第34話

基本方針を決めないといけない。

何のと言えば、今後のこの入れ替わった状態でどう生活するかだ。

朝シャンを終えたトバリナはお外はおろか、自宅でも見せられないような姿で現れた。少し大げさかもしれない、長めのワイシャツだけを着て、第二ボタンくらいまではずしてる。

幸いワイシャツの中にはキャミを着てるので、露出はそうでもない。

ただ、オレは濡れたシャイニング・ブロンドに免疫がないだけ。

それから、長めのワイシャツの裾から伸びた、少し肉付きのいい太ももに目が釘付けになるのは仕方ない事だ。


トバリナはリビングにドライヤ―を持ち出し、あぐらのまま髪の毛を乾かす。バスタオルで拭きながら、器用にブロ―した。

とばり自身髪の毛が長いので、扱いには慣れてる風だが、サブリナの髪の毛はくせっけがあった。

その間オレは何してるかと言えば、あぐらをかいて座るトバリナの少し長めのワイシャツの隙間から見える白いパンツを有難く見ていた。


「きわどいでしょ?」

いきなりノ―ルック・パスがトバリナからやって来た。ドライヤ―を止め、手櫛で髪の毛を束ねながらだった。

白を切ろうとしたが、残念ながら姉弟きょうだい

オレが何を考えて、何を見てるかぐらいはお見通し。とがめる感じでもないので頷いた。

「うん」

「外人さんってこんなのかなぁ…それともサブリナだけ? この娘、パンツ基本布面積わよ」

――布面積いかれてるってどういう意味?

そんなオレの疑問を待たずにトバリナは立ち上がり――『ふわっ』とさせた。

何をって裾長めのワイシャツを『ふわっ』と浮かせるように軽くタ―ンした。 

「ね?」

「『ね?』じゃないです、お姉さま! なにやってんの!」

「なにやるも、なにも。こんだけ布面積ないってことは『見えても』いいのかな、と。どう思います? 下着評論家の昇平しょうへいサンは?」

「誰が下着評論家だよ、っていうか『紐パン』なんだ」

「そうよ、ちなみにほとんど紐パン! 大胆よね、この娘。わたくし紐パンビギナ―じゃない? どうやって履くの? 履いてから紐くくるの? それとも紐くくってから履くの? って感じ。最初わたしったら『おむつ』な感じよ! わかる?」

オレは思春期特有の妄想でトバリナの露わになった姿を想像した。


「あとさ、昇平しょうへい。大変よ? 紐パンって、紐引っぱったら脱げちゃうの! 当たり前か……試しに引っぱってみる?」

「マジ⁉」

「ウソ」

「え?」

「『え?』じゃねえよ。あのさ、きのう一晩寝ずに考えたの」

「秒で寝てましたが。なんでそんなすぐばれるウソつくかな」

「う、ウソじゃないわい! う…そう、薄目で起きてたの! そしてたどり着いたの! この体のままじゃ指一本触れさせないって! だって損じゃない⁉ おいしいとここの娘が持ってくのよ!」

「おいしいとこって……あとさっき、いきなり膝枕してましたが?」

「うっさいな! 自分基準よ! さじ加減は私! 知ってんでしょ、私のそういうところ!」

「はい、嫌というほど…」

「なんだって?」

「いえ…」

サブリナになったところで、言論統制はされる模様。

「なんにしても、この娘の体で発情とかなし! いい?」

じゃあ、なんでパンツ見せたんだ? オレは無理やり本題に戻した。


「どこまで『この事』オ―プンにしるか、かぁ。まぁ…今知ってるのは当事者の三人とお父さんなワケだよねぇ。お父さんはお母さんにには内緒だって言ってたね。どこまでって、お母さん以外ってこと? なんで?」

トバリナはオレが淹れたコ―ヒ―を口に運びながら尋ねる。マンションの最上階。最上階にはこの部屋しかなく、テラスと呼ぶには広すぎる空間に置かれたテ―ブルに腰掛けながら向かい合う。

「このまま戻らないなら、協力者がいるだろ?」

「どうかなぁ…私はお父さんが言うように、知ってる人数が少なければ少ない方がいいと思う。一応、体の元の持ち主が知られたくない事以外は何となくわかるっぽいし…それに協力者ってどうせのぞみとムツなんでしょ⁇ やめとけば?」

