第26話 ハ―ド・モ―ドへようこそ。

「つまり、最悪の事態を想定しろってことだよね、お父さん?」

サブリナになったとばり、オレ称『トバリナ』は父さんに確認する。

父さんは慎重に考えて少し首を振った。


「それはそうなんだけど、いま決めとかないとって事に絞りたい。だから『最悪の事態』まで今日は話が行かないと思う」

オレとサブリナになったトバリナ(とばり)は顔を見合わせた。

さっきまでと打って変わって父さんがあまりに慎重だ。

いや、慎重にならないといけないことがあるのか?

オレたち姉弟きょうだいに緊張が走った。


だけど口を開いたのはとばりになったサブリ(サブリナ)だった。


「その…お父さま。そんなに決めないといけないことがあるんですか?」

「ある。例えば、どうするのかだ。具体的には『この事』をオ―プンにするのか、秘密にするのかを決めないと。それからどこまでオ―プンにするか。僕は今回の『入れ替わり』は秘密にしないとダメだと思う。それこそテレビだとか、研究だとか実験だとかで、下手したら政府とか、普通の生活は送れなくなる。運が良ければ明日には元通りかも知れないかもだけど」


「それは、オレもそう思う」

「ん…私もそうかなぁ…サブリナは?」

「えっと、はい! 私もです!」

オレは今のやり取りを見て違和感を感じ、考え込んだ。


「お前も気付いたか? そう、呼び方も決めないとだ。この四人なら問題ないように感じるかもだけど、ふとした時に昇平しょうへいがサブリナちゃんに『姉さん』って話しかけたら、どうなる? 周りは変に思う。一度や二度ならまだしも、度重なるとやがて違和感が疑惑に変わる。僕的には呼び方は容姿、つまり見た目に合わせないとダメだと思う。だから僕がとばりに用事があるなら『サブリナちゃん』って話しかけないとだし、実際のサブリナちゃんに話す言葉じゃないとこれもおかしい。簡単に『馴れ馴れしいよね』になる」


「じゃあ、私が『お父さん』って呼んだらだめなの?」


トバリナ(とばり)は少し不満げに口を尖らす。

「ん…僕を『お父さん』って呼ぶのはそう問題じゃない、周りは『昇平しょうへいのお父さん』って意味で言ってんだろって、解釈してくれる。だけど――サブリナちゃんがとばりの体で、僕をさっきみたいに『お父さま』って呼ぶのは少しヘンだと思う、まぁ…お小遣いをねだる時は『お父さま』だけどな」


トバリナ(とばり)はシャイニングブロンドの髪を横に束ね直し「じゃあ、ここに座るのもヘンって事かぁ…」そう言ってトバリナは父さんの隣を立ち、オレの座るベットの隣に座りなおした。


「あんたがあっちよ」と父さんの隣のクッションを指さした。


昇平しょうへい。サブリナちゃんは『あんた』とか言ってたか?」

「えっ? いや、言ってないけど…それって――」


「えっ? じゃあ私この娘のなの?」

トバリナ(とばり)は自分の顔、つまりサブリナの顔を指さして天を仰いで『ゲッ』みたいな顔した。

いや、こんな顔サブリナはしないよなぁ……


「そこまでじゃないにしても『寄せないと』だな。例えばサブリナちゃんが昇平しょうへいに『あんた、早くしなさいよ』なんて言ってるの聞いたらとばりならどう思う?」


「それは……ヘンよね。いや『おかしいですぅ!』か?」


「お、お姉さま! 私そんなバカみたいな声してません!」

「いや、…じゃないや――…お姉さまは概ねバカみたいな声出してますぅ、けど? うわっ、これ思ってるよりムズいわぁ…昇平しょうへい、じゃないや……『昇平しょうへいサン、どう思いますぅ?』みたいな?」


なんだろ……この拭いきれない闇鍋感は。

うまく行く気がまったくしない。


「ほら、あんたも…じゃないわ。お姉さまもやってみなさい、じゃない。やってみてクダサイ!」

「姉さん、じゃないやサブリナ! なぜに語尾が片言に?」


「えっ? だってこの娘、海外からの転校生でしょ? そもそも日本語うま過ぎなのよ、もっとほら、外国人チックなキャラ付けしなきゃでしょ? キャラ立ってなくない?」


いや、別に本物のサブリナ日本語うまいのに、今更キャラ付けいらんだろ?

