第28話 ラブコメの神さまが、ほくそ笑んだ。

サバリ(サブリナ)によるまさに「痛みを伴う」お手伝いを無事(?)終えたオレはサバリにお礼を言い、脱衣所から退出して貰うことにした。

いくら見た目が姉とばりとはいえ、これ以上はチョットだ。


大体とばりとは血縁関係がない。

そして今、中の人はサブリナなのだ。

血縁もなければ、中の人もとばりではない。

もう、どういう関係かすらわからない。

オレは慎重にスウェットを脱ぎ浴室に入った。


とばりとは血縁関係がないとはいえ、本物のとばりはオレが浴室にいる時でも、脱衣所には入ってきていた。

それはオレも変わらない。

生活環境的に脱衣所には洗濯機と洗面所を兼ねていたので、歯磨きや手洗い、あと洗い終えた洗濯物を取りに来ていた。


もちろんしつこいくらい、オレはノックをするが、そういえばいつもとばりはノックとほぼ同時に引き戸を開いていた。

別れて一時間ほどで、もうとばりの事を考えている。

我ながら手に負えないシスコンだ。


オレはしかたなく、いつもならシャワ―で部活の汚れを一気に洗い流していたが、ここまで重症の擦り傷なので慎重に手桶にお湯を溜めた。

お湯を溜めたものの、それを体に掛ける勇気が出ない。

(タオル濡らして体拭くぐらいでいいか…)


自分の汗のにおいを嗅ぎながら、出来ればズルしたかった。

頭や顔、足の裏なんかだけを洗うだけでいいんじゃない?

いっそ、デオドラントシ―トで手の届く範囲だけ拭くとか?

誰も見てないし……絶対ひじもひざもシミるヤツだ。

オレは早々に入浴をあきらめ最低限の「カラスの行水」にしようとした時、脱衣所から「コトリ」と音がした。


父さんか?

手伝ってくれようとしてるんだろうけど、思春期的には同性の身内でもそれはそれで恥ずかしい。

オレは耳を澄まして脱衣所からの音を聞いた。

まぁ、部屋着の袖やズボンの裾をまくって手伝ってくれるつもりなのだろうが、ここは丁重にお断りしよう。


「―父さん? オレ、ひとりで大丈夫だから……」

しかし、脱衣所からの反応がない。

あれ?

気のせいかと思った矢先、浴室のドアがゆっくりと開けられた。そこには――

「ね、姉さん⁉ じゃないや、サブリナ…でもない、やっぱ姉さん! な、なにしてんの⁉」


そこにはバスタオルを巻いただけの姉とばりではなく、中の人サブリナのオレ称サバリがいた。


「お、お母さまが『最後まで手伝ったの?』って怒るの……それで私……」

完全に涙目だ。

いや、怒ったのは今のサバリ(サブリナ)にではなく、いつもの正真正銘の姉とばりにだ。

母さん的には「どうせいい加減なことしてきたんでしょ?」なのだ。

それで「最後まで」なんて言われたんだろう。


きっといい子のサブリナは母親に怒られる免疫なんかない。

しかも自分の親じゃない。

きっとショックを受けて手伝いに来てくれたのはいい。

でも「最後まで」って母さん的にはきっと「新しい包帯巻く」までのことで、少なくとも裸タオルではない‼


何より我が家は他の姉弟きょうだいとは違う!

血縁関係がないのだ。

しかも、しつこいが生まれながらのひとみ惚れなオレ。

刺激が強いなんてもんじゃない。

オレは思わず後退りする。

それに合わせてサバリは浴室に足を踏み入れる。

付け加えるならサバリはタオルでの隠しが甘い!


もう、ポロリ寸前じゃないか……オレは生唾を飲み込みサバリを説得しようと言葉を探した、その時だ。


『つるん』


ベタな効果音と共にオレは足を滑らせ背中から湯船にダイブした。

「し、昇平しょうへいさ……昇平しょうへい⁉」

後ろ向きで頭から消えたオレにサバリが慌てたのは言うまでもない。

湯煙の中オレは後ろ向きに湯船の淵に足を取られ、おぼれかけた。

ひじやひざが痛いなんて言ってる場合じゃないくらい。


いや、それ以前に色々問題がある。

そもそも、ひとりで風呂に入る時に『前』を隠しているか?

もちろん隠してない。

それどころか手にタオルすら持ってない。

確かに本物のとばりは入浴中そこそこ脱衣所に来る。

話しかけてくるが扉を開けたりしない。

その逆も然り。

オレだって脱衣所に来て少しくらい声を掛けるが、それは飽くまで『えっち系ニアミス』を避けるためだ。


うっかり、何も隠さないまま浴室から出てこないようにする――山歩きする時に熊避けに鈴を鳴らしながら歩くに近い。

つまりはココにいますアピ―ルだ。

しかし、サバリ(サブリナ)はノ―ガ―ドで凸ってきた。

いや、サイズの合わないタオルで前だけ隠してるけどね?


