不安だらけの出発は、少年に見送られて

 ヒポグリフとの空中散歩とノミ騒ぎから一週間が経った。



 私たちは檸檬硝子レモンガラスの情報をそれぞれに、時に相談し合いながら探っていった。

 文献を当たったり、取り扱いのあるお店や学園の教師に話を聞いたり……。

 ノミ取りのため必死にヒポグリフを洗ったり洗ったり洗ったり……!


 決め手になる情報は得られなかったけど、一つの結論に至った。



「生産農家に会いに行くの?」


「そうなのです! おとーさんが言うには、品種改良されて味が変わった可能性があるから、昔から作ってる農家さんに会いに行って話を聞いたらどうか? ということなのです!」



 ある日の放課後。

 いつものように三人で下校していると、リコットちゃんからそんな提案があった。


 リコットちゃんのお父さんは鷲獅子と馬の合成獣ヒポグリフのために豆から疑似肉を作る技術を持っていて、牧場だけでなく豆の栽培もしているそう。

 そのために農業関係者に顔が広く、色々聞いてくれたみたい。


 正直調べ物はできても行動に結びつくものが無くて、手詰まり感があったわけで。

 渡りに舟、ね。



「ありがとう、私のわがままのために……」


「気にしなくていいのです! お友達の為なのです!」


「友達……」



 お礼を言うなんて、なんだか気恥ずかしくて気後れしてしまったけど、それ以上の返事と真っすぐに私を見つめる瞳に言葉が詰まる。


 今まで友達なんていなかった。



 作ろうとも思わなかった。



 自分を磨き、学び、宮廷魔術師になる。


 学友クラスメイトはいずれ好敵手ライバルになる存在。

 蹴落とすことになるなら最初から慣れ合わないほうがいい。


 そう、自分を縛っていた。

 けれど、助け合う、語り合うことのできる仲間がいるのは、悪くないことかもしれない。

 微笑みを浮かべ、不思議そうに首を傾ける爛漫美少女を見ていると、そう思えてきた。



「善は急げ、だね。さっそく計画を詰めよう」



 穏やかに告げるソラ君。

 もちろん、君とももっと仲良くなりたいんだよ?

 などという軽口を口に出す勇気は無かった。


 そのままリコットちゃんの家に寄り、日程を決める。

 家に帰り週末は勉強合宿すると外泊許可を取る。


 次の試験で、成績順位を必ず上げる、という条件のもとに。



 迎えた週末、リコットちゃんの家に集まり荷造りし、日程の最終確認。

 仮眠をとって夜明け前に発ち、昼前に着き、とんぼ返りで夕暮れまでに戻る強行軍ハードスケジュール


 ソラ君が行き先までの地図を持ち箒で飛んで案内役になる。

 一日飛びっぱなしで魔力も体力ももつのか心配する私を他所よそに、「へーき、へーき」と軽く返すソラ君。


 ちょっぴり憧れていたお泊りの醍醐味ピロートークをする間もなく、旅支度のまま仮眠をとる。




 迎えた早朝……というか夜更け。

 正直不安がいっぱいで眠れてない。鏡に映る目元はクマになってる。


 欠伸を連発するソラ君に、……寝たまま動くリコットちゃんは、どうなってるのか意味不明。

 防寒のため頭巾フード付き外套マントを羽織り、いよいよ出立ね。



 ヒポグリフを放つために厩へ向かうと、馬たちの餌遣り支度をするリコットちゃんのご両親に会った。

 お世話になったお礼を丁寧に述べると、手を止め笑顔で送り出してくれる。


 こんな両親だったら、私ももう少し優しくなれたのかな……。


 私たちの重要な移動手段になる鷲獅子グリフォンと馬の合成獣・ヒポグリフ。


 その獣のところにはリコットちゃんと同じ杏色アプリコットの髪をした少年――弟のフィグ君がいた。

 ヒポグリフに丁寧にブラシをかける横顔は真剣そのもの。

 獰猛な鷲の顔をした魔獣が、雛鳥のように気持ちよさそうに目を細め、手入れを受けている。



 ノミがいなくなり、触り心地が一段と良くなったヒポグリフの背中に私とリコットちゃんが跨る。

 空気を含んだ体毛の層は毛布のように温かい。

 昼間は暖かい初夏の陽気とはいえ、朝晩は冷えるため心地よい。



「ふたりとも、姉貴のことよろしくな!」


「な、まるで私が頼りないみたいなのです!」


「みたい、じゃなくてそうだろーが」


「ぐぬぬぬぬ。生意気なのですー!」



 お互いにあっかんべーをし合う姉弟を見て呆気に取られてしまう。



「まぁまぁ。それじゃ、フィグ、留守をよろしくね」



 箒に横乗りし準備万端なソラ君の声かけに親指を立てるフィグ君。


 私はかける言葉を見つけられず、なんとなく手を振ってみたらツンツン頭の弟君は一瞬目を剝き、そっぽ向いてしまった。


 え。いつの間にか嫌われてるのかな……。何か言ったっけ……。



「いざ出っ発ー!」



 私の心情など知る由も無く、リコットちゃんの掛け声を合図に魔獣ヒポグリフが四足を踏み出し駆け、大人の背丈以上ある逞しい翼を上下させ浮かび上がる。

 振り落とされないように、情けないけどリコットちゃんの小さな背中にしがみつき、目を閉じる。



「あの……っ!」



 かき消されそうな声が聞こえ、薄目を開けると真下をフィグ君が走っていた。

 身体能力の高いリコットちゃんの弟とはいえ、馬の早駆け並みの速度に追いつくのはギリギリのようだった。


 汗を散らし息も絶え絶えながらも、私に届くように言葉を絞り出した。



「見つかると……っ! いいですね……っ!」



 かけられた言葉に目を見開き、けれどあまりに突然のことに言葉が出ず、微笑むのが精いっぱいだった。

 どの感情のものか分からない涙が一粒、風の悪戯によって飛ばされた。


 彼は急に硬直し、草原に立ち尽くす。

 みるみるうちに距離が離れ、あっという間に豆粒のようになっていく。


 顔は朱に染まっていたように見えたけど、全力疾走したからよね。



 見送りありがとう――。

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