第6話

 時は少し遡る


「主、我が国に有益な人物をかの国から連れて参りました」


 執務机で書類と向き合っていた人物は音なく突然現れた黒装束の男に驚くことなくゆっくりと顔を上げる。


「ほう、詳しく聞こう」


「はい。その者は魔力量が0であり保有する魔法もありません。

 しかし、生活魔法12種と同じ魔法をスキルとして保有しておりました」


「魔力量0だと。そのような者がこの世に存在するのか……いや、もしや。ゼス、その者はあれと関係のある者ではないのか?」


 ゼスと呼ばれた男はある指令を受けていた。


 それはマホマホ王国が100年に一度だけ行える秘術『召喚の儀式』についての情報を持ち帰るというもの。


 その儀式が近々行われるということでゼスは数年前からマホマホ王国に潜伏していたのだ、奴隷商人として。


 儀式の日が近づいてくると周辺国はもちろんのこと、我が国も同盟国としてその儀式に招待されていた。


 かの国は魔力至上主義の国。マホマホ王国はその秘術の力を見せつけることで周辺国に圧力をかけようとしていたのだ。


 もちろん目的はそれだけではない。その儀式よって召喚される者は魔力が非常に高いと文献に記されていたことからもその者の血を取り込み、マホマホ王国の国力や発言力をより強力なものにしようとする狙いも含まれているだろうことは各国も掴んでいる。


 そして、その牙がいつ向けられるのか、我が国だけじゃなく周辺国も警戒している。


「はい、それは間違いありません」


「ふむ。では儀式は成功したということか、厄介なことだ……!? もしや、その儀式で召喚された者は複数人いたということか」


「はい。驚くことにその数32人です」


「!?」


 ゼスの報告に思わず目を見開く。文献で記されていた人数は多い時で4人だと記されていたはずだ。

 それを軽く超える数に驚きを隠せない。


「しかも、文献に記されていたとおり、その者たちの魔力量は一番低い者でも万を超えています。一番高い者では99万ありました。

 ただし例外が一人。その一人のみが魔力量0でしたが」


「なっ、バカな。99万だと。何かの間違いではないのか」


「信じられないと思われますが誠です。ただ、この数は王国にも誤算だったのでしょう。

 掴んでいた、ただ周辺諸国の権力者に見せつけるために用意されていただけの会場が、急遽質の悪いオークション会場へと変更されました。

 まあ招待された周辺諸国もそれがいくら入れようが落札できない出来レースであると見抜いていましたけどね。現に魔力量0の者、その一人を除いて全てマホマホ王国の貴族が落札していましたからね。

 でも面白いことに、神聖王国の手のものでしょうね、召喚されし者たちが己の力や状況を理解してしまう前に嵌めさせた隷属の腕輪を、監視が緩くなった一瞬の隙をついて無効化して回っていましたよ。

 ただ神聖王国の間者も扱いには慎重な様子で置かれている状況を告げるのみでそれ以上のことはせず引き上げていましたね。

 まあ、ここで連れ出しても争いになるだけでしょうから今は静観することにしたのでしょう」


「ほう」


「あ、そうそう我が国も一応同盟国として魔力量が6万ある少年を、我が国民として迎えていれたいと話をつけたようですが、かの国は隷属の腕輪ありきでの話でしたので、これはどう転ぶか分かりませんね」


「……ふむ。そうか。報告は以上か?」


「いえ、その連れて参りました魔力量0の者の能力ですが」


「む? そうだったな、お主が有益者だと言っていたか。しかし、ゼスよ。魔力量が0ならばそれほど期待できるとは思えんのだが」


 鼻で笑う主。この国は魔力至上主義国ではないが、魔力量99万という次元の違う話を聞いたあとでは、どうしても比べてしまうというもの。

 いかにゼスが優秀で有益な人物を見つけたと言っても期待するまでには至らない。


「主、その考えは早計かと……」


 それからゼスはその人物が我が国にとっていかに有益か、その人柄やスキルについて語った。


 その人物が損得考えなしのお人好しで、自由にさせても逃げる事はせず、それどころかケガや病に苦しんでいる他の奴隷たちや、使用人たちにケアをして回ったり、住まわせてもらってるからと痛んでいた店舗内や個室の修繕をしたり、汚れた環境にいると病になりやすいと言って隅々までクリーンをして回ったりしていたことを告げ、その効果が普通の生活魔法とは比べ物にならないほどの効果があったことを……


