第13話 盗賊との微妙な闘い 6/6

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「煮るなり焼くなり舐るなり好きにさせてもらうさ」


 俺がその言葉を言ったのは、意識が現実に戻った直後のことだった。

 それを聞いた女盗賊は、俺の姿を見ながら後ずさっていた。


 そう言えば、俺はこの女盗賊と話をしていたはずだ。

 確か、このひとつ前に女盗賊が言っていたセリフは――。


『私をどうするつもりだ?』


 それは、自らの貞操を案じた言葉だったのだろう。

 俺は気づいていなかったが、彼女は『性的快楽』に支配されている。

 そんな状態の彼女に対して俺が言ったのが、先ほどの言葉だ。


 最悪のタイミングで最悪の回答がつながってしまった!

 俺は『動くエロス』とでもいうべき存在と化した女盗賊を見る。

 彼女はおびえたように体を後ろに向けた。

 どうやら、動くことも困難になっているようだ。

 喫緊の危険性はなくなったと考えていいだろう。

 そんなことを考えていたら、ハルが声をかけてきた。


「ネクさん、貴方、何をしたんですか?」


 彼女は、ゴミでも見るかのような視線を俺に向けていた。

 確かに、第三者から見れば、この状態は一方的な辱めに見えるだろう。

 実際にそれは事実の一端ではあるため、余計に厄介だ。


「待て、ハル。誤解だ」

「誤解? 何が誤解なのですか? 解釈を誤る要素がどこにあるというのですか?」

「盗賊が、こんな状態になるとは思わなかったんだ」

「へぇ、そうですか。偶然、こんな結果を生み出すというのですか? 自分が使った魔法で? それは不思議ですね」

「そうなんだ、不思議なんだ。まったく、世の中ってやつはこれだから困る。はっはっはっ」

「はっはっはっ、ってそんなわけがないでしょう!」

「そうだよな。普通、そう思うよな」


 当然の反応だった。


「魔法の効果改変なんて聞いたことがありません。でも、まぁ、相手は盗賊ですから細かいことは不問としましょう。盗賊なんて、本来なら殺されても文句は言えない存在です。今生かしていること自体が間違っているのですから」


 ハルは冷たく言い放った。

 商人としては、盗賊の存在自体が許せないのだろう。

 仲間や身内が襲われたこともあるのかもしれない。


「それじゃあ、ここで殺しておくか?」

「いえ、盗賊は商人の敵ではありますが、今はお勧めしません。殺してしまえば、その経緯を官吏に説明する義務が生じますから。それに時間を取られて魔法学院への到着が遅れてしまうとか、絶対に嫌ですし」


