第27話



「全く。どうも最近ちょくちょく何人か消えるなーと思ったら……何をやってるのよアンタ達は」


「それはその……しゅ、修行を少々……」


「お花を少々みたいに言うんじゃないわよ。全く……はい、処置終了。後は安静にしとくかアスピーさんに診てもらうかしてちょうだい。――はい、じゃあ次はアンタ」


「うぃっす」



 そう言って彼女――ナナ・ストリングは森の中に設営した簡易テントの中、手慣れた様子で第49部隊の隊員達に一人ずつ応急処置を施していく。


 ちなみに『アスピーさん』というのは、イリアが連れて来た治癒師ちゆしの名だ。

 デッドエンドやイリアの傷を瞬く間に治したエルフの治癒師であり、その腕前は本職でないナナを軽く上回る腕前である。



「それにしてもナナさん。よくこの場所が分かりましたね? それに、一体いつから居たのですか?」


 そんな彼女に処置を施された後のキーラがそんな事を尋ねた。




 そう。

 今は当たり前のようにそこに居るナナだが、彼女はいつの間にかそこに居たのだ。


 もっと具体的に言うと、キーラが自身の部下達と壮絶な死闘と言う名の修行を終え、村へと戻ろうとしたところに「ようやく終わった? 終わったならみんなこっちに来なさい。傷の手当てしてあげるから」と言ってナナ・ストリングは彼らの前に現れたのである。


「あれ? キーラってば本当に気づいてなかったんだ?」


「というと?」


「だって私、最初から居たよ? 最近キーラの様子がおかしいなって思ったからこっそりみんなの後をつけてきたんだよ」


「そ、そうでしたか………………」



 微塵たりとも気づいてなかったキーラ。

 そんな様子を察し、ナナはため息をつき、



「さっきまでの修行というか……死合しあい? アレを見てハッキリしたけどキーラ。あんたは焦り過ぎなのよ。いつものキーラなら素人の私の接近に気付いてたはずだし。違う?」


「それは……その通りですね。ご心配をおかけして申し訳ありませんでし――」


「――待った」


 謝ろうとするキーラをナナはその手で制する。


「キーラってばいつもそう。自分はただデッドエンド様に尽くすのみだーって突っ走って、他とはどこか距離を置いてる」


「そんな事は――」


「あるでしょ? だから今も心の中がわちゃわちゃになってるのに言葉だけで解決しようとしてる」


「それは――」


 それはあながち的外れでもない真実だった。

 事実、キーラの心は未だ荒波状態のままだ。


 デッドエンドの役に立ちたい。隣に立ちたい。

 だけど自分には力が足りない。だからこそ感じる焦燥感。


 しかし、どうすれば良いのか分からない。

 だからこそキーラはこんな無茶な修行を部下を巻き込んだのだ。

 そうして自身を無理やり窮地きゅうちに置く事で自分に秘められた想いが星持ちとして開花する事を期待していたのだ。


 だが、今の所キーラも彼女の部下も結果を出せていない。

 いくつもの窮地に自分を置いてみた彼女らだが、それでも未だ星持ちとして覚醒できていないのである。


 ゆえに、焦っているのは事実であり、キーラの心がわちゃわちゃになってると言われればそうなのだろう。


「ふ、ふふ。その通りですね。わたくしは少し焦っていたのかもしれません。本当に……わたくしはどうしてしまったのか。数日の修行でどうこうなるはずもないでしょうに。ナナさんの言う通り、意味もなく焦っていましたね。でも……もう大丈夫です。ナナさんのおかげで目が覚め――」



 自分の事を心配してくれているナナ。

 そんな彼女に、キーラは真摯しんしに向かい合おうとするのだが――




「はい、それも嘘。ホント、キーラってば嘘つきなんだから。ねぇ? アンタもそう思うでしょ?」


「へ!? いや、ここで俺に振りますか!? いやいや勘弁してくれよナナちゃん。そもそも俺、完全に場違いじゃねぇですかっ」


 ナナに怪我の処置をされていた隊員が目を丸くしながら答える。

 実際、今まで完全にナナとキーラだけの世界だったのだ。こうやっていきなりその世界のど真ん中に放り込まれても困るというやつだろう。


「場違いなんかじゃないわよ。だってアンタはキーラの部下でしょ? それならキーラの事を良く知ってるはず。違う?」


「いやいやいやいや。そんな理屈通る訳がないでしょうが!?」


「そうなの? 部下ならキーラと何度も話した事あるでしょ? それならキーラの事を良く知る機会なんていくらでもあったんじゃない?」


「そりゃ話した事ならいくらでもありますけどね。だからって――」


「それじゃあアンタ達の隊長であるシェ……デッドエンドの事もあまり知らないって事でいい?」


「――――――いや、デッドエンドの兄貴についてなら知らないとは言えないっすね」


 ハッとした顔でそう呟く隊員。

 そんな彼に対し、ナナは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、


「でしょ? それがどう言う事なのか、他の仲間達と一緒にちょこっと考えてみるのもいいんじゃない?

 ――はい、処置終了。さて……突然だけど私、ちょっと休憩するから。しばらくは誰もこっちに来れないようにしてくれる?」


 ちらりとキーラを見ながらそう言うナナ。


「……うぃっす」

 それで何かを察したのだろう。今まで怪我の処置を受けていた隊員は速やかに簡易テントから出て、他の仲間達の所へと向かった。

 そうして残ったキーラとナナの二人。



「――――――分かった? 要するにキーラは他人と距離を置きすぎなんだよ。その辺りシェロウとは正反対。なんせあいつは他人の領域にズカズカ入り込んじゃう奴だしね」


 しばらくの沈黙の後、口を開いたのはナナだった。


「そりゃ誰だって触れられたくない部分はあるよ? 私もそうだし、シェロウだってそうだと思う。でも……それと同じくらい、誰でも吐き出したい想いっていうのがあると思うんだ」


「吐き出したい想い……ですか?」


「うん。後悔とか迷いとか……そういう色んな人の弱い部分。だれでもそういった一面を持ってると思うの。そういうのは誰かに吐き出さないと爆発しちゃうよ?」


 強靭な肉体を持つ軍人だろうが、心に決して折れない芯を持つ者だろうが関係ない。

 人間ならば誰しもがそんな弱い部分を持っているのだとナナは語る。

 しかし――


「ふふっ。ナナさんもおかしなことを仰いますね」


 くすくすと笑うキーラ。


「後悔? 迷い? 凡百の輩ならばともかく、わたくしやデッドエンド様がそのような軟弱な想いなど抱く訳がないでしょう?」


 自分やデッドエンドにそんな弱い部分などない。

 なぜならばわたくし達は『強い』。そして強くあろうとしているのだ。

 なればこそ、そんな惰弱な想いを抱くはずがない。

 そうナナの考えを真っ向から否定するキーラだが……



「――後悔もせず、迷いもしない人間なんて居ないよ。キーラ」


 真っすぐな瞳でキーラを見つめながらナナは言う。


「――」


 いつもと違う様子のナナに気圧けおされたのか、キーラは口を閉ざす。

 そんなキーラにナナは続ける。


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