第20話 聞き覚えのある君の声。

教室は片付いたが、まだ生徒指導室の方は話はなぜか続いていた。

元々ふたりへの聞き取りという形で始められていたが大幅に変わっていた。


「――これは単になんだけど」

オレはちらりと壁の時計を見た。

もうすぐ四時限目の半分になろうとしていた。

別にオレは特に真面目ではない。

だけど、授業をほっぽり出して恋バナするのはどうかと思う。


そうなんです、女性ふたりはもう明らかに恋バナに花を咲かせてました。

「じゃあさ『許嫁とかだったり』するの?」

先生は一体なにに興味を持ってるやら。

いや、そういうんじゃないです。

六実、バシッと言ってやれ。


そう思って六実を見たが、明らかにモジモジしてる。

いや、嫌な予感しかない。


「先生…ですけど―」

「うん! ここだけな! 大丈夫、教師には守秘義務あるから!」

なんでだろ。

大丈夫な気が一ミリもしないんです。


「あの…許嫁とかじゃないんですけど……(モジモジ)」

「うん、いいよ聞こう、いや聞きたい!」

うん、先生素直なのはいいけど本音過ぎへんか?

「私、ひとり娘なんです。高齢出産っていうか、遅い子だったんで『嫁ぐなら近いとうれしい』って昔から言われて育って、私も親元離れたくないっていうか……ねぇ?」


えっ?

いまの「ねぇ?」っての、オレに同意を求めた感じ?

いや、確かにお前のおじさん、おばさんウチの親より十歳くらい上だけど…

何にしても自習にしてまでする話じゃないよな?


「なるほどな、つまりはご両親的には『どっちか』と結婚してくれたらって考えてると。それって、ほぼほぼ嫁姑問題ないってことじゃね?」

先生「ほぼほぼ」久し振りに聞きました。


あと、完全に言葉遣い崩壊してます、教師と生徒だって忘れてるでしょ?

「はい! それはもう、小さい時からの仲なんでおばさんとも普通に、一時間立ち話出来ます、ねぇ?」

六実むつみはテレテレしながら「ねぇ?」攻撃を繰り返す。

そろそろオレの苦笑いに気づいて、お願い。


「そっか、ところでここだけの話。どっちなんだ? かえで的には。伊吹いぶきなの? 水落みずおちなの?」


えらく踏み込んで来たなぁ、いくら六実むつみがポンコツ恋バナ娘になってるとしても、さすがにここはぼやかすだろ?

いや、普通に考えたらのぞみだろ、それ。


「別に私は、そんな選ぶような立場じゃないっていうか、ねぇ?(ちらっ)」

「いやいや、ここまで来てお預けって! わかった。先生にだけこっそり教えてくれ〜〜」

知ってる六実むつみが緊張の限界になったら、グニョグニョと手遊びを始めることを。

クセなんだろうけど、いまめっちゃ手遊びしてます。

嫌な予感もビンビンしてます!


のぞみは…水落みずおちは、昔から好きな人がいて、一途なんで」

「じゃあ、水落みずおちはない感じか~」

えっ!? なに、この感じ。えっ?

どういう状況??

これ取りようによったら先生に婚約の報告みたくなってない?

しかもなんだか消去法! 


思わず六実むつみをガン見した。

六実むつみは顔を真っ赤にして、挙げ句の果てに並んで座るオレの太ももに指先をツンとした……

いや、普通に先生居ますけど!!

いや、先生なに納得してるんです?


「わかった! あとは若いふたりにまかせて、そろそろ教室に戻ろうか。いや〜〜いいな! 先生も恋してぇな〜!」

そしてオレはふたりの「恋バナ・テロ」に巻き込まれ、思考回路が敢なくぶっ飛んだ。


「そんなわけで、きのう『1―A』で起きたような事象ではなかった。憶測で変な噂を流さないように。あとホ―ムル―ムまでに今日遅れた分の課題プリント作るから、次の授業に提出すること、以上」

