第8話 いきなり、逃避行でして



【人間の国ソピアから見ると、リュコスの後ろには――といっても遠いんだが、エルフの里があって、定期的に交流しているのだ】

「リュコスの後ろにはエルフの里……そっか、ソピアからはリュコスを挟んでいるから」

【そうだな、交流など到底できないだろう】

「知らなかった!」

「ええぇ……」

 ダンとジャスパーの態度で、十分に全く知らなかった、ということは伝わった。


 ガウルが言うには、何百年かに一度の周期で、人間の中から魔王が生まれることになっていて、それがなんと今年だとエルフから聞かされたのだそうだ。

 人間という種族はそうして魔王という脅威を生むので、神様があえて隔離のために、他種族とは言葉を通じなくしたのだという。


「そ……んな!」

 ショックを隠しきれないジャスパーに対して

「俺達人間が、邪悪な存在、ということか?」

 と冷静に事実を把握しようとするダン。

「私達人間は、貴方がたにとって、邪悪な存在なのでしょうか」

 杏葉は、ぎゅう、と拳を握りしめる。

 

【いや、俺はそう思わない。言葉が通じないだけで相手を理解しようとしないのは、失礼なことだと思っている】

「ガウルさん……」

【けどねえ、忌み嫌う奴らがいるのも事実にゃよー】

【そっすね。人間に家族を殺された奴らもいるわけだしぃ】

【【クロッツ!】】

【あー、すませーん】


 杏葉は、三人の獣人に目を向けた。

 

「人間を嫌う人もいれば、好きになってくれる人もいると思います。でも私は、少なくともガウルさんやリリがこうして話をしてくれるだけでも、嬉しいです!」

【そうか……】

【ま、アズハは良い匂いするしにゃー】

【ボクのことは?】

「ああ、我々は積極的に学ばなければなるまい」

「いやー、だいぶ衝撃!」

【えっ、みんな無視!?】


 ガウルは、ワインを一口飲んでから続ける。


【我々獣人騎士団は、現在川沿いに武力を集めているが、そういう事情からで、こちらから手を出すつもりはないのだ。もしソピアがそのように事情を知らないのだとしたら、だいぶ刺激をしてしまったな……申し訳なかった】

 杏葉がガウルの言葉を通訳すると、ダンが真剣な顔で

「とはいえ、お互いに犠牲者が出ています。エルフとも話をしたいのですが、できますでしょうか」

 と申し出て、エルフに伝えてみる、ということでディナーは解散となった。


 宿に戻り、ダンとジャスパーの部屋でお茶をご馳走になりながら、杏葉は話を聞いてみる。


「人間が魔王を生むなんて、知らなかった?」

「ああ」

「全く、知らない」

「おとぎ話とかにも、ないの?」


 杏葉の疑問に、ダンとジャスパーは

「不思議なんだが、魔王という存在は知っている。それこそ、世界を滅びに導く邪悪な存在として、な」

「魔王が元人間とはねー。そりゃ交流嫌がる訳だ。びっくりだわ」

 とそれぞれ頷く。

 

 ――もしかしたら、私は誰かに呼ばれたのかな……



「アズハ、大丈夫か?」

 ダンの心配そうな顔に

「うん。大丈夫! 私、結構任務できてたよね!?」

 と強がった。

 ダンとジャスパーはそれぞれ頭を撫でてくれ、

「さすが俺の娘だ」

「あじゅいなかったら、さすがにあの団長さんでも、話にならなかったと思うぜ」

 と労ってくれた。

 エルフと話ができればいいね、ということで、部屋に戻った。



 

 ◇ ◇ ◇




 翌朝。

 窓の外の騒がしさで目を覚ました杏葉は、物々しい馬車を眼下に見つけて驚いた。しかも、杏葉達の宿屋の前で止まったから、もっと驚いた。

 

「嫌な予感……」


 早朝にも関わらず、騎士団員と思われる獣人が何人も慌てて走ってきて、緊張した様子で馬車の側に並び始める。

 杏葉は素早く着替えて荷物を全て鞄に突っ込み、背負った。


 ――コンコン。


「アズハッ」

「起きてるか!?」


 遠慮がちなノックとともに聞こえた、ダンとジャスパーの焦る声に、すぐに反応して扉を開けると

「どうやらマズイことになったようだ」

 ダンが声を細め、渋い顔で言う。

 

【おっはー】

「おは……リリ!?」

【とりあえず裏口から逃げるにゃよ】

「裏口から。逃げる!」

 杏葉は確かめるように、リリの言葉を繰り返す。

「もう荷造りしてて偉いなーあじゅ」

 ジャスパーがニコニコして褒めてから、

「……急ぐけど、静かに」

 真剣に言った。


 頷いて、そろりと廊下に出ると

【店主! 出てこい!】

 見知らぬ声が階下に鳴り響いている。


 足音を鳴らさないように気を付けながら、手すりの隙間から目をカウンターに向けると、真っ黒な豹がしっぽを垂直に立てているのが見えた。

 服装からして、高い身分の人物であることはすぐに分かる。

 

【人間は、どこにいる!】

【はわわ~! まさか宰相閣下御自らお越しとは! 大変光栄の極みでございますし、当方の宿はですね……】

 

 ハツカネズミの店主が、恐らく時間稼ぎをしてくれているのを耳に入れながら、裏口まで早歩きをする。そしてそのまま、リリの案内で裏道をひた走った。

 

 

【おーい!】

【こっち!】

 

 門番の、白オコジョと茶オコジョが、町の裏門から出た所で手招きしている。

 

「オコジョさん達っ」

【すまねぇ、馬車は目立つから】

【馬だけなんとか】


 ダン達の荷馬車を引いていた馬と、リリの馬なのだろう。二頭それぞれ手綱を握ってくれている。


「ありがとうっ!」

 二人のオコジョに、杏葉はぎゅうっと抱きついた。

【気ぃつけろよ】

【落ち着いたら、また来いよ】

 

 二人とも、ぎゅ、と抱き返してくれた。

 そのことがとても嬉しく、思わず涙ぐむ杏葉。

 

「うん、うん!」

「急げっ!」

「あじゅ!」

 ダンの後ろにジャスパーが飛び乗り、

【アズハこっちー】

 リリがびっくりするほど力強く、自分の前に杏葉を引き上げ、

【はっ!】

 あぶみで馬の腹を蹴る。


 二人のオコジョは、静かに手を振ってくれていた。

 

「……あれは、誰なのですか」

 しばらく馬で走って落ち着いたところで、ダンが聞く。杏葉が頷いて、リリに聞くと

【人間嫌い宰相のセル・ノアにゃよー】

 という答えが。

「人間嫌い宰相?」

【そ。前から、人間と交流すべきだって主張してるうちの団長と対立してる。朝一番に、人間は罪人だーって、捕まえに来たわけにゃ】

「ちょっと待って! 人間てだけで罪人なの!?」

「なっ」

「うっそお!?」

【うんにゃ。多分でっちあげにゃー】

「でっちあげなんて!」

【団長を貶める機会を狙ってたと思うにゃねー】

「そ、んな! ガウルさんは、大丈夫なんですか!」

【大丈夫にゃー】

 

 リリは、前を見据えたまま

【とりあえず、安全な場所まで行くにゃ】

 と言って黙った。

「安全な場所まで」

 ダンとジャスパーは、杏葉のセリフに頷いて、リリの馬についていくしかできないことが、歯がゆかった。


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