第9話 新たな旅へ


 

 しばらく走って見えてきたのは、川沿いに立てられた漁師小屋。


【困った時の、隠れ家にゃ】

「隠れ家、なんですね」

 

 ダンとジャスパーが、念のためと馬上から気配を探り、誰もいないことを確認する。


【裏に馬をつないで、隠してにゃ】


 小屋の影に馬を隠すよう、リリの指示を伝えて、そのまま従った。


【ここで待つにゃ】

「ここで、待つ?」


 リリが、目を細めて耳をピクピク。


【……マズイにゃねー】

「もしかして私達、追われてますか?」

「二人、来る」

 ジャスパーが、眉を寄せた。

「二人?」

 杏葉が、ひるむ。

【むふ、なかなかやるにゃー】


 ザクザクと近づいて来る気配に、

「みんな、しばらく静かにしてくれよな?」

 ジャスパーがイタズラっぽく笑って言うので、杏葉が慌ててリリに伝えると。

 

「パーティ・インビジブル」

 ――ジャスパーが全員透明になる魔法を、唱えた。


 


 ◇ ◇ ◇


 


【来るとしたら、ここだと思ったんだが】

 

 小屋の中を覗いたのは、茶色のバッファロー。

 宿屋でガウルに食って掛かった、ブーイだ。

 

【んー? 残念はーずれー!】

 とその隣でおチャラけているのが、ドーベルマンのクロッツ。


 二人はやがて小屋の外で話をし始めたが、全員念のため息を潜め続けていると――

 

【ふざけんな、クロッツ】

【だってえ。団長に逆らって捕まえて、どうすんです? 副団長。次は俺が団長だ! ってかー?】

【っ、うるせえ!】

【二手に分かれましょーよー。ボク、ここで待ち構えておきますんで。ね?】

【ちっ】


 そして一人が馬に乗った気配がして、ひづめの音が遠のいていき……


【っし。もう大丈夫っすよーん】

 クロッツが小屋の中に入ってきて、首をコテンとした。

【大丈夫にゃ】

 リリもそう言ったので、杏葉はようやく

「ジャス、大丈夫だって」

 と伝えた。

「ふいー」

 

 魔法が解けて、みんなの姿が現れると

【すご! 誰々、誰の魔法!?】

 とクロッツが騒ぐので、杏葉は黙ってジャスパーを指さした。

「んっ!? なんだよ、あじゅ」

【すっげぇー!】

 キラッキラの目のクロッツが、ジャスパーにガバッと抱きついた。

「!?!?」

【かっこいーね! ジャスパー!】


 しっぽがブンブンである。

 

「ちょ、え、こわっ! なんこれ!!」

「ヨカッタネ」

「あじゅー! こら!」

「ぶっふふふふ」

「ダンさん!? ちょ、俺もしかして食われんの!?」

 青くなるジャスパー。しかも杏葉が無情にも

「……食べたい?」

 とクロッツに聞いた。

 

【! 味見しよー!】

 調子に乗ったクロッツが、ジャスパーの頬をそのままぺろぺろし始め、

「っっっっ!」

【っっっっ!】

 ジャスパーが割と真面目に怖がるものの、声を立てられず、静かに青い顔で必死に耐える様を見て、ダンとリリが無言で腹を抱えて爆笑していた。


【おいしー!】

「おいしいって」

「ひっ」

「っっっ」

【っっっ】


「クロッツ……ストップ」

【!?】

 杏葉の声でびし! と姿勢を正し、離れるクロッツ。

【はにゃー、命令したにゃ!】

 今度はリリがワクワク顔である。

 クロッツは、なぜか従ってしまう自分を不思議に思いながらも、しっぽは振ったままだ。

 

「ああ……ひでぇ目にあった……」

【そこから水出るにゃよ】

「ジャス、水道あるって」

「うう、洗う、うう」

「ぶふふふふ」

 ダンはずっと笑っている。割と酷いな、と杏葉は苦笑してしまった。


【人間て、毛がないから舐めやすいねー!】


 ちょっとそれは訳すのやめよう、と杏葉は思いとどまり、

「ガウルさんは、大丈夫でしょうか?」

 と聞いた。


【大丈夫なような、大丈夫じゃないような?】

 クロッツはまたも首をコテン。

「へ!?」

【アズハ、気にしなくていーにゃ。もともと団長は】

「待て」

 今度はダンが、気づいた。

【うん、来たにゃ】

「来た、て」

「「?」」

 リリの言葉で息を潜めていると、ブルルル、と馬の鼻息がし、シュタンと降りる足音がした。

 

