第28話


「人間なら誰しもが後悔ないし迷うものだよ。

 ――もし、そんな感情を抱いたことがない人が居るとしたら……それはきっとどこかが壊れてる人だよ」


「壊れてる人……ですか?」


「だってそうでしょ? 後悔も迷いもしないって言ったら立派に聞こえるかもしれないけど、それって要は絶対に揺れないって事なんだもの。そりゃあもちろん、自分の中にぶれない芯を持ってる人はシェロウも含め、たくさんいると思うよ?

 ――でも、それはあくまで芯がぶれないだけ。シェロウだってその芯を貫き通すために迷ったり、上手くいかなかったことを後悔したりしてるんだから」


「まさか……あのデッドエンド様が迷うなど――」


「いや、アンタはシェロウの事をなんだと思ってるのよ……。言っとくけどあいつだって一応人間なんだからね? アイツだっていっぱい迷うし、後悔もするんだから。特に一時期のアイツは色々あったみたいで結構溜め込んでたわよ?」


「そう……なのですか? あのデッドエンド様が一体何を……」


「それは秘密。知りたければシェロウ本人に聞いて。他人の私がペラペラ喋るのもどうかと思うし……」


「それは別によいのですけれど……その口ぶりだとナナさんはデッドエンド様が何に迷っていたか知っているのですよね?」



「ええ、知ってるわよ? ちょっとした縁があってね。あいつが不安定になってる時、私が相談相手になってあげたって感じかな」


「そう……だったのですね。だからデッドエンド様はナナさんを――」



 帝国からこのアンタレルア共生国に流れて来たデッドエンド。

 そのデッドエンドを追って後から来たキーラだったのだが、彼の隣には見ず知らずの少女が居た。

 ――それがナナ・ストリングだ。


 デッドエンドからは「途中で拾った」という説明を受けていたのだが……キーラが思っていた以上のなにかがその時にあったのだろう。

 そう思うとなんだか胸の内がもやっとするキーラであったが、



「――という訳でキーラ。さっさと何を迷ってるのか話しなさい」


「……へ?」


 唐突にそんな事を言われ、キーラはらしくない声を上げた。

 それを見てナナは「はぁ」とため息をつき、



「へ? じゃないよ。迷ってる事があるんでしょ? 溜め込んでる事があるんでしょ? それは部下のアイツらに話せなくて、そして憧れであるシェロウにも話したくない事なんでしょ? なら、私にぶつけなさいよ」


「それは――しかし……」



 何かを躊躇ためらうようにして胸に手を当てるキーラ。

 しかし――その手を強引にナナは掴み、




「ごちゃごちゃ考える前に溜め込んだものぶちまけなよっ! 今、躊躇ちゅうちょしたって事は心当たりがあるって事でしょ? じゃなきゃキーラ、『そんな事はありません』って言うはずだもんね?」



「――っ。それ……は……」


 事実だった。

 本当に溜め込んでいる想いがないのなら、確かにキーラは間髪入れずにそう告げるはずなのだ。

 しかし、キーラは躊躇ためらった。


 胸に手を当て、まるで自身の溢れる想いが零れるのを抑えようとしてみせたのだ。


「部下の前でカッコつけるのは分かるよ? 憧れであるシェロウにみっともない所を見られたくないっていうのも分かる。でもさっ――」


 ナナはそこで掴んでいたキーラの手を強く引き、


「――――友達にくらい弱音みせなよっ!!」


 キーラの瞳を至近距離から見つめながら、そう叫んだ。


「とも……だち?」


「そうだよっ! 私とキーラは友達。だからアンタはさっさと胸の内にある物を私にぶつければいいのよ? 分かった!?」


「いや、そんな事を急に言われましても――」


 至近距離で凄むナナに困ったように笑みを浮かべて見せるキーラ。

 いつもの彼女然とした姿だが、だからこそナナは気に喰わない。



「だから……その遠慮が今は余計なんだってばっ! それとも何? キーラはずっと足踏みしてそれで満足なわけ? 吐き出せない想いを溜めに溜めて、どこにも行けなくなってその場で立ち尽くす事がアンタの望みなの?」


「っ!? どこにも……行けない? それは一体どういう意味ですか?」


 澄ました顔のキーラだったが、それだけは聞き捨てならなかったのか表情が少し固くなる。

 そんなキーラにナナはまくしたてるように続けた。



「だってそうでしょ!? 自分じゃどうにも出来ない荷物をたくさん持って持ってそれを繰り返してさっ。それがある日一気に解決するとでも思ってるの!? 言っとくけどソレ、溜まってく一方だからね? 今まで一人でどうしようもなかったものが簡単にどうにかなる訳ないじゃないっ!!

