をしている場合ではない。お主、大ピンチじゃろ?」

「ああ、そうだな」

「それで、さっきお主、魔法を使えなかったじゃろう? それについて、話がある。妾の魔力を使った魔法じゃが――実は、封印されておる」

「封印!? それじゃあ、俺はお前の魔力を使えないのか?」


 だったら、何の役にも立たないじゃないか。

 即刻退去を命じたほうがいいのかもしれない。


「焦るでない。まず、妾の魔力じゃが、お主にも使うことは出来る。実際、体内の魔力循環は妾の魔力で出来そうだったじゃろ? お主が使えないのは、あくまでも妾の魔力を使った魔法じゃ」

「でも、さっき【コンフ】は使えなかったぞ。あれは第一階梯魔法で、俺が自前の魔力で使うことが出来る数少ない魔法の一つだ」

「それも、お主の魔力だけを使っておれば発動していたじゃろうな。じゃが、強大な妾の魔力を排除して、自前の魔力だけを供出する技術はお主にはないじゃろ? お主が魔法を使おうとすれば、どうしても妾の魔力が混ざることになる」


 つまり、現状では俺が元々使えた魔法すら使えなくなったということだ。

 最悪じゃないか!


「この状況、何とかできないのか?」

「出来る」

「出来るの!?」


 あっさりと肯定的な返事が返ってきた!


「妾の魔法は封印されているに過ぎぬ。ゆえに、解除することも出来る」

「だったら、早く解除してくれ」

「だから、そう焦るでない。そもそも、魔王というのは、代々継承されるものじゃ。そして、継承されるのは魔力と地位だけではない。歴代魔王のスキルも継承されることになる。つまり、お主はこれから魔王の魔力だけでなく、歴代魔王のスキルも使えるようになるのじゃ」

「それは……すごいことなんだよな?」


 魔王のスキルか。

 人類の敵の総大将。

 そんな奴らが代々受け継いできたスキル。

 それを使えれば、何でも思い通りに出来るかもしれない。


「うむ。じゃが、最初から全てを使えるようになるわけではない。その大半が、何らかの切欠があって封印が解除されるものじゃ。とりあえず、現時点で封印を解除できるのは三つだけのようじゃな」


 そう言って、ソフィーは指をパチンと鳴らす。

 すると、空中に文字が表示された。


『スキルが解除されました』

【第一階梯魔法使用】

 魔王の魔力を使用し、第一階梯魔法を使用する。

 その効力が改変されることもある。


【説得力付与】

 魔力を消費し、言葉に説得力を自動的に与える。

 効果は対象の精神状態次第。


【ディープアナライズ】

 対象の能力を分析するスキル。

 対象が精神的に動揺している場合、記憶を覗き見ることも出来る。


「これで、俺はこのスキルを使えるようになったのか?」

「うむ、そのはずじゃ」

「そのはずって」

「仕方があるまい。本来であれば、魔王の地位の継承というのは、特殊な徽章を用いた儀式によって行われるものじゃ。対して、お主の場合はお主の体の中に妾の魂が入っただけ。例外中の例外。ぶっちゃけ、解除したところでスキルが使えるかどうかは分からん」

「あやふやだな……」

「じゃが、ここまで来たらやってみるしかあるまい。そういうわけだから――行ってくるがよい」


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 気が付くと、俺は地面に倒れていた。

 湿った土が顔についていて気持ち悪いが、体は動く。

 顔を上げて周囲を見ると、女盗賊は未だにこちらを警戒していた。

 現実では、ほとんど時間が経過していないらしい。

 俺がゆっくりと立ち上がると、その視線がこちらを向く。


「なんだ、もう復活したのか。完全に気絶させたと思ったんだけどな。攻撃が浅すぎたか」

「いいや、いい蹴りだったよ」


 身体についた土を払いながら、俺は答えた。

 確かに、あれはいい回し蹴りだった。

 だからこそ、俺は気絶してソフィーから説明を受けることが出来たのだ。


「今の蹴りに免じて、いいことを教えてやろう」

「何だと?」

「お前、この辺の盗賊じゃないだろ?」


 俺の指摘に、女盗賊はあからさまに動揺していた。


「……何故分かった?」

「聞いたことがあるだろうけど、アンダーウッド家は死霊術を専門としている家系なんだよ。その研究のためには人間の魂と肉体が必要不可欠だ。それをアンダーウッド家はどこで調達していると思う?」

「まさか――」

「そのまさかだ。アンダーウッド家の『需要』を満たす方法。それは『悪人』狩りだ。死んでもかまわない悪人たちを探し回り、捕獲する。そして、実験動物として扱う。そのメインターゲットは、山中で人を襲う山賊だ」

「そんなバカな話があるか!?」

「だから、領地周辺から盗賊の類はほぼ全滅していたはず。お前も、悪いことは言わないからさっさと逃げておけよ。っていうか、ここどこだ? アンダーウッド家の領地からは離れたのか?」

