第6話 周知された最強



 一方北条が顕現させた雷龍は逢坂を威嚇するように静かに鋭い眼光を飛ばし、安易に近づくことを許さない。

 目に見えない圧(プレッシャー)と目に見える織神の圧(プレッシャー)。

 それらは魔眼が放つ圧をどちらも大きく上回る。


「未来が見えても対処できなければそれは見えていないことと同じ。そして可能性を超えた存在に対してソレは意味をなさない。それが第五種魔術の魔眼『遷延』の弱点」


「気付いていたのね」


「うん。どんなに凄い力にも必ず弱点は存在するからね。もっと言うと第五種魔術は極めれば還元を通してどんな種の魔術も一時的に扱えるようになれるって言われているけどその道を歩く者を超えることはない、ってのが私の持論。だからね――」


 ここで立ち止まるわけにはいかない。

 最弱は最強を演じ、最強は最弱を演じる。

 ここから最後の茶番劇が始まる。

 形が存在するならどんな物でも壊す、それが第四種魔術の根源。

 つまるところ、目に見えなくても存在を自己の中で感知し認識さえすれば壊せる。


「魔力がまだある? ……ってことは破壊の女王の本命がくるのかしら」


 ここで証明しなければいけない。

 誰もが認める最強を。

 舞台は既に整った。

 これだけ大衆の眼を引く戦いをしたのだ。

 逢坂の強さは既に多くの者に知れ渡ったはずだ。

 好きになった人がそれを望んだ。

 理由はそれだけでも良い。

 たったそれだけ――。


「――顕現せよ、雷装弾装填――」


 雷龍が姿を変えて一発の弾となる。

 全てが規格外とも言える存在。

 魔力弾とは比べ物にならない魔力密度。


「――分解」


 だけど、織神の言葉によって一瞬で消える。

 変化は劇的に起こる。

 分解された雷装弾に込められた魔力が触媒となり放電を始める。

 全身の細胞に意識を向けた織神はAランク魔術師としての完成形に手を伸ばす。

 それは、魔法師――織神姫が生みだした魔力弾の進化した姿。

 校庭全体を支配する放電は蛇のように細い軌跡を作り出しては消えるを繰り返す。


「……全く先が見えない!?」


 逢坂の魔眼は既にその効力を失い始めていた。

 圧倒的に想像を超える何かが今から起こる、そんな悪い予感に息を呑み込む。

 対して、織神は落ち着いている。

 刻印を発動し第二層までを限定解除したとは言え、織神に残された魔力は少ない。

 魔力がないなら、ある物でなんとかすればよい。

 所詮、魔術も魔法も言うなら奇跡でしかないのだから。

 後はその奇跡が小さいか大きいかでしかない。

 人を超えた力はあまりにも強大で、一度起きたら同じ奇跡を持ってでしか止められない。

 故に――第四種魔術が起こす奇跡に対抗するには同じ規模の力を持った奇跡。


「ほな、行こうか」


 僅かな違和感。

 口調の変化。

 だけど、そんな些細なことにまで気が回らない逢坂。


「――再現顕現、雷装弾装填」


 瞬間、校庭を支配していた放電が全て消える。

 それは逢坂にとって喜ばしいことだった。

 これで自由にまた動き回ることができるからだ。

 そう……いつもなら……。


「な、なんなのよ……これ!?」


 放電が形を超え、魔力弾とは比にならない密度を宿した弾となった。

 それは校庭全体に不規則に配置され、まるで雷で作られた弾のように光輝く。

 質量、密度、殺傷能力、空気抵抗など全てのパラメータが比較にならない。

 急いで可能性を示唆しパラレルワールドにリンクして還元しようとした逢坂は自身の無力差を痛感する。


「チッ、還元できない……なんなのよこれは……雷龍の力を媒体にして作っただけならまだしも、あの超音速魔力弾と同じ方法で生成したって言うの?」


「ん、これのこと? そうだよ」


 突きつけられた死のチェックメイト。

 織神がその気になっていれば百を超える雷装弾が装填とほぼ同時に逢坂の身体を鮮血で染めていた。


「降参して」


 ――そう。

 既にこの勝負は決した。

 これを一度に放てばどうなるかなど……最早誰の目にも結果は見えていた。


「ごめんね、逢坂さん。ペテン勝負は私誰にも負けるわけにはいかないの。そして魔術決闘も」


 逢坂の全身が震えた。

 ずっと追いかけてきた背中。

 そこにようやく手が届くと確信していた。

 なのに、蓋を開けてみればあの時より差が開いている。

 そう感じずにはいられなかった。

 同時に思う。

 世界は広いと。

 私の才に嫉妬する人たちは知らないのだろうと。

 私が今どれだけ目の前にいる魔術師にワクワクしているのか。

 嫉妬?