 そんなの繰り返してたらすぐに身動きできなくなっちゃうに決まってるでしょ!? なのに……なんでアンタ達は懲りずに一人で何とかしようとするのよ。たまには誰かに頼ったって――」



 そこまでナナが言った……その時だった――



「なら――あなたに相談すれば強くなれるとでも言うのですか!?」



 今までに見せた事のない剣幕でキーラが吠える。

 その怒りは本物で、彼女は至近距離で凄んでいたナナの胸倉を掴み、


「足りない……全く全く全く全く全く全く全く全く足りないのです!! 力が……想いが……わたくしの何もかもがシェロウ様に遠く及ばないのですっ!!」


 張り裂けそうになる胸をぎゅっと掴みながら、キーラはあふれ出た想いを目の前の少女にただぶつける。





「わたくしはあの人の傍で戦いたいのに……こんなにシェロウ様を想っているのに……なのにちっとも想いの強さとやらで発現する星持ちとやらになれる気配すらない。なんで……一体なぜなのですか!?

 わたくしがシェロウ様に初めて出会い、そして敗北したあの日。あの日にわたくしは自身に誓ったんですよ。『この方に一生尽くそう』と。それこそがわたくしが生まれた意味であると思いましたし、今でもそう思っています。

 それなのに――今のわたくしでは足手まといなのですっ! なら、自分でどうにかするしかないじゃないですか!!」


「キーラ……」


 いつもとあまりにも違うキーラのその様子に、先ほどまで怒っていたナナの熱は冷める。

 胸ぐらを掴まえれていると言うのに苛立ちの一つも湧いてこない。

 だからと言って今の感情をどう表すべきかも分からない。


 自分はキーラを憐れんでいるのか、それとも――

 そうナナが考えている間もキーラの独白は続く。


「けれど分からないのです。危機に自分を置いてみても、自室で想いをどれだけ高めてみせても……わたくしはまだまだ足りません。

 本当は先ほどの修行なんて無意味だと分かっているのです。自分が演出した危機で覚醒など……余りにも馬鹿げています。

 でも――それなら……わたくしはどうやって強くなればいいと――」


 その時だった――


「キーラ……」


 ナナは目の前のキーラを優しく抱きしめた。

 

「なっ――」


 あまりにも突拍子のない抱擁。

 意味が分からな過ぎてキーラはナナの胸倉をつかんでいた手を緩める。

 そして――



「馬鹿……」


 たった一言。

 ただそれだけを呟いてナナはキーラの頭を優しく撫でる。


「ナナ………………さん?」


 キーラの内にくすぶっていたどうしようもないほど猛っていた怒りが引いていく。

 憧れのあの人の隣に立ちたい。

 けれど自分には力が足りない。圧倒的なまでに足りない。


 その事実は今も変わらない。

 変わらないと言うのに……なぜか少しだけ救われている自分がどこかに居る。

 そんな訳の分からない感傷にキーラは戸惑いを隠せなくて。


「馬鹿……ホント馬鹿なんだから……。そりゃ確かに私にはどうしようもない事だけどさ。でも……そこまで追い詰められてるんならもうちょっと態度に表しなさいよ。すまし顔で日々を過ごしちゃってさ……本当に……揃いも揃って馬鹿なんだから……」



 馬鹿馬鹿とキーラを罵るナナ。

 揃いも揃って馬鹿と……キーラの姿を誰かと被せているナナ。

 その熱をすぐ傍で感じ、やはり救われたような気分になってしまうのは止められなくて――



「ごめん……なさい」


 ポツリと。

 その頬に一筋の涙を流しながら。

 そんな謝罪の言葉をキーラは口にするのだった――


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