これからの軽音楽部


 汗だくの中、体育館に響く盛大な拍手と歓声の鉛に撃たれる。


「ありがとうございましたぁっ!」



 大輝の声に合わせ、全員が頭を下げる間も続く拍手。

 全力を出して二曲を引き終えたのに、さらに興奮が高まる。

 その音が鳴り止まぬ中、ステージの幕が下ろされた。



『――以上をもちまして、開催式を終了いたします。皆さん、教室に戻り、先生の指示に従ってください』



 幕の外から聞こえる司会の声は、今後の流れを伝えている。

 ありきたりな模擬店に出すお金もない恭弥にとって、この後から始まる文化祭には微塵の興味もない。

 頭の中は軽音楽部の今後についてよりも、最高の時を過ごせたことに対する幸福感で満ちていた。



「ふう……」



 幕が下がり気が抜けたのか、それとも疲れがでたのか、恭弥の足はすぐに移動することが出来ず、その場にへなっと座り込んだ。



「おっつかれぃ! みんなすげー反応よかったよな!」



 相変わらずのテンションで、声をかける大輝の言うとおり、生徒の反応は申し分ない。先生たちもそんな生徒の空気に圧倒されたのかもしれない。ライブを楽しんでいたのは違いない。



「確かに。ミスるかと思ったけど、楽しかったわ」



 そう続けたのは鋼太郎。

 ダラダラと止まらない汗を、準備していたタオルで拭き取っている。



「お疲れ様でした。僕も皆さんと演奏できて、すごく楽しかったです」



 フワフワの髪が、汗で顔にくっついている瑞樹。

 頭に巻いたままの痛そうな包帯を気にすることなく笑う。



「だよな。ユーマも楽しかっただろ?」

「……まぁ。楽しかった」



 悠真の口から聞き出した言葉。

 目をそらして、汗を拭いながら恥ずかしそうに言う姿は、とても嘘をついているようには見えない。



「俺たち最高にやれたってことじゃん! な!」



 恭弥もやり残したことはないと言いきれるほどに、全てを出し切った。だから、大輝の言葉に静かにうなずいて共感を示す。



「……取り敢えず。ほら、さっさと片付けなよ。あっちで指示待ちしているサッカー部員がうずうずしてるし」



 悠真が指を指す先には、片付けに入るべきなのかを悩む集団がいた。

 手伝いをしに来て貰っているので、手持ち無沙汰に待たせるのは申し訳ない。演奏後の余韻に浸り続けることも出来ず、撤収作業に入った。



 ☆




「終わったっ! ふぅぅ! 疲れたけど、楽しかった!」



 全員の心の声を代弁するかのように、大輝が息をついた。

 機材を物理室へ運び終えた時には、すでに文化祭を始めるアナウンスがされていた。

 廊下を歩く騒がしい声が聞こえる。これから校内はうじゃうじゃと人が行き交うのだ。


 ライブ以外の面では人ごみが苦手な恭弥は、しかめっ面を浮かべる。



「皆さん、お疲れ様でした。生き生きとした演奏でしたね」



 物理室の席でだらける俺たちに、準備室から姿を見せた立花が白衣の袖をまくって手を叩く。



「他の先生たちの様子を見ていましたが、どの先生も楽しそうでした。これで廃部だと言うのなら、先生は教育委員会に訴えます」



 とんでもない手段を言い出し、皆が苦笑いした。

 長くいたわるようなコメントでも言うのかと、疲れ切っている彼らは息を吐く。だが、その予想は外れた。



「こんな最高のステージを作ることができる皆さんなら、更に向こうへ。進んで見ませんか?」



 またしても何を言い出すんだと、全員がきょとんとする。



「実は、高校の軽音楽部の大会があるんですよ。ほら!」



 立花が取り出したのは一枚の紙。そこには大きな文字で『バンドフェスティバル』と大きく記載されている。

 その存在を知っていたのは、ただひとり。



「あ、バンフェス」



 恭弥だけだった。

 バンドフェスティバルを略称で呼ぶ彼に、他のメンバーが「どうして知っているんだ」という顔で見る。



「流石野崎くん。こちらのバンフェス、分かりやすく言えば、甲子園みたいなものです。多くのアーティストも、ここから輩出されていて、熱い戦いをするんですよ! もちろんライブで、ですけれど。これに皆さんも参加してみませんか?」

「やる」



 即決で恭弥は言う。名前の通り、バンドでの参加が必須となるにも関わらず。

 他のメンバーに聞くことはなかったが、誰も止める者はいない。ライブで快感を得た彼らに、不参加という選択はなかった。



「うん! では皆さん、まずはバンド名を。参加のために必要なので」



 バンドの顔ともなる名前は、まだ決まっていなかった。羽宮高校軽音楽部ともなれば、彼らしかおらず、無名のままステージに上がっていた。いざ、名前を求められると悩んでしまう。


 地名やメンバーのイニシャル、造語。表記だって漢字、ひらがな、カタカナ、英語……どんな文字にするかで、イメージもがらりと変わる。

 漢字なら硬派に。ひらがななら可愛さが、英語ならかっこよさが。

 自分たちがなりたいものに合わせるのもよし、自分たちの今のイメージにするのもよし。

 ずっとついてくる名前だから、真剣に決めなくてはならない。


 全員唸りながら、案を出そうと試みるが何一つ出てこない。



「あらら……見事に皆さん黙ってしまいましたか。浮かばないのなら、歌詞からとるのもいいかと思いますよ。先ほどのライブで披露した曲からひっぱったりとか」

「歌詞、歌詞……あ! わかった! 俺、好きな歌詞あるんだよねー」



 立花のアドバイスを受け、大輝がひらめいたようにノートを取り出す。それは大輝用の歌唱トレーニングに使ったものであり、先ほどのステージで披露した曲の歌詞に加え、強弱や注意点が事細かに記してあるものだ。


 パラパラとページをめくって大輝はとある部分を指した。


『それでもボクらは歩き続ける』


 恭弥も気に入っている部分だった。



「いいんじゃない? でも全文だと長すぎるけど」



 悠真が賛同する。



「一部だったら、歩くとか、続けるとか? 日本語だといまいちだな」

「英語にすればいいんじゃないですか? WalkかContinue?」



 鋼太郎が単語を切り取り、瑞樹が翻訳していく。



「コンティニューってなんだかゲームみたい。というか、負けたあとに出てくる奴だよなー。だったらうぉーくの方がいい。俺、英語書けないもん」



 恭弥と大輝は勉強が得意ではない。自分たちの名前を書けないなんてなったらみっともない。大輝は恥ずかしがることなく、言いきった。



「Walkって動詞だし。Walkerウォーカーだったら歩く人ってなるから、歌詞に近いかも」

「いいな、それ。採用」

「わあ、キョウちゃん即決」



 Walker。

 歩き続けたいから、前に進みたいから。そんな意味を含めた名前にもなる。

 彼ら五人が進み続けるための名前が決まった。



「素晴らしい名前です。では、改めましてWalkerの皆さん。今日のライブを糧に、さらなるステージを目指していきましょう」

「はい!」



 廊下の活気に負けないWalkerの声が物理室に響く。



 この文化祭が、彼ら五人、Walkerの始まりのステージとなった。

 そして、Walkerは次なる目標――バンドフェスティバルでの勝利を目指して、再び練習をしていくのだった。






 了

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Walker ―羽宮高校軽音楽部― 夏木 @0_AR

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