 そんなことしている暇があるなら、私は貴女をこれからも追いかけ続ける、と心に誓う。


「……えぇ、今回は私の負けみたいね。降参するわ」


 その言葉を持って、決着は織神こと北条真奈の勝利で終わりを迎える。

 勝負が決すると織神と北条の意識が入れ替わる。

 そのまま校庭で二人の魔術決闘を見守っていた者たちに問いかける。


「もし今なら私に勝てると思う人がいるなら掛かってきてください。誰からの挑戦状でも受けて立ちます」


 力強い声は最弱の声。

 だけど――。


「ただし――逢坂さんのように最後の猶予は与えません」


 力なき者が無事に帰れる保証はない、と宣告する最弱。

 その声は下剋上の主犯を含め、下剋上に加担していた者たちの心に突き刺さる。


「もっと言えば、私の仲間を巻き込む派閥戦を挑むと言うなら……」


 少し間を開けて。


「全員病院送りは最低でも覚悟してもらいます」


 去年のトラウマが甦る者たち。

 多くの者が安易な気持ちで自己の欲求や利権のために戦い大怪我を負った。

 それを最低と言う今年の自称から実際に最強となった最弱の言葉に恐怖する者が居た。


「それでも構わないと言うならその覚悟受け取ります。それと逢坂さん」


「なに?」


 急に話しを振られて戸惑う逢坂に北条は優しい微笑みを向ける。


「私の派閥に入らない?」


「えっ?」


「もっと高みの景色見たくない? 例えば学園最強派閥の景色とか」


 その言葉に想像してしまったのだろう。

 北条派閥が学園最強派閥生徒会を超える瞬間とその可能性を。

 それは逢坂だけではない。

 あるいは目の前の少女なら――可能かもしれないと。

 同時に――そんな未知なる可能性しかない相手に挑むなど無謀すぎると。


 歴史は繰り返される。


 周期は未定。

 だけど――その事実があるなら。

 一年おきに周り巡ってきても可笑しくはない。

 不確実性が多いはずなのに、それがありえると思わせた最弱は言う。


「私は学園ランキングと派閥ランキングでも取るよ、最強の座を」


「ほ、本気?」


「当たり前。だから力貸してくれないかな?」


 そこに迷いはなかった。

 絶対に負けない。

 そんな最強に対する信頼から出た言葉は逢坂の心に確かに響いた。


「わかったわ」


「ありがとう。これから改めてよろしくね」


「えぇ、こちらこそ」


 ニヤリ、と突然悪い笑みを浮かべる北条。


「さて、これで戦力もあがったね。だけどランキングの反映には時間掛かるし、とりあえず小手調べで先輩たちに挑もうかな」


 そう言って先輩たちのほうに向かって歩き始める北条。

 その者たちからすれば魔力の大半を失ったはずの最弱の歩みは何より恐ろしかった。

 桜花学園ルール上、今年の最強となった者よりランキングが上の場合勝負を挑まれたら必ず受けなければならない。

 それがなにを意味するのかようやく事の顛末を理解したのだ。

 それは毎年起こる下剋上ではなく、新入生による在校生狩り。

 つまり先輩狩りが今から起ころうとしているわけで。

 狙う側から狙われる側となった者たちは思わず息を呑み込む。

 もっと言えば大勢が病院送りになるまで勝負を挑み続けても学園的にはルールの範囲内と言うことで黙認される。


「まぁ、毎年新入生は先輩たちの洗礼を受けるらしいし、それなら私が片っ端から先に申込んでも結果は同じだしね♪」


 心臓の動機が止まらない。

 急に吐き気する者。

 頭痛がする者。

 呼吸困難に陥る者。

 北条が歩みを進める度に、そんな体調不良者が次々と現れる。

 遂さっき知った逢坂は既にAランク魔術師の試験を合格できる事実。

 その逢坂にハンデを背負った状態で勝利したAランク魔術師。

 そんなAランク魔術師が先輩狩りをしようとしている。