 小屋に入ってきたのは、やはり

【……皆、無事か?】

 騎士団長ガウル、その人だ。

 

「ガウルさん! 無事です!」

 杏葉が言うと、ダンとジャスパーも頷く。

【そうか。突然すまなかった。まさか宰相がこちらに来ているとは】

「宰相さんが来ているのは、知らなかったんですね?」

【そうだ。あれに捕まるとまずい。言い分も聞かずに刑を執行する権限を持っているからな】

「なるほど、宰相というからには、とても偉い人。捕まったら、人間は終わりってことですね」

【その通りだ。アズハは賢いな】


 ぶわ! と杏葉はこんな時なのに真っ赤になってしまった。ガウルの透き通るような青い目が、優しく細められたからだ。


【すまない。奴は前から俺を失脚させるのを狙っていて、今回】

「巻き込まれたなんて、思っていません! ガウルさんがいなかったら、私達はとっくにあの町で終わってました!」

 ダンとジャスパーも、強く頷いた。

「魔王のことやエルフのことも、知れなかった」

「うまい飯も食えなかったっすよ!」

「うん! 魔王とエルフのことを教えてもらって感謝してますし、ご飯も美味しかったです!」

【……ありがとう】

 

 ガウルは小屋の中を見回し、大きな木箱に目を留めると、おもむろに蓋を開けた。


【必要なものがあれば、持っていけ】

「必要なものがあれば、持っていけ、て?」

【エルフの里へ行こう】

「エルフの里へ行く!?」

「え!」

「……連れていく、ということか? 団長自ら?」

「えと、ガウルさんが、連れて行ってくれる?」

【そうだ】

「なんで……?」


 ガウルは、杏葉を見つめて言う。


【俺は小さい頃、人間の子供とある森で友達になったんだ。お互い言葉は分からなかったが、確かに友達だった。それなのに、ある日突然居なくなってしまって……】

「人間の、友達がいた……」

【ああ。だから俺は、どうしても人間を邪悪な者とは思えなくてな。獣人の中ではかなり異端だと言われてきた。セル・ノア……宰相のことだが、奴は人間を憎んでいるから余計に対立していた。それでさっき、ついに騎士団長を解任されたわけだ】

「はあ!?」

【にゃっ!!】

【ええっ!!】

「え、なんだ!」

「なに、なに」

「ガウルさん、もう騎士団長じゃないの?」

【はは、そういうことだ】

「「!!」」


【というわけで、用心棒を雇わないか?】

 にやり、とガウルが笑う。

「ガウルさんが、用心棒になる!?」

「うおーい!」

「はは、びっくりだな。だが、あまり金は払えんぞ?」

「お金はないですが、雇いたいです!」


 ガウルは、す、と手を差し出した。


【成功報酬でどうだ?】

「成功報酬!」

「はは、のった!」

 ダンが、その手を握り返す。


【アタイも!】

「リリも?」

【人質にゃ!】

 リリがジャスパーを羽交い締めにする。

「ジャスが人質だって」

「仕方ないなぁ、だが金はないぞ?」

 ダンが笑う。

「わたしたち、お金ないよ? リリ」

【せいこーほーしゅーにゃ!】

「絶対意味分かってないでしょー」

【ははは! 俺と山分けだな、リリ】

【はいにゃ!】

「ちょちょ、俺いつ解放されんの!?」

「もう少し耐えろジャスパー」

「もふもふすればいいよ?」

「あじゅ、もふもふてなんだ!」

「えっとねー」


 クロッツが、またも存在を無視されていて涙目である。

 

【ちょっと! ぼくも!】

【クロッツはダメだ】

【えー! なんでー!】

【お前は騎士団に残って、状況を教えてくれないか】

【あー。なるほど。分かりましたよー】

【頼んだぞ、クロッツ男爵】

「クロッツ男爵!?」

「「え!」」

【ボク、こう見えて偉いんだよ、エッヘン】

 クロッツがドヤ顔をするが

【さあ、ここも見つかるぞ。急いで出発しよう】

「見つかるから急ごう、ですって」

「分かった。すまないがこのナイフ、もらうぞ」

「俺はこの剣と、鞄欲しい。リリ、離せってー」

【もふもふにゃ!】

「くっ、すりすりすんな! もふもふやべえ!」

 完全無視である。




【あおーん!】



 ……ドーベルマンの悲しい遠吠えで、新たなる旅が始まった。

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