第16話


 ――アンタレルア共生国王宮地下。女王の第二寝室にて


「――終わりよ終わり。もう完全に詰みだもの。アンタレルア共生国の滅びは確定ね。ねぇルクスにデッドエンド。二人とも、もうこの大陸からトンズラしない?」


 ベッドに腰かけたまま、桜色の髪のその女性はピクニックにでも誘うかのようにルクスとデッドエンドへと誘いをかける。



 その女性とは他でもない。アンタレルア共生国の女王であるエルデリカ・ローデングリーンだった。


 彼女は会議の時とはまるで別人のような態度を見せており、そして完全に自身の国へと見切りをつけていた。

 そこに女王だった時の面影などありはしない。女王と言う皮を脱ぎ捨てたただの一人の少女が居るのみ。


 そんな少女だからこそのトンズラ一緒にしようぜという勧誘。

 しかし―― 


「気持ちは分かりますが女王陛下……俺はこの国が好きです。なので、まだ諦めたくはありません」


「右に同じ。守るべき民を見捨てて逃げるなんて出来る訳ねぇだろう。いや、俺もルクスも女王さんの気持ちは分かるけどな?」


 逃げるというその選択を一考する事すらなく一蹴するルクスとデッドエンド。


「ま、そうよねーー。アンタ達はそうでしょうねーー。最後まで戦うのを選んじゃうわよねーー。――――――はぁ」


 女王の方もそれが分かっていたのだろう。二人が拒否したことに対する動揺は微塵もない。

 それでも、女王もといエルデリカは愚痴らずには居られなかった。


「いや、アレよ? 私だってこの国は好きよ? 亜人種も獣人種も人間種も仲良く一緒に暮らせる国って理想的だし素晴らしい事じゃない。だからこそ守りたい。うん、分かるわ。本当に全くその通りね。でも――――――無理でしょ?」


 自分の治める国が好き。だから守りたい。それは良いだろう。

 しかし、実際問題そんな事は不可能だとエルデリカは断言する。


 そこに、


「あの……無理……なのですか? 確かにメテオレイゲンという賊が恐ろしいというのは分かりましたが――」



 おずおずと手を挙げながらキーラがそうエルデリカへと尋ねる。

 そんなキーラにエルデリカは、


「無理ね。少なくとも共生国だけじゃどうしようもないわ」


 そう断言して、指を一本立てて続ける。


「冷静に考えてみなさいよ。まず、あの帝国が滅ぼされてるのよ? この大陸で一番軍事力を持っているであろうあの帝国がよ? その時点で共生国うちが敵う訳ないじゃない。それに、帝国を滅ぼしたことでメテオレイゲンの規模が膨れ上がっている可能性もあるって考えたらもうダメよ。そんなの、規模だけで言えば賊どころか立派な国軍だし」


 エルデリカは「それに対し」と言ってもう一本指を立てる。


共生国こっちは大陸の中で最も軍事力が低い新参の国よ? その上、諸侯は一致団結するどころか責任の押し付け合いをするわ、挙句の果てには現実から目を逸らしすわと……こんなの勝負にすらならないわよ」


 両手を挙げてお手上げという感じのフレデリカ。

 実際、彼女の言っている事は全面的に正しく、だからこそやはり詰んでいた。

 


「くすくす。しょうがないですよフレデリカちゃん。だって、この国に集ったあの人たちっていわゆる負け犬達じゃないですか。帝国を滅ぼせる敵を相手にどうこうできる訳ないんです♪」


 そんな状況だと言うのに女王であるフレデリカの頭を撫でまわしながら共生国を負け犬国家と罵って笑う童女ことステラ。

 ルクスの妻であり、そして――

 


「それもそうよね~。なんせ、国からあぶれた人たちが集まった出来た国だもの。デッドエンドやルクスは例外として、他は負け犬根性丸出しの敗北者だものね~。おかげで私がちょっと演技するだけでみんな油断してくれてちょろいのなんの。あはははははは……はぁ。ねぇステラ。どうすればいい? ホントどうすればいいかなステラ? 私、もう逃げてもいいよね?」


 半泣きとなった女王フレデリカが自分よりも小柄なステラへと抱き着く。

 そう――ステラはこうしてフレデリカが甘えられる程度には親しい、女王フレデリカの友人である。

 ステラには役職などはないが、こうしてたまに女王であるフレデリカの愚痴を聞いたり、特別な任務を引き受けたりとステラはフレデリカの役に立っているのだ。



「逃げるならそれはそれで私はいいですけど……フレデリカちゃんはそれでいいんですか? 私たちエルフだし、何の後ろ盾も得られない状態で他の大陸に逃げても奴隷として扱われちゃう可能性大ですよ。男の人達にまわされておかしくなっちゃうかもですね」


