空の散歩は魔獣に跨り、箒乗り少女を携えて

 少し憂鬱な気持ちになりながらも、鷲と獅子と馬の合成魔獣、ヒポグリフの優しさに支えられて彼の食事を終えた。



「おつかれさまー」



 ソラ君は静かに足元の芝に腰掛けて見守っていてくれた。

 おどおどしているところをずっと見られていたかと思うと、今になって恥ずかしくなる。



「お待たせなのですー!!」



 フィグ君が片付けに戻ったのと入れ替わりにリコットちゃんがやってきた。



「リコット、おかえ……り……」


「そ、その恰好……」



 が、変わり果てた姿に私もソラ君も思わず絶句していた。

 リコットちゃんは私たちの様子に理由が分からず首をかしげる。



「えー?どうしたのですー?」


「「 ず ぶ 濡 れ だ け ど 」」



 二人同時に無機質に言うと、合点がいったらしく右手握りこぶしと左掌でぽむ、と音を立てた。振動で雫が滴る。



「てへー。お掃除してたら手が滑って頭から水被っちゃったのですー。あ、でもでも、ちゃんと綺麗なお水なのですっ! 使用済みのじゃないのですっ!」



 全身でバッチくないよと主張するふたつ結びツインテール少女。



「そういう問題じゃなくって! 風邪ひくから着替えて! ほら!」


「えー? 自然に乾くし早く出発したいのですー」


「 い い か ら 着 替 え て 」


「うー。オークルオードちゃんは几帳面なのですー」



 唇を尖らせ渋々再び家に向かって走るリコットちゃん。

 自分が世話焼きの母親になったみたいで私自身驚いた。この子はどうも放っておけない。

 口うるさい小姑みたく言われたのは癪だけど風邪をひかれるよりマシだと思いたい。




 ◇




「そしたらひーたんのお散歩に出発なのです!!」



 全く同じ服に着替えてきたリコットちゃんの掛け声でヒポグリフはいななき翼を大きく広げる。



「わわわわわわ!」



 私とリコットちゃんは自らの頭より高い位置にあるこの魔獣の背中に跨って大空へ羽ばたこうとしている。馬のそれよろしく鞍と鐙、手綱を装着したヒポグリフにどっしり構える小柄な少女、私は彼女の腰に抱きつき落ちないように必死だ。



「安全運転で行くのですー!」



 撥ねるように助走をつけ一度、二度と学園の聖堂に敷かれている絨毯より立派な翼で空を漕ぐとその上下運動に合わせて巨体が面白いように持ち上がっていく。



 ソラ君は箒に横乗りし、助走なしで浮かぶ。

 風になびく空色の片結びサイドテールが真っ青な真昼の空と僅かなグラデーションを描く。


 なんて絵になる可憐さなのです……!と小声ながらも熱のこもった叫びが聞こえたような聞こえなかったような。



「ドーはドラゴンのドー♪ レーはレバテインのレー♪」



 地上よりほんのり冷たい空気を掻き分け進む空の散歩は爽快そのもので上機嫌なリコットちゃんは奇怪な歌を口ずさんでいる。私の知ってるドレミと歌詞が違う……。



「……ねぇ、ほんとは彼と一緒に乗りたいんじゃないの?」



 空中浮遊にようやく慣れ余裕のできた私はつい悪戯なことを聞いてしまう。ほんの少しの嫉妬をにじませつつ、叶わぬ恋敵に少しでも爪痕を残してやりたい気持ちで――。



「そーなのですー」



 意外にも動じることなくしょんぼり返すリコットちゃん。



「前は喜んで乗ってくれてたのです。密着で来てうへへだったのです。ところがある時から箒乗りの練習がしたいからって、ひーたんに乗ってくれなくなったのです」



 密着出来ての下りは聞かなかったことにするとして。



「なぜか理由訊いたの?」


「怖くて訊けないのです……気になるけど……」


「嫌われてたらどうしようって?彼の態度を見たらそんなの分かり切ってるじゃない」



 つい強めの口調でお説教態勢になる私。



「オークルオードちゃんは強い子なのです。私は臆病なのです……信じ切れないのです」


「ねー!ソラ君!!」



 並走する箒乗りに大声で話しかける。生半可な大きさでは風にかき消されてしまうから。決して意地悪ではないの。



「どーしてひーたんに乗らないの!?」


「あわわわわわわわわわわわわわ!!!! オークルオードちゃん!!! なんでもない!!なんでもないのです!」


「あー……、やっぱりリコット気にしてたー? ひーたんはねー、とっても乗り心地いいんだけどねー、……ノミが出るから痒いんだ」


「え……?」


「え……?」



 血の気がサーっと引いた。

 なんだか急に二の腕や太腿が痒くなってきた気がする!

 蕁麻疹出てきた気がする!



「わ、私降りるわ!!」


「わーー!!無茶なのです!!堕ちたらタダじゃ済まないのです!!私はいつも乗ってて全然平気なのです!!大丈夫なのです―――!!」


「は、離してっ!!」


「ダメなのですー!あぶないのですー!」



 背中の上で暴れられた穏やかな魔獣は迷惑そうに小さく一啼きしつつ押し合いへし合いする私たちが落下しないように絶妙な平衡感覚を保ちながら航行してくれたのでした。

 さぞ迷惑だったでしょう。

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