「見てください主」


 証拠の一つとばかりにゼスは自分頭、黒頭巾を少しずらしフサフサになった頭を得意げに見せた。

 主は目を見開き驚きを露わにした。


「な、なんと。信じられん。ケアスキルで薄毛を……ウソ、ではないのだな。

 そうか、その者は爛れた皮膚だけではなく身体の欠損までも回復させたのか」


「はい」


「クリーンスキルは綺麗にするだけでなく解呪や浄化までも……」


「はい」


「リペアスキルは効果範囲も広く瞬時に修繕……」


「はい」


 ゼスの報告を一つ一つ確認していく主の呟きを、すかさず拾い上げ、自分の事のように頷き肯定してみせるゼス。


「そうか……その他のスキルは未確認とのことだが、確認できたスキルだけでもとんでもない逸材だな。

 しかし生活魔法がスキルとはな……ん!? いや、もしや」


 現代人の魔法の認識は、ある分野に特化し消費魔力が抑えられ効果も高い適正魔法を上位魔法とし、誰にでも使えるが消費が激しくて使いにくい生活魔法が下位魔法という認識であった。


 ただし、古い書物を探せばまた違った記録もある。


 その一文を主は思い出したのだ。


 生活魔法は全ての属性を網羅し誰にでも使え何ものにも対応できる極み魔法であるが、扱いは非常に難しく消費する魔力も多い。

 それ故にもしも、この魔法を極める者がいるとすれば……


 古い書物ゆえにその先は掠れ読めなかったが、気にもしていなかった。

 だが、ゼスの報告を聞き主は認識を改めた。生活魔法は軽く見てはいい魔法ではなかったのだと。


 そういえば……


 またある書物の一文にも始まりの魔法に勝る魔法はない……とあったことを思い出す。


 この始まりの魔法は上位魔法のどれかだろう解釈だったが、この解釈自体が間違いなのではないのか。

 始まりの魔法は極めた生活魔法のことではないかと思わずにはいられなくなった。


「くくく、ゼス。たしかに有益な人物のようだな。それもとびっきりの」


「はい」


「だが、厄介でもあるぞ」


「はい。この事実をかの国が知り、彼が我が国の管理下にあると知れば間違いなく返還を求めてくるでしょうね。

 断れば外交問題に、下手をすれば同盟は破棄されそのまま戦争に繋がる可能性もありますね。

 かと言って知らぬと言えば時間をかけてでも探し出し無理矢理でも連れ戻そうとするでしょう。

 しかし、かの国は魔力至上主義の国、魔力量が少ない者など人権がないに等しい。それが0ならば尚更。貴重な人材だろうと扱いは酷く使い潰されて終わりでしょう」


「そうであろうな。まあ、かの国の異常性は今に始まったことではないが、ふむ。やはり、今は公にできぬ、か……」


「はい。頭の痛いところです」


「だが、あらゆるケガや病気を治すその能力だけでもどうにかしたいな」


「主、私に考えがあります」


「ほう。申してみろ」


「はい。その者を、彼を男娼にしてはどうかと考えております。幸い彼は女が好きだと申しておりました。彼の希望にも沿います」


「ふむ」

 

「先ほど申し上げた彼は通り損得勘定なしのお人好しです。

 客としてきた人物が辛そうにしていたら間違いなくケアをしてしまうでしょう」


「ほう。こちらから強要せずともその者ならば治すとな、しかし、男娼……か。

 ふむ。客の人数は制限できる、な。警備や管理も……問題ない、誤魔化しも、きくか。

 それに客も気分が乗らなければ奥にいく必要はなく、お互いに深く詮索することもご法度、それ故に情報も漏れにくい。

 そして一応は女好きのその者の希望にも沿っているか……悪くは、ないな」


「はい」


「ふむ。ではなるべくその者には便宜を図ってやれ、貢献しだいでは少しくらい無理を聞いてやってもいい。あとは……」


「はい、念のため彼に似せた者を冒険者に買わせて、ダンジョンの奥地で魔物に襲われて死亡したように装っておきます」


「うむ。では、後のことはあやつに話を通せ、あやつならうまく調整するだろう。それでしばらく様子をみる」


「はっ、畏まりました」


 返事したゼスは次の瞬間には消えていた。


「生活魔法のケアで欠損を回復とは考えもしなかったな……」

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