「それも嫌~~」


「それなら何がなんでも何とかしなくちゃですね。大丈夫ですよ。そういうの、フレデリカちゃんは得意でしょう? 策の一つか二つくらいはあるんじゃないですか?」


「………………希望的観測を上乗せたくさんで良ければ――」



 あるのか。

 その場に居た一同――デッドエンド、ルクス、キーラの三人が密かにそう思う中、フレデリカは語る。



「まずは一番堅実的な方法その1ね。

 私たちだけの力じゃどうしようもないなら話は簡単。単純に他の国の力を借りればいいのよ」




 帝国を滅ぼしたというメテオレイゲン。

 そんな物を相手になにも共生国だけで挑む必要はない。

 この大陸レギンスレイヴェンには帝国と共生国の他にも亜獣国と王国という国がある。

 そのどちらか、あるいは両方と力を合わせればあるいはとフレデリカは語る。


「――妥当……ですね。ですが、それは別に希望的観測でもないのではないですか? 力を借りる代価として何を要求されるかは分かりませんが、背に腹は代えられませんし」



 そんなフレデリカの第一案を妥当で十分に実現可能だと評するキーラだが、それをフレデリカは「はんっ」と鼻で笑い、



「問題は相手国に要求されるであろう代価なんかじゃないわ。むしろ問題は内よ内。いい? ここはアンタレルア共生国。王国、亜獣国、帝国からあぶれた者達で成り立っている国家よ? そして、さっきの会議の場に居たような人達の多くは他国での権力闘争に敗れた元貴族とかなのよ」


 それはアンタレルア共生国を運営する上で欠かせない者達。

 そんな彼らが元は他国の貴族だったりすると明かすフレデリカだが、生憎とデッドエンド達はその意味を理解できず「ん? だから?」という反応だった。

 例外は、今もフレデリカの頭を優しく撫でているステラのみ。



 そんな察しの悪いデッドエンド達に、フレデリカは『ふかーーっ』と怒った猫のような声を上げ、


「だ・か・らぁっ!! そんな彼らが自分達を切り捨てたような国に泣きつくような事を今更すると思う!? さっきも見たでしょう? 身内とすら団結出来ていない私たちが他国と手を結ぶなんて出来る訳がない。

 仮に女王である私が他国と手を結ぶと宣言したとしても、翌日には私の死体がそこら辺に転がってるでしょうね」



 だから他国と手を結ぶなんて奇跡でも起きない限り無理と告げる女王。

 そうしてようやくデッドエンド達が納得したところで、二本目のの指を立てた。


「方法その2。

 この国最強の戦力であるデッドエンドが今以上に強くなって連中をどうにかする」


「――おい」


 あまりにも荒唐無稽な解決法にさすがに突っ込まずにはいられないデッドエンド。

 それを無視してフレデリカは続ける。



「敵の戦力が幾人かの個人に集中してるのなら、それを超えるような存在をこちらで育てればいいって話よ。デッドエンドはリ・レストル村の戦いで星持ちへと至って、それでメテオレイゲンの星持ちを相手に善戦したんでしょう?」


「――最後は見逃された感じだけどな。あのままだったら間違いなく俺は死んでたろうよ」


 その表情に暗い影を落とし、それでも事実だからとそう告げるデッドエンド。

 それでも、フレデリカは気にした様子もなく続けた。


「イリアに聞いた話だと、帝国の第一将すらも成すすべなくメテオレイゲンの星持ちに敗れたらしいわ。そして、帝国の第一将も星持ちだった。つまり、星持ちだからって奴らに対して善戦できる訳じゃないのよ」


 ――ガタッ


 フレデリカのその言を聞き、キーラは信じられないといった表情を見せる。


「帝国の第一将とは……まさかあの皇帝ヴァルス・カーン様がですか? 常勝無敗と言われていたあの方が成すすべもなく敗れるなんて……」


 元帝国人であるキーラだからこその動揺だろう。

 事実、デッドエンドも少なからず皇帝が成すすべもなく敗れたと聞いて驚いている。

 そんな二人にフレデリカは口元を歪め、


「あら、皇帝について良く知ってるわね。さすがは元帝国軍第九部隊副隊長のキーラ・ブリュンステッドさんといった所かしら? あなたもそう思わない? 元帝国軍第九将のシェロウ・キディランドさん?」


 秘されていた二人の正体。それを言い当てるのだった――

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