 言われてみればその通りだった。

 死体を発見した者は、官吏に報告をする義務を負うことになる。

 それを怠った場合、後が面倒になるのだ。


「ただ――このまま逃がすというのだけはあり得ません」


 その言葉には、異様な重みがあった。

 やはり、商人としては盗賊を許すわけにはいかないのだろう。

 逃がすわけにも殺すわけにもいかない。

 だったら――。


「分かった。それじゃあ、この女盗賊の処理は俺に任せてもらっていいか?」

「構いませんけど、どうするんですか?」

「すぐに分かる――というわけで、女盗賊。お前の処理は俺がすることになった。お前には、官憲に捕まってもらうことになる。だから、その箱に入れ」


 俺は地面に転がっている箱を指さす。

 それは、ここまで俺が入ってきた箱だ。


「お前がそこに入ったら、ハルがその箱に『魔封印』を施す」

「ボクがやるんですか?」

「商人なんだから、出来るだろ?」

「そりゃあ、出来ますけど」

「じゃあ、頼む」


 ハルは不承不承頷いた。

 それを確認してから、俺は再度女盗賊に向き合う。


「封印を解除することが出来る『解除札』は、俺たちが次に行った町の官憲に渡す。それで、その町の官憲がここまでお前の身柄を確保しに来る。それでどうだ?」

「……分かった。それでいい」


 女盗賊は了承した。

 だが、ハルはその態度が気に入らなかったらしい。

 彼女は腕を組み、盗賊に対峙する。

 そして、その組んだ腕の上におっぱいを載せながら告げる。


「本来なら殺されていてもおかしくない――というより、殺されていないのがおかしい状況なんですよ? その態度は何ですか?」

「いや、だって……」

「だって、何ですか? 言い分があるなら言ってみてください。それと、一応言っておきますが、下手な冗談を許容するだけの心の余裕はボクにはありませんよ?」

「いや、だって――」


 言い訳をしようとする女盗賊に、ハルは敵意に満ちた視線を向ける。

 それは、商人として当然持っているべき感情だ。

 商人にとって、盗賊は害悪でしかない。

 そんなハルに対し、女盗賊は言いにくそうにその理由を告げた。


「その箱って、そのド変態が裸で入っていた奴だろ」

「ぶはっ!?」


 腕を組んだ姿勢のまま、ハルは噴き出した。

 慌てて無表情を装うが、身体が震えている。

 これ、思いっきり笑うのを我慢しているだろ。

 怒った態度をとった手前、ここで笑ってしまうわけにはいかないのだ。


「ななな、何を我儘を言っているのですか! 盗賊の分際で!」

「せめて、一度布か何かで拭いてからにしてくれないか?」

「ふはっ!?」

「いや、冗談じゃなく。あの箱の中って、変態菌に満たされて――」

「ふひっ!?」


 ハルの震えが臨界点まで来ている。

 そんなに面白いのだろうか。

 俺、泣いていいかな。

 どうして盗賊にここまで言われないといけないんだよ。


「おい、盗賊。冗談はそこまでにしろ!」


 俺が近づくと、盗賊は自分の身体を守るような姿勢になった。

 そして、表情をゆがめながら俺を睨みえ付ける。

 俺だって傷つくときは傷つくんだぞ!


「残念だが、箱を拭いたりしてやる時間はない。我慢して、すぐにその箱に入れ」

「わ、分かった。だが、一つだけ条件がある」

「何だ?」

「私に触れるな」


 その言葉に敵意は感じられなかった。

 そこにあったのは、純粋な嫌悪感。

 俺の扱い、悪すぎないか?


「……いいだろう。俺は、お前には指一本触れない。ハルにも触れさせない。ただし、箱には時間をかけずに入ってもらう。一分以上かかるようなら、お前にあらゆる嫌がらせ(セクハラ)をするから覚悟しておけ」


 そう言って、俺は女盗賊の元まで箱を持って行った。

 女盗賊は、ゆっくりとした動作で慎重に箱の中に片足を入れる。

 そして、もう片方の足も入れ、慎重な動きでしゃがんだ。

 頭まで箱の中に入ったため、俺は箱のふたを半分まで閉める。

 そして、そのタイミングでハルに話しかけた。


「ところで、ハル。お前って商人なんだよな?」

「ええ、正確に言えば魔道具を主に取り扱っているティペット魔法道具店の者ですが、何かご入用でも?」

「ああ、実は――」


 俺はハルに、とある商品名を告げる。

 それを聞いたハルは目を見開いた後に、苦笑いを浮かべた。


「確かに、ありますけど……」

「ハル、考えてみてくれ。この盗賊は、魔力を使った身体強化を悪用している。これまで、数々の商人が酷い目にあわされてきたことだろう。そんな奴を許すことが出来るか? お前の手で罰を下したいと思わないか?」

