第7話
「シゲさん、俺ちょっと本屋に行ってきます」
「ん、そうかい。気をつけてな」
「はい。夕方には戻ります」
管理人のシゲおじいさんに手を振り裏口に向かう。その足取りは軽い。
というのも最近の俺、かなり調子がいい。ふふ、モテ期かもしれない。
実は初指名をくれたレイラさんに出会ってから、ここ一週間、毎日のように俺指名のお客様が来てくれるのだ。
ひょっとしたらレイラさんは俺の幸運の女神かも。
あれから毎日のように来てくれるからついそんなことを思ってしまった。レイラさん好きだなぁ。
でもレイラさんの懐事情は心配する。レイラさんはかなり稼いでるから大丈夫って言ってくれたけど……それでも、ねぇ。
俺ってイケメンじゃない男娼のくせに一時間金貨2枚もするんだぜ。ぼったくりもいいところなのに、それを一週間だからね。すでに金貨14枚も使わせている。日本円に換算すると14万。かなりの金額だよ。
だからせめてもの償いというか、満足してもらえるよう目一杯えちえちを頑張っている。
ついでに、次の日も元気に活動できるように全力のケア、病気なんてさせない、かすり傷一つ残さない。お肌も艶々ハリハリに。
ふと帰り際に目についた装備品にもこっそりリペアをする。
そのくらいのサービスはしとかないと。
ちなみにイケメン男娼たちは毎日10人以上、軽く俺の5倍くらいは様々な女性のお相手をしている。
そんなイケメン男娼たちに比べたら大したことないけど、モテる要素がない俺からすれば、これでも十分すごいことよ。
でも、この世界は俺が思ってた以上に厳しい世界のようだね。
魔法があるからもしやと思ったけど、やっぱり魔物が普通にいるし侵略戦争があったりするようだから。
そんな話を聞いただけで実際に見たわけじゃないけど、この一週間でそう判断した。
だって俺を指名してくれたお客様はみな冒険者風の格好をしていたけど、みんな身体の一部が欠損しているんだよ。
平気そうにしているけど見てるこっちが痛い気がするし辛くなる。
酷い人だと頭と顔半分に重度のヤケドを負っていたし、地球人だったら普通に入院レベルというか重体でベッドから起き上がれないレベル。そんな状態でなぜ飲みにこれる。
包帯を巻いていたからケアスキルで得た情報でしかないけどね。症状が皮膚の爛れ(大)なのよ。
でもそんなのお構いなしにその女性は普通にエールを飲んでた。久しぶりに飲んだエールは上手いって、さ。
逞しいねこっちの世界の人。やっぱりスキルとか魔法とかがある世界だからその辺の耐性なんかがあるのかね?
まあ、それでも見てるこっちは耐性なんてないから、頼まれなくてもサクッとケアスキルを使ってやるんだけどさ、もうね、俺はその後の喜ぶ皆の顔が楽しみになりつつあるのよ。
こんなこと前の世界では出来なかったから余計に、俺のスキルで皆を笑顔にできるのが楽しみでありうれしくもあるってわけさ。
でも、やっぱり魔物がいてダンジョンがあって宝物もあっても危険だらけの世界なんだよね。
一緒に召喚された生徒たちは魔力があったし戦闘にも役立ちそうなスキルなんかもあったから、すでにそんな世界に足を突っ込んでたりして、なんてことをふとした拍子に考えたりもする。面識ないけどね。
でも俺はごめんだな。冒険者になって夢やロマンを求めるなんて怖くてできない。今の生活で満足しておくべきだろう。
しかし、よく分からないのがこの世界の男たち。
身体の一部が欠損すると女装する習慣でもあるのだろうか。その方が生活しやすいの? 福利厚生施設のような何か、そんな職場が一杯あるかね? その辺りよくわからないんだよね。
というのも、そんな女装したおっさんやお兄さんも現在進行形でやって来るんだよ。ムッキムキのね。びっくりするよ。
そして、この人たちはイケメン男娼には目もくれず、俺の方に向かって来るから二度びっくりするんだ。