 だけど誰も彼女の歩みを止められない。

 なぜなら多くの者は知っているからだ。

 さっきの一戦で最弱は既に生徒会長と同じ域にいると……。

 それにここには生徒会長を含めた生徒会はいない。

 つまり――。


「――同盟関係である鮎川先輩たち以外なら別に誰でも構いませんし、形式も問いません」


 逢坂を利用し北条を潰そうとしていた者たちは、逢坂を利用した北条によって守られ逢坂という強者の尺度を使うことで自分の力を明確にした最弱に恐怖し始めた。

 恐怖は伝染し発症していく。


「いやだああああ。俺は逃げるぞ」


 偶然歩き続ける北条と目が合った男子生徒の一人が背中を見せて逃亡した。

 情けない声と姿を大衆に晒した男子生徒。

 だけど誰も哀れな眼で見ることはなかった。


「ふざけるな、お前一人だけ逃げるなって」


 それを追うようにしてまた一人。


「ちょ!? 男子? 待ってよ!」


 同じ派閥の者が逃げたことで今度は一人の女子生徒。

 皆欲しいのだ。

 ここから逃げる為の理由が。

 なんでも良いから。

 ただ逃げるだけでは声をかけられたら捕まってしまう可能性を否定できない。

 だから仕方なく逃げるしかできない、理由がやはり欲しいのだ。

 それは曖昧でも、他者から見れば笑われる理由でも、理解不能な理由でも、とにかく自分が今だけ納得できる理由が欲しい。


「そ、そうだ! 私今日用事あるんだった! 皆またね」


「え? 佳奈嘘でしょ? 待ってよ!」


「南!?」


 そんな感じで一人が適当な理由を付けるとそれを追いかけるようにして二人三人とどこかへ逃げていく。北条は別にそれを追いかけようとはしない。ただまだその場から動かない者たちに圧(プレッシャー)をかけるように歩き続ける。


「なんか、悪魔がこっちに来てるわよ?」


「鮎川! 悪魔とか言わないで!」


「ならあれはなに?」


「可愛い真奈ちゃん!」


「……可愛い? 確かに見た目だけなら一里あるけど」


 敵対意識がない鮎川と田中は遠目に近づいてくる童顔低身長の悪魔を指さす。

 二人は逢坂との魔術決闘終わりに一波乱起こるのではないかと心配していたわけだが、二人の心配は杞憂に終わり、今は予想にもしていなかった別の一波乱が起きるのではないかと心配していた。


「今年も百人超えで病院送りありえそう」


「だ、大丈夫だよ、真奈ちゃん優しいし九十九人以内には収まるよ……たぶん」


「普通は一人も病院には行かないんだけど……二年連続救急車祭りか」


「それにしてもアイツ逆転の発想をするとはよく考えたわね」


「だね」


「それで麗奈一つ思ったことがあるんだけど」


「奇遇だね、実は私もあるんだ」


 鮎川と田中はお互いに自分の所感が正しいことを確認するように言葉を口にする。


「「アイツ(真奈ちゃん)戦闘狂だよね?」」


 どうやら二人の感覚にズレはなかったようだ。

 お互いに隣にいる方に顔を向けて苦笑い。

 そして――二人の言葉を聞いた者たちが一斉に未だ見つからない理由探しを止めて逃亡を開始する。


「まずいわ! あんたたち逃げるわよ!」


「うわあああああああ」


「ば、ばけもの……!!!」


 こうして大半の者は逃げ、最後に残ったのは鮎川派閥の者と、


「あーちゃん会いたかったよ!」


 両手を広げ無償の愛をくれる水上とそれを遠目に見守る逢坂だけだった。



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演技(ブラフ)魔術師は魔法使いの魂を内に持っている~学園理事長との因縁~ 光影 @Mitukage

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