第10話 盗賊との微妙な闘い 3/6

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 箱から出た俺は、途方に暮れていた。

 せっかく命の危機から脱したのに、今度は裸のままだったというのだ。

 正真正銘の丸腰って奴だ。


「これ、どうすればいいんだ?」

「知りませんよ!」


 女商人から当然のツッコミが入る。

 ちなみにこの女商人、顔は女盗賊のほうを向いているが、視線をちらちらとこちらに向けている。


「重ねて言いますけど、ボクが知っているわけがないでしょう! ただ、一つだけ確かなことがあります」

「なんだ?」

「箱の中に服も入っているみたいですから、それを着てください」

「ああ、本当だ」


 俺の足元には、皺だらけになった服が落ちていた。

 端っこには、昔から使っている杖もある。

 その雑な扱いに、俺は少しだけ落胆した。

 だが、今考えるべきはそんなことではない。

 もっと気にすべきことがある。

 それは――。


「ところで、俺のことを見ていないはずなのに、どうして箱の中の俺の足元に服があるって分かったんだ?」


 これである。

 いや、だって気になるだろ。

 この矛盾を見過ごすことは出来ない。


「服は箱の端の方にしわになった状態で固まっていた。それを服だと断じるためには、それなりに時間をかけて観察する必要があるんじゃないか? さぁ、どうなんだ?」

「いいから着てください!」

「やれやれ、仕方がない。その要望に応えることにしよう」

「どうしてそんな恩着せがましいんですか!?」


 俺はそそくさとその服を着て、杖を右手に持つ。

 こんな状況下で、ようやく人心地ついた。

 あるいは、人としての尊厳を維持できる服装になった。


「って、それ、魔法学院の制服じゃないですか!」

「制服?」

「ローブに王立ライプニッツ高等魔法学院の印が入っているでしょう?」

「ああ、うん」


 制服は用意してくれていたのか。

 追放が決まったのが昨日なのに、用意がよすぎるように思えるが。

 まぁ、いい。細かいことを考えるのは後にしよう。

 よく見ると俺の私物が色々と雑に放り込まれている。


「正直、意味が分かりませんね。なぜ裸にされた状態で箱に入れられていたのでしょうか? それなのに、魔法学院の制服は用意してくれているなんて。対応がちぐはぐというか、悪意と敬意が入り混じっているというか。一体、何があったんですか?」

「えっと……」


 少し考え、すぐに思い出した。

 そういえば、裸なのは最初からだった。

 気を失う前に服を着た覚えはないから、そのまま箱に入れられただけだ。

 そして、自分たちを襲おうとした裸の男(マッパマン)に対する敬意など生まれるはずもない。


 とりあえず、俺は話を逸らすことにした。

 そのために、まず横にいる少女を見て、逸らす先をさがしたのだが――。

 そこで、あることに気付いた。

 彼女の服にも、魔法学院の印が入っていたのだ。


「もしかして、君も新入生?」

「ええ、一応そうですよ。ただ、私の名は『ハル・ティペット』。ティペット魔法家具店の商人です」

「俺は、ネク。まっさらな経歴のネクだ。追放されたばかりで、何者でもない!」

「これはどうもご丁寧に」

「いえいえ、こちらこそ――って、丁寧な対応されたけどごまかされねーぞ、この野郎! よくも俺を箱の中で窒息死させようとしたな! そういえば、運び屋とかいうやつはどこにいるんだ! あいつにも一言文句を言わないと気が済まない!」

「あの方なら、私に解除札を渡した直後に逃げましたよ?」


 そう言えばそうだった!

 言われてみれば、この子は一番の被害者なのかもしれない。

 盗賊に襲われ、運び屋に逃げられ、裸の男(俺)の相手をさせられた。


「おいおい、運び屋としての魂はどこ行ったんだよ」

「命あっての物種ですから。商人としては正しい行動だと言えないこともありません」


 ハルは淡々と言った。

 そこには、運び屋に対する怒りは感じられなかった。

 その表情からは、俺に対する嫌悪感をたっぷり感じたが。


「ところで、お前は逃げなかったのか?」

「あの盗賊さん、魔力による身体強化を使っています。基礎となる身体能力もあちらの方が上のようですから、逃げようとしたところで逃げ切れるものではありません。ところで、マッパさんは逃げなくていいんですか?」

「誰がマッパさんだよ!? 自己紹介したばかりだろ!」

「失礼しました。ところで、ネク・アンダーマッパさんは逃げなくていいんですか?」

「酷くなってるじゃないか!」

「すみません。アンダーのマッパが目に焼き付いてしまったもので」

「そういう時は、視線を逸らすとかしろよ! あと、やっぱり見てたんじゃねぇか! 目に焼き付くほど見ていたんだろ!」

「しまった!? つい油断してしまいました。いえ、そんなことよりもネクさん。盗賊から逃げなくていいんですか?」

「逃げても追いつかれるんだろ?」

「それはそうですけど。いえ、そもそも貴方が逃げたとして、わざわざそれを追いかけたいと思う奇特な思考を持っているかどうかが問題になるのでは?」


 ハルの問いかけを無視して、俺は考える。

 ここにいる女盗賊は、ハルをいつでも殺すことが出来た。

 それをしていないということは、ハルを殺す気がないということ。

 大人しくしていれば、俺も殺されずに済むだろう。

 だが――。


「(ふむ、これはちょうどいい)」

「(ソフィーか)」

「(敵は魔法で身体能力強化を行っている。じゃが、魔法の専門家というわけでもない。つまりは『壊れにくい的』というわけじゃ。しかも、盗賊である以上悪人であることに疑いはない。ネクよ、妾の魔力じゃが――今こそ人に対して試してみたいとは思わんか?)」

「(それは……思わなくもない)」


 むしろ、是非試してみたい。

 強大な魔法を使って、これまで使ったことのないような魔法を使ってみたい。

 その上で、驚くやつらの前で『こんなの普通ですけど、何かおかしいんですか?』みたいな顔をしてみたい!


