優しき魔獣と心を通わせて

「おい! 姉貴!」



休日のお昼前、ソプラノの少年声があり得ないものヒポグリフを見て卒倒しそうだった私を糸で絡め取って現実に引き留めてくれた。

その声の主はリコットちゃんと同じ杏色の髪をした、もう少し幼くて線の細い少年。



「出かける前にトイレ掃除やってけよ? 約束だろ? 一か月分」



けだるそうに言う。人差し指で何かわっかのようなものをくるくる回している。



「ほら、行った行った」


「ぐぬぬぬぬ。とんずらできると思ったのです……ふたりともごめんなのです! すぐ終わらせて来るのですー!!」



飛んでいくという表現がよく似合うほど勢いよく家屋に向かって走っていく。



「ちゃんとやれよー。……やれやれ。トンズラなんてマヌケなズル、姉貴の考えそうなことだ。あ、ソラっち、ハロー。コレ渡しとく」


「これって?」


「そ、魔力制御の首輪。ひーたん連れ出すってことはどっか行くんでしょ? 何が起こるか分かんないからって、親父とお袋から」


「そっか、そうだねー、ありがと」


「魔力制御?」


「そうそう、ひーたんがねー暴れないようにねー」


言いながら首輪をバッグのポケットにしまうソラ君。



「で、そちらさんは……?」



少年は私のほうに目をやった。歳の割にと言っては失礼なのだろうけど、目つきが鋭い。



「ボクのクラスメイトのオークルオードさん」


「オークルオード=ビブリオテーカです、よろしく」


「クラスメイト……ははぁ、それで……」



口元を手で覆いながら目つきでにやけたのが分かる。



「なにか?」


「あ、いや、リコットの弟のフィグです。よろしく」



ツンツン頭だけどしっかりしてるみたい。見かけで判断しちゃいけないわ……。



「姉貴のこと、よろしくな」


「うん」



頷くソラ君。



「信頼関係が厚いのかしら?」


「え?」



つい意地悪く質問をしてしまった。


「そんなあっさりお任せされるなんて」


「まー、付き合いが長いからかな?」



キョトンとするソラ君と頭の後ろで腕を組むフィグ君。


「そっか」


幼馴染とかいう奴だろうか。兄弟ぐるみで……。私にはそういう長い関係の人がいないからちょっと羨ましい。いや、だいぶかな。多く語らなくても分かり合えるなんて。多くを語ったところで分かってもらえるかどうかも怪しいから語ることさえ躊躇ってしまうのに……。





リコットちゃんを待つ間、フィグ君がひーたんにエサをあげるのを手伝って待つことにした。馬もたくさんいるけど、一緒にお出かけする相手だから少しでも慣れたほうがいいとソラ君の提案だ。



「これは……何のお肉?臭みがないけれど……」



フィグ君の持つ袋の中にある塊肉を指す。



「これは豆で作った豆肉ビーンミートってやつ。うちの父ちゃんが開発したんだ」


豆肉ビーンミート……?」


「そ。ヒポグリフってさ、親のグリフォンがそうなんだけど本来は肉食なんだって。こいつとこいつの親は訳あって肉食べないんだけど、そうすると生きていかれないだろ? だから肉の代わりに栄養を摂れるものって調べて豆が効率いいってことで加工して食べやすくしたものさ。豆食べるのなんか大変だからな。肉食には消化しづらいみたいだし」


「そうなんだ……」


「肉を食べないせいか気性も穏やかだしな。ほい、ひーたん」



馬の倍ある体高のヒポグリフ相手に至近距離で豆肉を差し出すフィグ君と、傷つけないように器用に嘴で咥えるひーたん。

形は完全に猛禽のソレで何倍もの大きさ、かつほぼ頭上から迫るものに恐怖を覚えないほうがおかしいのではないか。なのに二人とも平然としている。



「あの……怖く……ないの……?」


「外見はいかついよねー。慣れかなー?」


「初めて見るやつはだいたいそういう反応になるよ。ヒステリー起こして危害加えそうになるとか。オークルオードさん……だっけ?まだマシなほうだと思う」


「それは……どうも」


「やってみる?」



どきり、と心臓が止まりそうになる。



「大丈夫、ひーたんが人を食べるヤツなら俺らみんなここにいないから」



冗談めかして言うけどあんまり冗談に聞こえない。

でも、私がそっと差し出す小さめのクッションみたいな大きさの疑似肉を、奪い去ろうとせず差し出されてからそっと嘴を開いてゆっくり摘み上げ、上に持ち上げて丸のみする。


もっともっと、と催促のためか一啼き。もう一度差し出してもやっぱり優しく持ち上げて決して乱暴にしなかった。



「やけに大人しいな」


「オークルオードさんが優しいことがわかるんだねー」



優しい……? 私が? そんな言葉に戸惑う。家族すら疎ましく思う、友達のいない私が優しいわけない。

餌を持ったまま俯いてしまった私に気付いてか、ひーたんが頬ずりをしてくれる。慰めてくれるのか。餌をよこせと飛びついてもよさそうなのに。この子のほうが何倍も優しいじゃない。

私なんて、私なんて……。

思いつめてしまう私を艶やかな鷲の毛並みが優しくまぁるく包んでくれていました。

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