第27話 人のやさしさが身にしみる、夜。

「ど、どうしよ……お父さん」

今にも泣き出しそうなサブリナの顔で、とばりはたずねる。

まだなにもかも決まっていない。

この状態でトバリナ(とばり)ひとり、サブリナのマンションに行かせるのは危険だ。


「あの…マンションには誰もいません。母は本国ですし、父は東京本社です。寂しいのだけ何とか我慢できれば……」

「勝手なこと言わないでよ、そんなの無理よ。大体こんなケガしてる昇平しょうへいのお世話誰がすんの? 私がするに決まってるわよね?」


ケガや病気をする度、姉とばりは毒を吐きながらもお世話をしてくれた。

それは今に始まったことじゃないし、だからオレはお返しに普段とばりのちょっとしたわがままを嫌がったりしない。


とばりも辛いだろうが、オレだって同じだ。

見た目とばりのサバリ(サブリナ)が傍にいるとはいえ、そういうことじゃない。

とばりが不安なように、オレも不安で仕方ない。

気付けば玄関先で母さんと女性の話す声が聞こえた。

恐らくサブリナの迎えの人だろう、場所が分かったのは位置情報を共有してるからだろう。

そうなると時間はさらにない。


とばり、サブリナちゃん、お互いの情報はんだね?」

父さんはとばりの気持ちは理解しているが「巻き」に入った。

最悪サブリナの家族ならともかく、会社の人となると信用していいかどうかすらわからない。

父さんの中ではお迎えの人には「入れ替わり」を内緒にすることを決めたのだ。

それだけではない、父さんは驚きの方向性を示した。


「いいか、三人とも。現段階ではこの『入れ替わり』の事は母さんには内緒だ」

「父さん、それって―――」

「もう時間がないから簡単に言うと、たぶん母さんにこの事を受け入れる順応性はない。きっと混乱するし、人は混乱したら誰かに相談したくなる。同僚だとかご近所に…そうなると取り返しがつかなくなる」

「―でも、お父さん」

そう言ってトバリナ(とばり)は前置きし、サブリナの姿で抵抗する。


「どうせならオ―プンにしたらダメなの? そうしたら私だって『この娘』の姿で堂々とこの家に居れるし『この娘』だって私の姿でマンションに戻れるんじゃない? それが自然だと思うんだけど……」

オレもトバリナ(とばり)の言ってることが正しい気がする。

母さんにちゃんと話して、サブリナのご両親に今起きてる事態を話せば何とかなる気がする。


「それは危険だ」

「危険…ですか?」

サバリ(サブリナ)はこの緊迫した状態でも、きょとんとした顔で父さんに聞き返す。

普段のとばりを知るオレや父さんからしたら違和感でしかない。


「うん、もし今回の事を重く受け止めてサブリナちゃんのご両親が、サブリナちゃん

を本国に送り返す事態になったらどうなる? 今より状況が複雑になりかねない。僕としては何としても、サブリナちゃんになったとばりを手の届く範囲に置きたい。近くなら対処方法が見つかるかもだし、対処方法を見つける時間を確保しないと。細かいことはこれから考える。だから今は今夜バレずに乗り切ることに集中してほしい」


この短時間で父さんはとばりを取り返す方法を考えていた。

それにはどうしても時間を稼がないといけない。

それに父さん任せばかりに出来ない。

オレだって思考停止してる時じゃない。

その為には父さんの「今は時間が必要」という思いがもっとも理にかなっている。

だけど、先延ばしにしてるワケじゃないことをとばりにはわかってほしい。


オレはトバリナ(とばり)の手をきつく握り、サブリナの顔した姉に話しかけた。

「姉さん、出来ることは全部する。だから今夜は父さんが言ってる通りしてほしい」

「ホント? 私より『サブリナの方がよくない? 優しくない? やっぱ女子は癒し系だよな?』になんない?『一層このまんま元に戻んなくてもよくね?』とかなんない?」


憎まれ口を叩きながらくしゃくしゃになって涙を流す。

泣き方ひとつでもこうも違うんだなぁ……「オレのこと信じてほしい」ズルいかも知れないが、この言葉を信じて貰うしかない。

トバリナはコクリと頷き雑に袖で涙を拭いた。


「はじめまして、わたくし昇平しょうへいサンに大変お世話になっております、サブリナ・ティス・ホリ―ウッドと申しますぅ。お母さま、よろしくお願いします、デス!」

頭を切り替えたトバリナ(とばり)は階段を降り、玄関先で母さんにブリブリの愛想マシマシで挨拶した。

足はぴょんとはね「てへっ」みたいな顔した。

おい、さっきまで号泣してただろ?