「(それに、これから先魔法学院に行くというのであれば、先立つものが必要になるのではないか? ここであの盗賊を退治すれば、最低限の身支度をするくらいの謝礼は期待できよう)」


 確かに、着替えも碌にないまま魔法学院に行くのはまずい。

 周りは貴族階級の子女たち。そんな中、いつも同じ服を着ているというのは、悪目立ちが過ぎるだろう。着替えもどこかで確保しておく必要がある。


 というわけで――。

 俺は盗賊と戦うことにした。


     5


「おい、そこの変態」


 俺がソフィーと頭の中で話をしていると、女盗賊が声をかけてきた。

 ここまで待ってくれていたようだが、しびれを切らしたらしい。

 というか、待ってくれていた時点で素直すぎるだろ。


「ハル、呼んでいるぞ」

「いえ、どう考えてもネクさんでしょう! そうですよね、盗賊さん! そうだと言ってください!」


 ハルが必死になって弁明した。

 この反応、本当に何か特別な性癖でも隠しているんじゃないだろうか。

 そんなことを考えていたら――。


「そっちの男の方だ」

「まさか……俺なのか?」

「そうだよ!? 大体、この流れでどうして自分じゃない可能性に思い至れるんだよ!?」

「ハルからは溢れんばかりの変態としての才気を感じるから」


 俺が女盗賊にそう返すと、ハルは鬼の形相で俺を睨みつけてきた。

 顔が赤くなっているのは、怒りのせいだけではないだろう。

 何だ、もしかして図星なのか? やはり、何かあるのか?


「……まぁ、いい」


 女盗賊は呆れたように言う。

 まともに俺の相手をするのが嫌になったらしい。


「さっきから話を聞かせてもらっていたが、お前、マッパーウッド家の落ちこぼれお坊ちゃんだろ?」

「違うよ! 色々な意味で違うからな!」

「すまん。何だったっけ、あれ」

「アンダーウッドだよ! もうその名は失ったけど!」

「ああ、そうか。それで、ネク……アンダーマッパ?」

「お前、わざとだろ! ついでに言っておくと、それ、既にハルが言っているからな! 二度目は面白くないぞ!」

「す、済まない。マッパの印象が強すぎて、つい……」


 女盗賊は素直に謝罪した。

 まぁ、確かに、印象は強いだろうけどさ。

 宝が入っていると思っていた箱からマッパの男が出てきたら、しばらくは忘れられないだろう。


「だったら、ただのネクでいいよ! 追放されたから、『アンダーウッド』をつける必要はない。というか、つけているのが間違いだ!」

「そうか。それなら、ただのネク!」

「なんだ?」

「追放されたとはいえ、お前は貴族のおぼっちゃまであったことに変わりはない。それなりの金を持たされているんだろう?」

「え? ないけど」

「そんなわけない! どこかに隠し持っているはずだ!」


 女盗賊は真剣に俺を見ながら言った。

 どうやら、本気で俺が金を持っていると考えているらしい。

 だが――。


「ふ――」

「何がおかしい!?」

「ふははははは! この愚か者が! さっきまでの俺を思い出すがいい。あれが金を持っている人間の姿か? 服も着せてもらえず、モノとして扱われる! 金どころか、人としての尊厳すら持たされていなかったこの俺が、それなりの金を持たされているとでも? 命がけで盗賊行為をしに来てくれたお前には悪いが、本当に一文無し! 服があっただけマシだ!」

「マジかよ……」


 女盗賊は、ドン引きしているようだった。

 アンダーウッド家の闇はこの程度ではないというのに。


「女盗賊、貴様に問おう――」

「何だ」

「俺、これからどうすればいいのかな?」

「あたしに聞くなよ!?」


 当然の反応だ。

 だが、この当然の反応を引き出すことこそが俺の狙いだった、

 既に、女盗賊は俺のペースに嵌ってしまっている。


 杖を構えた魔法使いを前に棒立ち。

 それは、剣を構えた戦士の目の前に無防備で立っているようなもの。

 普通ならありえない対応だ。

 もしかしてこいつ、魔法使いとの戦闘経験がないのだろうか。


 そう考えた俺に、迷いはなかった。

 こんな相手、駆け引きをする必要もなかった。

 俺は女盗賊に向かって杖を向けて――。


「感覚を失え――【コンフ】」


 呪文を唱えた。

 しかし、何も起きなかった。

 それを見た女盗賊は、俺に尋ねてくる。


「もしかして、不意打ちをしようとした?」

「……まぁな」


 その瞬間、女盗賊の蹴りが側頭部に当たった。

 当然である。

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