あ、今思ったけど、ひょっとして女装おじさんから何か聞いたのかも。
まあそれならそれでいいんだけど変な詮索はご法度な世界だからね。注文は沢山してくれるし。
もちろんそんな女装系おじさんやお兄さんには速攻でケアスキルを使っておく。
だって見つめられると身の危険を感じるんだもん。
どうか女装は卒業して前の職場に復帰して下さいという切実な願いを込めて。
そんな毎日だけど、男娼生活にも少しは慣れたし、今日はちょっと街の方に出て本でも買ってみようかなと思ったのだ。
いやね、最近までは他のイケメン男娼たちや管理のシゲおじいさんをケアしてみたり、お店の中やみんなの個室なんかの悪い所をリペアしていたら時間が経つのが早かったんだけど、一通りやり終えたらやることがなくなった。要するに暇になった。
そこで管理のおじさんに相談したら第一候補に、本なんてどうじゃ? と教えてくれたわけさ。
第二候補が魔道具屋さん。値段は高いけど常に新しい魔道具が開発されているから眺めてるだけでも楽しいぞ、とのこと。
「ゴロー、出かけるのか?」
裏口のドアに手をかけたところで一人のイケメン男娼が声をかけてきた。
「ん? あ、ハンゾーさん。ちょっと本屋にでも行ってみようかなと」
このハンゾーさん。男なのに色気もある魔性の男。超イケメン。この店でもトップ3に入ってると思う。たぶん俺より年上だろう。
初めて会った時には両脚の腱がズタズタで松葉杖を使っていたっけ。
「そうか。で、ゴローはこの街に来たばかりだと聞いていたが、お前はその本屋の場所は分かるのか」
「あはは、分からないけど、散歩がてらぶらぶらしてたら着くかなと……」
「ふーん。それも悪くないだろうが、結構距離があるぞ。
そうだな、俺も街に行く用事があるから一緒に行くか?」
少し考える素振りを見せたハンゾーさんがそんなことを言ってくれる。これはありがたい。
「行きます! 行かせていただきます」
正直なところ、この街のことはよく知らない。
店から一歩も出たことなかったから治安はどうなのか分からない。すごく不安だったんだよね。
奴隷商からこの店まで移動した時も、外が見えない仕様の馬車だったし。
「気にするな。俺もついでだ」
とまあ、そんなやり取りの後に街に出たわけだが、一緒に歩くハンゾーさん。男の俺から見ても色気があるからすれ違う人たちからの視線を集めるのなんの。ん、俺? 俺は見向きもされなかったよ。
お陰様でトラブルもなく無事に本屋に着いたけど、街並みは中世のヨーロッパって感じなのかな。実際に見たことないから知らないけど。
でも、魔法とかある不思議な世界だから、大きな通りに出れば普通の馬車だけじゃなく、トカゲっぽい生き物や猪っぽい生き物が引いてる馬車? だって見かけるし、すごく面白い。
「ゴロー、俺は用事を済ませてくるが、帰りはどうする? 後でこっちに寄ってもいいが、一人で先に帰っとくか?」
「うーんいや、見た感じここの本屋は大きくて中も広そうだから欲しい本見つけても、ハンゾーさんが来るまで中で時間潰しとく、だから帰りもお願いします」
だって普通に歩いていたら、怖そうな冒険者たちと一杯すれ違ったんだよ。
絡まれたら嫌だなぁって思ったんだよね。
「分かった」
ハンゾーさんはそう言うと街中に消えていく。歩き速いな。俺もすぐに本屋に入った。
店内に入ってすぐに目に入る棚には新刊っぽい本が結構な数陳列している。
でも、他の棚は、ほとんどが古本っぽい。あ、でも分野別に区切りがあっていい感じだね。
「げっ、高っ」
適当な本に手を伸ばし値段を見れば一冊五千円くらいする。この世界の本は高いようだね。まあ、いいや。
シゲさんの提案で来てみたけど、どんなのを買おうかまったく考えてなかった。
