第25話 入れ替わってる?

『入れ替わってる?』


学校からの連絡で病院に駆けつけてくれた父さんだったが、すれ違いで病院では会えなかった。

そして今オレの部屋でようやく再会したところだ。

父さんは工場で2交代勤務していた。


今週は夜勤でゆっくり話せる時間がほとんどなかった。

オレと姉とばりが血縁関係がないことは前から言っていたと思う。

母さんのお腹にオレがいるのを承知で、父さんは母さんと再婚した。

詳しくは知らないが、父さんはその時とばりを男手ひとつで育てていたようだ。


つまり、オレは父さんと、とばりは母さんと血縁関係がない。

だけど家族だし、余計なことを考えさせないように、姉弟きょうだい分け隔てなく接してくれた。


今だってとばりより、オレを気に掛けてくれてる。

それと体を張って姉を守ったことを褒められながらも「無茶しやがって」とほんの少し叱られた。

何でだろう?


何も失わず、オレたち姉弟きょうだいもサブリナも大けがしないで済んだ。

ケガは痛いけど、骨折ひとつない。

なのに父さんの一言でオレは大泣きしてしまった。


ホッとしたのだろうか、誰かを失う怖さを今頃感じたのだろうか、わからない。

オレは『とばり』に抱きしめられ、背中を擦られた。

とばりは「サブリナの声」で姿で、父さんに話しかけた。


「お父さん、ごめん。なんか厄介ごと。なんかね『入れ替わった』みたいなの」

サブリナになったとばりは前置きもなしで、単刀直入に言った。

「――入れ替わった? えっと…つまり、金髪女子が……とばりなのか?」


「そうよ。お父さんが愛してやまない伊吹いぶきとばりです! イエ~イ! 夜勤お疲れ様~~」

オレは大泣きしながらも「端折りすぎだろ!」と心でツッコんだ。

あとなんか軽い!


しかしツッコんでおきながら、オレは耳を疑った。


「あれか? ヤツか?」

「さっすが、お父さま‼ たったこれだけで分かってくれるなんて! あのね、今月ピンチなんだ~~かわいい娘に『パパ活』みたいな?」

「もうしょうがねぇなぁ~3千円な? 昇平しょうへいも机に置いとくけど、母さんには内緒な?」

「ありがと! お父さん! 大好き‼」

とばりはサブリナの体で父さんに飛びついた。

父さんはいつもながらちょっと照れるだけだ、これでいいのか?


オレはとばりの体になったサブリナと目が合う。

オレと見た目とばりなサブリナは状況についていけてない。

いや、百歩譲ってふたりが入れ替わってるのは認めよう。

明らかにサブリナの声だがとばりの話し方だし、仕草も、さっきだって背中を擦る感じはとばりなんだけども‼ 問題はそこじゃねぇ‼ 


問題は父さんだ‼

いや、そこいいの?

秒で信じてるけど、親子ってそこまでなの?

いや、親子以前に体が入れ替わってるんだけど?

親としてというか、人としてもう少し混乱してくれないと……

柔軟性ありすぎだろ?


オレはあまりに現状を受け入れ過ぎてるふたりを置いといて、とばりになったサブリナに話しかけた。

とばりになったサブリナは、焦点が定まらず顔面蒼白になっていた。

オレはとばりになったサブリナに近づき、何も言わずに立ったままのサブリナの手を握った――いや、体はとばりなんだけど…


昇平しょうへいさん、私どうしましょう……」

お――い、マイ・ファミリ~~!

いいですか?

これが一般的な反応ですからね?

順応性は大事だけど『ヤツ』で片付けていいのか?

オレはとばりになったサブリナをオレのベットに座らせた。

ひざのケガが痛むけど、ベットの端に座らせたとばりになったサブリナの前に膝をついた。


目が合うととばりになったサブリナの瞳からポロポロ涙が零れ落ちた。

オレはその玉のような涙を丁寧に指先で拭い「大丈夫だよ」とか「ひとりにしないから」とか、出来るだけ安心できそうな言葉を並べた。


とばりになったサブリナは、べそをかいたような顔をして何回も頷いた。

オレは少し考えたが、とばりの中のサブリナの頭を撫で落ち着くまで抱きしめた。


「ご挨拶が遅くなり申し訳ありません、私は昇平しょうへいさんのクラスメイトで、サブリナ・ティス・ホリ―ウッドといいます」

サブリナはとばりの姿で父さんにあいさつをした。


見慣れた娘の姿でよそ行きの挨拶をされ、父さんは一瞬戸惑ったが頷いて握手をした。

昇平しょうへいとばりの父です。サブリナちゃん、なんか変な感じだけどよろしくね」

父さんはニコリと笑い、とばりの姿をしたサブリナは小首を傾げた。


「サブリナ。あぁ…とヘンだよな。父さんの反応……」

「はい…昇平しょうへいさん。その…びっくりしないんですね。それにびっくりです!」

サブリナは少し落ち着いたのか、声に張りが出てきた。

とばりの声なんだけど……


「父さんはその…少しオタクっていうか――」

昇平しょうへい。違うでしょ? お父さんは? 普通の大人ならこの状況、そこそこパニックるわよ? ねぇ、お父さん~~」

とばりはサブリナの姿で父さんに懐く。


父さんの夜勤明けはいつもこうだ。

夜勤が苦手な父さんが心配なのと、夜勤の間会える機会が減ってしまう。

そのふたつが同時に解消される夜勤明け。

オレたち姉弟きょうだいは割かし父さんの傍で過ごした。


「まぁ、異世界転生とか異世界転移とかタイムリ―プ色々あるけど『入れ替わり』はそれに比べたらまだマシだと思うぞ?」

「まだ、マシなんですか?」

とばりの姿をしたサブリナ――ややこしいなぁ…ここはオレ称『サバリ』と呼ぶことにした。

サブリナの姿をしたとばりは『トバリナ』でいいか。


「そりゃねぇ。異世界とかだったら知り合いはおろか、世界観ですらわかんないし、下手したらなんかモンスタ―いるしね。タイムリ―プは住んでる場所が同じかもだけど、法則がわからないとなかなかの『ムリゲ―』になるし、住んでるとこが変わんなくても、協力者がいるとは限らない。謎をひとりで解かないと。そういう意味では僕もいるし、昇平しょうへいだっている。心細い思いはさせないよ、だろ。昇平しょうへい?」


「あっうん。心配いらない、その…なんでも協力するから」

強がって見せても、オレは父さんやとばりのような順応性はない。

だけどとばりの姿をしたサブリナ――『サバリ』を不安にさせたくない。


サバリにしてもオレの言葉を信じようと努力してるのか、頷いて包帯したオレの手にそっと触れた。

父さんは床に勢いよく座り、隣にサブリナの姿をしたとばり――『トバリナ』をクッションを敷いて座らせた。


そして三人の顔を見渡し、咳ばらいをして切り出した。

「とりあえず、当面はこのまま元に戻れない方向で話を進めるけど、いいか?」

オレたちはそれぞれの顔を見合わせて、頷いた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る