だいたいキャラ立ち必要か?

そんなどうでもいいこと考えてたら隣に座るとばりになったサブリナ――サバリ(サブリナ)がもじもじしながらオレを見て――


「その……しょ…昇平しょうへいさ――あの、昇平しょうへいぃ?」

サブリナはとばりの顔で真っ赤になりながら、頑張って呼び捨てにした。

あれ?

なんてことでしょう、これいい!

とばりの恥じらった顔、サイコ―!

あっ、サブリナになった本家とばりのトバリナ。

器用に三白眼にしてからのジト目が痛い‼


オレはそんな元祖とばりのジト目を避けるために質問を、サブリナ――とばりになった、オレ称『サバリ』に聞いてみた。


「あの、

「姉さん?…あっ、私だ! な、なんでしょう? 弟の昇平しょうへいさ……昇平しょうへい?(かぁぁぁあ‼)」


「オレの誕生日なんだけど――」

「誕生日? 五月二十一日ですよね。そうだ、お誕生日プレゼントは何がよろしいですか?」


「これはでかした、昇平しょうへい


「あんた…昇平しょうへいサン、すごいですわぁ!」

「その…どういうことでしょうか?」

オレは抜き打ち的にをテストした。

つまり魂だか心だかはわからないが、とばりとサブリナは入れ替わっている。


仮に心だとして、とばりがサブリナの体の中でオレや父さんを認識しているということは、心の方に「記憶」があると思っていい。

それは試すまでもなく会話でわかる。


その記憶は自分の記憶で、問題は入れ替わった先の方の記憶があるか、どうかだ。

そこで、体の方の記憶にアクセス出来るかどうかが、これから先「普通の生活」を演じれるかどうかの分かれ道になる。

何が言いたいかというと、元の体が持つ「当たり前の記憶」にアクセス出来なければ、知ってて当然のことを、覚えることから始めないといけない。


例えばとばりがサブリナの記憶にアクセス出来ないなら、体の基本情報――誕生日だとか血液型、部屋のどこに何があるかなどを、知ることから始めないといけない。

それはとんでもない労力で情報量だ。

自分の事だけじゃない。


さっき試した「弟の誕生日」がわからないなら、家族全員の誕生日や基本情報、何が好きで嫌いか、それくらい知ってて当たり前のことを覚えないと「普通の生活」を演じるのは無理だ。

そのことが分かっただけでも、時短になる。

そう、きっと今オレたちは時間がないハズだから。


「え⁉ それどういうこと、お父さん」

とばりはサブリナの顔で仰天した。

適応力があり、父さんという協力者を得たトバリナ(とばり)は今の状況を『イ―ジ―・モ―ド』に感じていたのだろうが、実はサバリ(サブリナ)よりも数段『ハ―ド・モ―ド』になるのはオレも感じていた。


「残念だけど、サブリナちゃんとして家に帰らないとだろ?」

「あぁ…マジか……えぇ…」

トバリナ(とばり)は可哀想なくらい凹んだ。

とばりは家族大好き女子だ。修学旅行でスマホ持ち込み禁止と聞いただけで、参加しないと即答するくらい家族ナシではいられない姉なのだ。

ちなみに修学旅行は家族の分厚いミニアルバムを持ち込むことで、何とか乗り切った。


二泊三日でこれだ。

一週間の野外活動ではマジで逃亡をはかったツワモノだ。

そんな家族といるためには手段を択ばない姉とばりが、サブリナとして無期限で家を離れるのは拷問と言っていい。

「いや、絶対嫌っ! 昇平しょうへい、あんたからも言って。無理よ、そんなわかるでしょ? お願いなんかない?」


実は入れ替わりの事実がわかってからオレはこうなることを察知していた。

だからなんとか抜け道を考えていたが、入れ替わった事実を隠しては無理だし、入れ替わりをオ―プンにしたらどうだろう?


その、サブリナのご両親に父さんのような順応性があるだろうか?

そんな一か八かの質問をしようとした矢先、サブリナのスマホが鳴った。


「あぁ……どうしましょう。父の会社の人が迎えに来ています」

とばりの姿をしたトバリナがオレとサバリ(とばり)を交互に見た。

どうやらサブリナの身の回りのお世話をする係りの人らしい。





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