第35話

疑似嫁姑の戦いと呼ぶべきか、それとも母娘喧嘩と呼ぶべきか少なからず我が家の玄関先は風雲急を告げる状態だった。

元々『中の人』とばりさんは喧嘩上等な性格の持ち主。オレは一刻も早く諸事情を知る父さんを呼びたかったのだが――


「おはようございます! お母さま。昨晩はわがままなお願いをしてしまって、ごめんなさい!」

ぺこりん。

あろうことか『中の人』とばりのハズのサブリナは最敬礼からのにこやかな笑顔を見せた。

そのあまりの爽やかさに母さんは息を忘れてるようだったが、オレと目が合い『はっ』とした。


「いいのよ、それより大丈夫だった? 仕方ないわよあんな怖い思いした後なんだから。ウチのとばりなんてまだ寝てるのよ~~」

明らかに余所行きの声でサブリナの手を握った。

どうやらオレの心配は考えすぎだったみたいだ。

母さんと立ち話するトバリナの手は隠れて『ピ―スサイン』をしていた。

さすが、長年伊達に娘してるワケじゃない。

最終「ウチの昇平しょうへいでよかったら、いつでも呼んでいいよ~」まで言わせる始末。こんな芸当が出来るなら、なぜ普段からそうしないんだ?

オレはまあまあ釈然としないまま、母さんを見送った。


「さぁて、入りましょうか住み慣れた我が家に」

リビングに入ると父さんは台所の片づけをしていた。

トバリナは父さんを見ると軽く手を振り、ニンマリと笑った。

とばり的には本日の初動ミッション『母さん攻略』を早々に片付け、上機嫌なんだろう。

「どうだった?」

「ん……どうもこうも。ひとりには広すぎるマンションなのよ。テラスなんて冗談抜きで牛飼えるわよ。まぁ、ケガしてる昇平しょうへいには悪いなと思うけど、助かったかな、ホント」

オレと二人の時はそんなこと言わないくせに、父さんが混じると素直になる。

オレもそうなんだけど。

「サブリナ……姉さんは?」

「うん。一度起きてきたんだけど『とばりはこんな時間起きないから』って。いま部屋だ」

流石、お父さんわかってる~~みたいな反応だが、これでいいのかと思いながらオレは一人サブリナならぬサバリの元へ。


オレはひとまずとばりの部屋の前で立ち止まり呼吸を整えた。

小走りで階段を駆け上がったからか、それともサブリナに会うからだろうか鼓動が高鳴る。

コンコンとノックすると少しの物音と共にドアが開いた。

上目遣いのとばりの姿をしたサブリナのすうっと伸ばした指先で、部屋の中に引き込まれる。

そして――

サブリナはとばりの姿で後ろ手にドアを閉め、唇を重ねてきた。

焦るものの、押し退けたりはしない。

姉に対して使う言葉ではないが、夢にまで見たとばりのぷっくりとした唇の柔らかさに意識が集中する。

どうでもいいとかじゃない、離れたくない気持ちが溢れる。

例え「中の人」がとばりじゃないとしても。


この気持ちは何だろう。

恋心なのはわかる。

わかるけど、何に対する恋心なんだろう?

それと誰に対しての恋心なのか。

生まれてこのかた、思い続けたとばりに対してなのか。

突然現れた普段は陽気な腹ペコ娘、しかしもしかしたら表に出していない、出せないネガティブな感情を持った外国からの転校生なのか。

答えが見つけられないまま、オレはとばりにしたように同じ問い掛けをする。


「あの、サブリナ。いま…体姉さんなんだけど」

サブリナはとばりがしないような、呑気な顔で考えを巡らせてる。

そしてサブリナから出た答えはすごくシンプルだった。


「知ってますよ? でもキスしたいって思ったのは私なんです。自分の体に戻るまで待ってたら昇平しょうへいさんへの思いは届きません。自分を待たせるのってクセになりますから」

ニコリと笑う『自分を待たせるのってクセになります』意味深な言葉とは違って、笑顔には曇りがない。

満足したとばりの顔したサブリナはオレから少し離れた。

階段を上がってくる音を気にしたわけではないようだ。


とばりから……じゃない、サブリナちゃんから聞いた」

サブリナの姿をしたとばり、トバリナがオレたちを呼びに来た。

リビングで父さんを交えた4人で話すことになった。

いまさっき母さんは仕事に出かけた。

父さんが休みだということと、休校になったことで心配事が薄らいだのだ。

そして父さんの話だ。


昇平しょうへいが言うように、仲間の協力は必要だと思う。でも僕もとばり――サブリナちゃんもリスクが高いと思ってる。このことが広まっていいことなんかない。だから両方の意見を取り入れて情報の出し口を絞りたい」

トバリナは腕組みをしながら、サバリはきょとんとした顔しながら聞いていた。

父さんの言ってることは理解できるが、具体的な話となるとわからない。

「どういうこと?」

そんな少し間抜けな質問をするしかない。


「学校に限っての話をすると、問題になるのはとばりになったサブリナちゃんだ。サブリナちゃんになったとばりは、1年間通った学校だしクラスに昇平しょうへいがいる。最悪何かに困ったとしても『転校生だから』とか『文化の違い』とか勝手に周りが解釈してくれる。問題は――」


明らかに状況的不利はとばりになったサブリナだ。

フォロ―したくてもオレはクラスにいないし、転校したてで1年間慣れ親しんできた学校のフリをしないとだ。

なかなかのハ―ドモ―ドになるだろう……



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