何が言いたいかと言うと、オレは『つるん』と滑って背中から湯船にインした。

そしてタオルを持参してないオレは、いわゆる『モロだし』状態。

しかも湯船の淵に足を取られたものだから、引っかかってる感じ。

女子なら完全に「お嫁に行けない」案件だろう。

しかし、事態がこれで収まるワケもなく――


『つるん』


オレを助けようと手を差し出したサバリはまんまと「ラブコメの神様」よろしくな感じで足を滑らせ前を隠していたタオルは宙を舞った。そして――


『ざぶん~』


波打ち際のような音を立てて前のめりで、これまた湯船にインした。

オレの時と違う点があるとするなら、オレは後ろ向き、サバリこととばりの姿をしたサブリナは前向き。

そして付け加えるならオレに重なるように飛び込んできた。

つまりオレに覆いかぶさるようにサバリは湯船にダイブした。


オレはといえば咄嗟に庇おうと両手で受け止めようとした。

その手には「むにゅ~ん」とした感触に包まれ、オレはサバリの下敷きになって湯船の底に沈んだ。


「あ⁉ 昇平しょうへいさん‼ だ、大丈夫ですか⁉」

サバリは慌ててオレの上半身に手を回し、抱きかかえるように湯船の底から助け出してくれたが、もう全身いたる所が「むにゅ~ん」とした感覚に支配された。

急にの事なのでさすがにオレはお風呂のお湯を少し飲み込み激しくむせた。


「だっ、大丈夫ですか⁉ 昇平しょうへい⁉」

「だ、大丈夫。少しむせただけだから――サブリナ…とばりは?」

「私は大丈夫です! びっくりしただけですから!」

そう言って無垢な笑顔で笑った。

頭のてっぺんまでふたりともずぶ濡れだ。


ところで、オレが気付いてサバリが気付けてないことがある。

そう、サブリナは姉とばりの体でオレを抱き起した。

その時オレ氏アイには、完全にあらわになった胸やら何やらを脳内録画状態になっていた。

でもさすがにこれはいかんだろうと自主規制した。泣く泣く脳内をモザイク処理したのだ。


オレは近くにあったタオルをサバリに手渡し目をそらした。

サバリははじめ「うん?」みたいに小首を傾げていたが、ようやく事の重大さに気付き、鼻の高さまで湯に浸かり隠れた。

お湯をブクブクいわせながら「その……見ましたぁ⁇」と小声で尋ねた。

いくらなんでも「あの状況」で何も見てないとかありえないので、オレは小さく頷いた。


「あっ、でも姉弟きょうだいなら見慣れてますよね?」

藁をも掴むとはまた違うのかも知れないが、サバリはありえない可能性を口にした。

「あぁ……サブリナの国じゃわかんないけど、日本でしかも高二の姉の裸見慣れてるってのはまずないよ? 実際たぶん一緒にお風呂入ったの小一くらいだから…」


オレは申し訳なさそうに言うと「私の国もそうでしたぁぁ」と消え入るような声を出す。

オレとサバリは背中合わせで湯船に浸かっていた。

風呂から出ようにもサバリに渡した体を隠すには小さいタオルがあるだけ。

オレたちは裸で湯船の中、背中合わせで体育座りしてた。

お互い恥ずかし過ぎて風呂から出ようにも出れない。

でもこのままダンマリでいるわけにもいかない。

オレは言葉を探したが見つけられないでいた。

すると意外にもサバリが話しかけてきた。


「お互い完全に見えちゃいましたね…」

「うん、そうだなぁ……」

「お姉さま…その、本物のとばりさん。怒りますぅ?」

オレは少し考えて背中越しに首を振った。怒らないって意味じゃない。


「当分イジられるだろうなぁ~『あんた、私の裸見たでしょ!』とか『触ったくせに口答えする気?』とか。まぁ、悪気があるワケじゃないし――黙ってようか」

そんな感じでまとめに入ろうとしたが、サバリは軽い身震いをした。

湯冷めでもしたのか、少し心配になる。

いつまでもふたりして風呂に浸かっているワケにはいかない。

「あの……昇平しょうへいさん」

「ん?」

「その……私、ドキドキしてます」


あぁ…それ言っちゃいますか。

オレもなんですけど……どこかで「ぽちゃん」と水滴が落ちる音を二人で聞いていた。






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