トバリナは伸びをして、木製の椅子にもたれた。


「ダメか?」

「――ダメとかじゃないけど、ムツはこういうの無理でしょ? 嘘つけないし、すぐ顔に出るわよ。たぶん負担になると思う」

ん……確かに六実むつみはそうかも知れない。内緒ごととか無理なタイプだ。黙ってることが返って重圧になるかも……

のぞみは?」

のぞみは論外よ、あの子そんな繊細な神経持ってないわよ。内緒ごとは出来るだろうし、ある程度は気を回してサポ―トしてくれるでしょ」

「じゃあ、よくない?」

「よくない。のぞみに出来てムツに出来ないなら、きっとムツは空回りを始める、壮大なヤツ。そうなったら逆に人目を引くし、かわいそうでしょ? ムツが。今はこれ以上問題を増やさないことね。私的にはショコラって娘とたちばなって子は未知数だから」

悪い子じゃないだろうけど、そんな一言を付け足した。トバリナの言ってることは間違いじゃないと思う。でも実際の問題そこじゃない。

実際の問題はサブリナになったとばりではなく、とばりになったサブリナだ。

元々日本の文化にそれ程詳しくないハズだし、トバリナはなんやかんやと問題なのは帰宅後、ひとりになって寂しい時だ。教室では少なくともオレがいるし、もう県立江井ヶ島えいがしま高校で一年過ごしているので、不慣れとかはない。

だけど、体から情報を引き出せるとはいえ、サブリナは転校したて。日本にどれくらい馴染みがあるかさえわからない。しかも、教室では一人だ。


「問題はサブリナかぁ…」

「うん……」

「一回家に帰ろうか」

そう言ってトバリナは残りのコ―ヒ―を口に含み、リビングへ戻った。相変わらず裾の長い白のワイシャツの下にはパンツだけだ。朝日越しにうっすら透けた白色の布地が見えた。


着替えを終え、オレたちは最寄り駅に向かう。向かう途中、少し前を歩くトバリナの背が気になった。そういえば……

「姉さん」

「ん? あんた、忘れたの?『姉さん』はダメでしょ? まぁ『あんた』もダメだけど」

サブリナの声にしては落ち着いた感じだ。同じ声でもこうも違うのか。

「―で、なに?」

「そうそう、道わかるの?」

「道? 駅までの? そりゃ大体はね。そんな来たことないけど、知らないワケじゃないし。何で?」

「ん……そうじゃなくて、ほら。サブリナって――」

「あっ、圧倒的方向音痴だ……ってことは、あの娘わたしの体で迷子になる気? いや、それヤバいでしょ、さすがに今更わたしが学校で迷子なんかなったら……」

トバリナは苦い顔した。苦い顔したまま電車に乗り、一言も交わさないまま自宅最寄り駅で下車し、駅前のコンビニで女性用下着をあるだけ買った。どうも『紐パン』はお気に召さないようだ。


「これでよし、悩み事はひとつひとつ解決しないとね。あっ、でもこの娘のお尻Lサイズかしら……意外に肉付きいいのよ。どう思う」

どう思うと言われ、ついサブリナの腰回りを見てしまう。

私服のサブリナを見るのは初めてだ。スポ―ティ―なとばりと違い、すこしフリフリした感じの服装だ。

「大丈夫じゃない? 無理ならとばり……サブリナの方のとばりが履けばいいだろ?」

「それもそうだけど、なんか下着シェアしてる感じで嫌だな……いや、待てよ。あんたの……昇平しょうへいサンのこともシェアしてるのかしら?」

「『かしら』ってなに?」

「いや、そんな変な日本語使いそうなイメ―ジよ、そう思わない」

残念ながら激しくそう思う。

そしてオレは出社しかけた母さんと玄関でバッタリ出会うことになる。

中身は娘なのだが、いや本来的には血縁関係のない娘なんです。

そういえば普段からそこそこ『バチバチ』な関係だったかも……

断って昨晩出掛けたとはいえ、これって朝帰りだよな、たぶん。


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