「まだ領地内だが――」

「だったら逃げとけよ。悪いことは言わないから」

「アンダーウッド家が怖くて盗賊なんてやってられるか!」

「怖がらなかった奴らは、皆実験動物にされたよ」


 その言葉に、女盗賊は後ずさる。

 疑ってはいるようだが、真偽を確認するための術は彼女にはない。


「は、ハッタリだろ!」

「声が裏返ってるぞ」

「裏返ってない!」

「いや、裏返ってるって。それに、戦うとなったら、二人の魔法使いを相手にしないといけないんだ。勝ち目はないと思うけど。それでもやるというのなら、相手になるよ」


 女盗賊は迷っているようだった。

 その迷い自体が弱点になるとは思っていないのだろう。

 だったら、遠慮なくその動揺を突かせてもらうだけだ。

 俺はスキル【説得力付与】を発動させる。

 そして――。


「《少しでも動いたら、死ぬぞ》」


 魔力を込めた声が、女盗賊に向かう。

 それが直撃し、女盗賊は動きを止める。

 どうやら、ちゃんと【説得力付与】の効果は発動したらしい。

 だが、これも長くは続かないだろう。

 俺はすかさず追撃をする。


「感覚を失え――【コンフ】」


 これは、触れた者の感覚を狂わせる魔法だ。

 イヴの【パラライズ】に比べれば性能は劣る。

 だが、魔法に長けていない相手なら十分すぎるくらいだ。


 そして、今の俺には大量の魔力がある。

 その効果は、これまでよりも更に強力なものになるだろう。


 スキル【説得力付与】で一瞬だけ体の自由を奪う。

 その隙に【コンフ】でまともに動けなくする。

 勝ち確コンボの完成だ。


 そうなるはずだったのだが――。


 目の前には、予想外の展開が起きていた。

 本来どおりであれば、俺の杖からは水色の光弾が飛び出るはずだった。


 だが、今回出てきたのは、漆黒の矢だった。

 その魔法の矢は、女盗賊の胸部に命中した後、消滅した。

 問題は、ちゃんと効果が出るかどうかだが――。


「なんだ、これは……」


 女盗賊は苦しそうに言った。

 顔が赤くなっており、その瞳は潤んできている。

 まるで全力疾走をした後のように、その呼吸は荒々しい。

 どうやら、何らかの効果は出ているらしい。


「お前、あたしに何をしたんだ……?」


 女盗賊の語気が弱くなる。

 もう体に力が入らないらしく、その場で膝をついた。


 そんな女盗賊を見ながら、俺は怪訝に思っていた。

 この【コンフ】という魔法は、体の感覚を狂わせるものだ。

 体に必要以上に力が入ってしまったり、その逆になったり。

 効果時間は短いが、戦闘中に相手に当たればまず勝利は確実。


 だが、このように体力を無駄に消耗させるものではなかったはず。

 それは、イヴの人体実験の相手となった俺自身がよく分かっている。


 では、一体何が起きているのか――。

 俺は女盗賊を観察する。


 相変わらず、息は荒い。

 頬は赤く気色ばんでおり、額からにじむ汗が這い落ちる。

 こちらを睨みつけている目はうるんでおり、今にも涙が零れ落ちそうだ。


 俺はいくつかの仮説を考えた。

 後は、この中から絞り込んでいくだけだ。

 だが、それを敵に悟られるわけには行かない。

 魔法使いの戦いにはハッタリが重要なのだ。

 だから――。


「少しだけ魔法に手違いがあったようだ。今、お前がどんな状態になっているのかは俺にも分からない。だから、教えてくれ。今、お前の身体にどんな変化が起きているんだ?」


 俺はわざとらしく、挑発するように尋ねた。

 これに乗ってくれるかどうかは微妙なところだったのだが――。


「それをあたしの口から言わせようというのか!」


 女盗賊はムキになりながら、あっさりと乗ってくれた。

 そして、勢いに任せて立ち上がろうとする。

 だが、その瞬間、彼女の体に大きな異変が起きた。

 そして――。


「あんぅ」


 山中に女盗賊の嬌声が響いた。

 戦いの場にはそぐわない、色っぽい喘ぎ声。


「はぅ……ふんむぅ……!!」


 女盗賊は慌てて口に手を当てて、声を押し殺そうとする。

 何だ、この反応。


「あー。盗賊さん」

「な、何だ?」

「どうして口を押さえているのか、教えてもらえるか?」

「……このッ……」


 女盗賊は俺に対して怒りの表情を向けていた。


「お前、あたしに何をした!?」

「さぁ?」

「あくまでもとぼける気か!」


 とぼけているのではない。

 本当に分からないのだ。

 だが、分からないということを知られるわけには行かない。

 だから――。


「ふははははは! とぼけているのはどちらかな?」


 俺はハッタリをかますことにした。『分かっているけど、あえて尋ねている』という体で話を続ける。


「君の身体にはすでに変化が起きているのだろう? 君に対してかけられた魔法がいったいどんなものだったのか。それは君自身が一番よくわかっているはずだ」

「く……」

「さぁ、言ってみるがいい!」

「ん……この……悪魔め!」

「ほう、悪魔か。随分と過大評価されたものだ」


 俺は、余裕の表情を浮かべながら女盗賊を見ていた。

 荒い呼吸、潤んだ瞳、赤くなった頬。

 これらが興奮状態を示していることは間違いない。

 だが、ただの興奮というわけではないようだ。


「お前、私をどうするつもりだ?」


 瞳に怯えを宿しながら、女盗賊は尋ねてきた。

 本当に、どうすればいいんだ、これ。

 そう考えていたら――。


「(ほう、こうなったか)」


 ソフィーが介入して来てくれた。


「(ソフィーか。丁度良かった。これは、どうなってるんだ?)」

「(分からぬ。とりあえず、あのスキルで調べてみてはどうじゃ?)」

「(ああ、あれか)」


 俺は盗賊をしっかり見据えた。

 そして――。


(スキル【ディープアナライズ】!)


 スキルを発動させた。

 その瞬間――俺たちは、真っ白な空間にいた。

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