とりあえず目につく本、この世界の歴史や周辺の地図、スキルや魔法、それに魔物の種類、恋愛や冒険小説っぽいものなどを手に取ってはパラパラとチラ読み。
やばっ
店員さんが訝しげに俺を見ている。盗まないよ。手当たり次第チラ読みするのもやめたほうがいいかも。
というわけで、この世界の歴史は買うとして、今住んでいるこの国、ホクホク王国らしいけど、紹介本を見つけたし一応買っておこうかな。
あ、スキルや魔法の本、魔物本も欲しいね。
でも息抜きに恋愛や冒険小説も読んでみたい。
この世界の恋愛事情にもちょっと興味あるしね。
気づけば十冊ほど手に持っていた。金貨5枚分。結構な金額になったけどまあいいや。情報は欲しい。
購入予定の本を持って店内をふらふらと、ほかに面白そうな本はないかなと本のタイトルを凝視しつつ横移動していると、
ドンッ
「きゃ」
誰かにぶつかった。
「!?」
慌ててぶつかった人の方に顔を向ければ、ドレスを着た少女が尻もちをついていた。俺がちゃんと前を見て歩いていなかったからだ。
「す、すみません」
反射的にも等しいほどの勢いで頭を下げ、すぐに持っていた本を置き、少女に向かって手を差し出す。が、
「!?」
その少女が異常なほどガリガリに痩せていて驚く。本を買いに来ているし、着ているドレスは質が良さそうでいいところのお嬢さんっぽいから、ご飯が食べれない環境ってわけでもなさそう。
病気?
俺がそう意識したところで、なんか凄い数の病名の情報が脳裏を過ぎる。なんだこれ。
十代半ばに見える少女なのに、こんな数の病気を患っていれば身体はキツいだろうに。
焦ってよく見てなかったが改めて目の前の少女の顔を見てみれば、案の定、目は窪み頬もこけていて病的にやつれている。
もちろんその少女の顔色は青白くてとても悪い。ケアスキルの情報によれば、このまま放っておいたら数日の命らしい。
「……大丈夫」
表情はないがその少女は怒ることなく、呟くような声でそう言い俺の手を取ろうと自分の手を差し出してきた。
よし、今だ。
どこのお嬢さんか知らないが放っておけなかった。こんな病気の数々でも、俺がクリーンスキルとケアスキルを同時に使えば治せるらしいので、少女が俺の手を握った瞬間にクリーンとケアスキルを同時に使う。
クリンケア……
「?」
一瞬、フワッとした違和感が走ったが気のせいだろうと、立たせながらその少女に意識を向ける。
うん、もう大丈夫っぽいな。
「……??」
立ち上がり自分の身体を不思議そうに見ている少女。もう一度頭を下げてその場を離れようと思ったら、その少女のメイドらしき女性が慌てて走って来ているのが見えたので、俺はぶつかってごめんね、ともう一度謝り逃げるようにその場を離れた。
その後は会計をすぐに済ませて本はポーチスキルに収納。ポーチ魔法だと財布代わりにしかならない収納量らしいけど、俺のポーチスキルは本10冊でも普通に入った。
これもケアスキルなんかと一緒で何だか入りそうだって感覚があってスキルを使ったら入ったってわけだ。スキルってほんと不思議。でも便利だからあってよかった。
少女とメイドはしばらく二人で話し込んでいたようだが、それから急にきょろきょろと誰かを探すような素振りみせ、店内をうろうろし出したので、何となく俺のことを探しているような気がしたので鬼ごっこの要領で避けていれば、結構いい時間になっていて、
「帰るぞ」
いつ来たのか、呆れた顔をしたハンゾーさんに肩をぽんぽんと軽く叩かれていた。
「あはは」
恥ずかしくなったので笑って誤魔化しておいたけど。
その後は来た道を戻る。帰りもやっぱりハンゾーさんはすれ違う人たちから注目されていた。
特に女性。別にうらやましくなんてないからね。
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