渡辺先生はサラッと事の顛末てんまつをクラスで説明し、釘も刺した。


実際これくらいしか言う時間が残ってなかった。

一応先生のお陰でクラスの目は「ヤリ○ン疑惑」の時の感じではない。

チャイムと共にオレの席に現れたのはショコラだった。

ショコラは手短にのぞみがしてくれたことを説明した。


先生の言葉でクラスが納得したと言うより、のぞみが下地を作ってくれていたワケか。さすが相棒。


「悪いな」


「別に。言いたいこと言っただけ。そういうのは恥ずかしいからやめてくれ」

希はサラッと流す。

こういう感謝される系は苦手だった。


「お昼、いきましょう!」

「サブリナ、めっちゃ元気だな」

「はい、もうお腹グゥグゥです!」

テレっと笑う。

天真爛漫ってこういうのを言うんだろなぁ…

そう思いながら六実むつみを探す。

さっきから自分の席で微動だにしない。


今頃生徒指導室でのことが恥ずかしくなったんだろう。

そりゃそうだ。

オレはほっとくワケにもいかないし、ショコラとの打ち合わせがある。

今からオレたち全員揃って学食に行く必要があった。


昇平しょうへいクンたち、ちょっと後から来て。ちょっくら『露払い』しとくから」

ショコラはビシッと決めて小走りで教室を出た。

きのうから何やら暗躍あんやくしてるのは知っていたが、どんな手を使うのか楽しみだ。


ショコラが昨日のクラス対抗男女混合サッカ―で出した条件、山本君たちが勝手に占拠していた、学食の「リア充カ―スト」エリアの受け渡し。

たぶん一筋縄ではいかないと思う。


なかったことで居座ることも考えられる。

オレ的にはどうでもいい。

こだわりはないのだが、賭けた以上トロフィ―を受けとらないとなると、それはそれで舐められるし、以前より増して調子付かせる。


もめ事は苦手だ。

少しばっか気が重たいがこの辺は筋を通さないと。

気を取り直して、学食のメニュ―を見た。

昨日と違いA定はミックスフライ。

しかし油断は出来ない。


ミックスフライの中にお魚さんが潜んでる可能性もある。

オレはお刺身(お寿司も含む)以外お魚さんを食べない派だ。

幸いミックスのメンバ―にお魚さんはミックスされてない。

オレは安心してA定食の食券を購入した。


「私、B定食~~支払いツケといて」


「お客さん、学食ツケききませんが? ?」

「じゃあ、弟モバイルバンク決済で。お正月一括払いの、後からリボで」

うん。

まったく返して貰える気がしない。

仕方なくオレは後から現れたとばりの食券を買った。

ちなみにこの辺りは母さんが見越して、こっそり先にくれてた。

きのうとばりにも「リア充カ―スト」のお誘いをしたが、乗り気じゃない。


理由はめんどくさいから。

ただ、今日のところはオレの顔を立てて来てくれた。

非常勤メンバ―として席を置くことになった。

学年も違うし、関りは少ないだろうがいい機会なので紹介を兼ねて呼んだ。


「サブリナは何にするの?」


とばりはお財布片手のサブリナに話しかけた。

ちなみに昨日のUSドル事件は知ってた。

「私もB定食です! 150円プラスで超大盛にします!」


「え? 超…? 昇平しょうへい。この娘の栄養全部、絶対おっぱいに行ってるわよ、こうおっきいと燃費がわるいのかしら…」

とばりは耳元でブツブツ言った。


「そうそう、あんた。今日はUSドルじゃないでしょうね? 昇平しょうへいから聞いてるわよ」

「大丈夫です! 今日はちゃんと準備しました! それとお借りしてた分お返しします! はい!」

差し出されたお札、気のせいか何だかきらびやかだ。

明らかに日本円ではない。


のぞみ、これってどこのお金? 子供銀行?」

「いや、たぶん…ユ―ロじゃないか? 期待通りサブリナちゃん『天丼』してきたな!」

なぜかのぞみのテンションがやたら高い。


「サブリナ、あんたまさかウケ狙うために、わざわざユ―ロ用意したんじゃないわよね…」

帳は引き気味に尋ねた。

のぞみの予想してた通り、サブリナは『天丼』をかましてきた。

オレは差し出されたお札とにらめっこして、一か八か学食のおばちゃんに聞いてみた。


「おばちゃん、ユ―ロ両替出来る?」

「ノ―ノ―! ジャパニ―ズ・エン・オンリ―! お兄ちゃん、USドル使えないのにユ―ロ使えると思う? ちなみに1ユ―ロ=146円だからね? きのうも言ったけど私がいくらCAさんに見えるからって、学食は国際タ―ミナルビルじゃないの!」

おばちゃんはきのう同様豪快に笑った。


国際タ―ミナルビルとCAさんの関係は知らんが、このさき何回この「くだり」をやるのだろう?

オレはきょとんとした顔のサブリナのB定食超大盛の食券を買った。

ショコラを除くメンバ―は各々好みの昼食をトレ―に乗せ、目的の席に向かった。一足先に行ってたたちばながニヤニヤした顔で近づいてきた。


「ダンナ、始まったようだぜ」

いや、なにそのキャラ?

ツッコミ掛けたオレの耳に届いたのは聞いたことある女子の声――

オレ称、アバまんじズレ子の声だった。











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