流石に自分の姿でここまでブリブリの態度されると、温厚なサバリ(サブリナ)もジト目になる。

それはそれでかえって普段のとばりぽくてよかった。一通りの挨拶を終えた母さんはオレの傍に来る。


昇平しょうへい、怪我は大丈夫なの?」

「うん、痛いけど。骨とかどうもないし。あっ、でも風呂が恐怖でしかない」

とばり、あんたお手伝いしてやんなさいよ。いつもやってもらってばっかでしょ?」


サバリ(サブリナ)はきょとんとした顔をするものの、自分の事だという認識があるようでコクリとだけ頷いて、オレの顔を見た。

こんな感じでいい?

みたいな目をするからわからない程度に頷きと見るからにホッとしていた。

オレはそれから、サブリナのお迎えの女性に事故の事でのお礼を言われた。


「後日社長がご挨拶したいとのことです」

そんな感じで深々と頭を下げ、トバリナ(とばり)と伊吹いぶき家を後にした。

そしてそこから程なく、オレは今世紀最大級の緊張を味わうことになる。


「あの……昇平しょうへいさ――あの…昇平しょうへいぃ。その…お母さま…じゃなくて、お母さんがお手伝いするようにって、それで――来ました」

場所は我が家の脱衣所。


両ひじ両ひざそれから手のひら、手の甲が残酷なくらい擦り剥いていた。

半泣きになりながらもいくつか包帯をほどいたとこだ。

そこに顔面真っ赤に染めたサバリ(サブリナ)が手で指で目元を隠しながら現れた。

入れ替わってるから見た目はとばりだけど、中身はサブリナ。

つまりは簡単に言えばクラスのS級美少女転校生と自宅の脱衣所で二人きり。

しかも母さんの指示だ。


「あっ、父さんは?」

「はい、お父さま……お父さんが手伝うって言ってくださったのですが、お母さま…お母さんが『あんたもたまには働きなさい』って……どうしましょ……」

どうしましょと言われても、オレはすでに上半身裸だった。

慌ててシャツを着るべきなんだけど、体中擦り傷と打撲で思うように素早くは動けない。

何とか手のひらに巻かれた包帯はほどいていたが、ひじとひざがほどける気がしない。


「サブリナ……姉さん、手伝って欲しいけど。嫌じゃない?」

「いっ、嫌とかは全然です‼ 全然ですけど…き、緊張してますぅ」

「あっ、大丈夫。オレもだから」

オレは安心させるためにサバリ(サブリナ)におどけて見せたが、オレの言葉が届く余裕はないみたいだ。

ちなみにオレも同じだ。

血縁関係がない姉とばりに恋心がないと言えばウソになる。


中の人がサブリナとはいえ、幼い時から恋心を抱くとばりが目の前で真っ赤な顔して照れまくってるのだ。

ドキドキが感染しないワケない。

「ほ、包帯がうまくほどけなくて…」

「あっ、やります‼ ま、任せてクダサイ!」


いつも日本語がうまいサブリナ――サバリなのだが片言の日本語。

緊張が隠しきれてない。

いや、そもそも緊張を隠すまで頭が働いてないみたいだ。

怪しげに震える指先、拭いきれない不安感が漂いまくる…


そしてオレの嫌な予感は簡単に確信へと変わった。

サバリ(サブリナ)が慎重に包帯をほどけばほどくほど、面白いくらいに指先が擦り傷に当たった。

その都度「ごめんなさい~」「すみません!」を連発するが、想像以上不器用だ。

口が裂けても言えないが、これじゃあ自分でした方がはるかに痛みが少ないだろう。


半泣きになりながら頑張ってくれたが、実際泣きたいのはオレの方だ。

そしてサバリには悪いが、とばりの有難さが身と傷口に沁みた夜だった。


 




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