「ネクさん……」

「どうなんだ、商人ハル・ティペット」

「やりましょう!」


 ハルはそう言うと、アイテムボックスの中から、ある魔物の干物を取り出した。

 そして、それを箱の隙間から投げ入れる。

 その上で、即座に箱に蓋をし、解除札を使って魔封印を施す。

 これでこの箱は多少の衝撃では壊れなくなった。


「最初からこれを狙ってたんですか?」

「ああ、そうだよ」

「やっぱりそうでしたか。ところでネクさん。この箱の中身ですけど、本当に官憲に渡しますか?」

「一応そのつもりだけど。何か問題あるか?」

「いえいえ、ただ、もう少しいい引取先――もとい、取引先があるんじゃないかと思いまして。魔力を有する犯罪者。そういう『素材』を欲しがっている人がいるんじゃないでしょうか? そして、その人ならこの箱の中身を高値で買ってくれるんじゃないでしょうか?」

「ああ、そういうことか」


 俺は納得した。

 かような『素材』を欲しがる人物。

 少なくとも、この近辺ではアンダーウッド家しかいないだろう。


「でも、戻る余裕はないだろ?」

「はい、ですから、あそこに隠れている方にこの『解除札』を売ります」


 ハルが指さす先には、渋い顔をした男がいた。

 木の陰から、こっそりと俺たちの様子をうかがっている。


「運び屋さん、出てきていただけますか?」

「はい!」


 運び屋は無駄に渋い声で応答した。

 そして、全力ダッシュで駆けつける。


「へぇ、あんたが『運び屋』か」

「はいっ!?」

「アンタ、俺を箱から出さなかったよなぁ?」

「これはこれは、アンダーウッド家のぼっちゃんじゃないですか。嫌ですねぇ、あれはちょっとした行き違いというやつですよ。この通り、ちゃんと外に出られているじゃないですかぁ。おや、そのお召し物は魔法学院のもの! お似合いですよ!」


 とんでもない勢いで手のひらを返す運び屋。

 俺は怒りながらも、そのプロ根性に感心していた。


「ところで運び屋さん」

「はい、何でしょう、ハルお嬢様」

「お嬢様というのは止めていただけますか? 正直、馬鹿にされているとしか思えませんので」

「申し訳ございませんんん!」


 運び屋は地面に頭を打ち付けんばかりの勢いで頭を下げた。

 運び屋としての魂は、死んでしまったらしい。


「あ、いえ。それよりも聞いてください。あの箱には、先ほどの女盗賊が入っています。ボクが魔封印を行いました。運び屋さんには、この解除札を買い取っていただきたいと考えています」

「成程。この私めに、女盗賊をアンダーウッド家に売り飛ばすという大役を任せていただけるということでございますね?」

「その通りです」

「かしこまりました。では、5万ゴルで買い取らせていただきましょう」

「おや、私の聞き間違いでしょうか? 最低でも30万ゴルはいただかなくては」

「またまた御冗談を。では、10万ではいかがでしょうか?」

「35万」

「増えている!?」

「まだまだ増えますよ? 覚悟してくださいね、荷物と魂を捨てた運び屋さん」

「わ、分かりました。では、35万ゴルで」

「ありがとうございます」


 運び屋は懐から紙とペンを取り出し、小切手を切った。

 それを確認したハルは、運び屋に解除札を渡す。

 

「ところで、馬車は何とかなりそうですか?」

「難しいでしょうね。とりあえず、アンダーウッド家に行ってから何とかしようと思います」

「分かりました。では、私たちは先を急ぎますので。これで失礼します」

「健闘を祈ります」


 運び屋とハルは、固い握手をした。

 商人同士、互いを尊重していることを示す握手だ。


「ああ、そうだ、『運び屋』さん――」

「はい、何でしょう?」

「その箱ですが、何があっても開けてはいけませんよ?」

「分かっています。あの女盗賊には散々な目にあわされました。開けるはずがありません。しかし、何故そんなことを?」

「実を言いますと――」


 ハルは、箱の中にいる人物に聞こえないよう、声を小さくする。

 そして――。


「その箱、後数分もしないうちに大変なことになるんです」


 苦笑いを浮かべながら、そう伝えた。

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