第19話 結論から言うと――

オレたちふたりは担任の女性教師に連れられ生徒指導室に。


彼女の名前は確か『渡辺七恵ななえ』新卒二年目。

そういえば男子バスケ部顧問だったはず。

まあまあ暑苦しい系。

新卒ではありがちだ。

そろそろ理想と現実に挫折してもいい頃だと、オレは密かに思っていた。


生徒指導室に向かう廊下、確かなことは、完全にオレがなにかした感じの空気だったこと。

いや、なにかなんて生ぬるい表現はやめだ。

完全にオレが青い性の欲望を六実むつみにぶつけた感じなんだが?

いや、確かに誤解する環境はある。


いつもはそんなことしない六実むつみが、しきりにオレの傍に来たがる。

しかも涙ポロリで。

付け加えるなら「ごめん。迷惑かけてるよね…」とか!

涙で潤んだうえに上目遣い、確かに幼馴染ですか、ぐっと来るモンはある……

六実むつみはいい。


不可抗力だし、オレだって悪い。

だけど、この担任オレ称『ナベさん』は明らかにオレが六実むつみに「そっち系」のことした感じの空気がある。

そっち系とはえっち系だ。


「つまり、アレか? 高校入学を境にかえでが幼馴染の伊吹いぶき水落みずおちと距離を取ろうとしてた。でも、昨日の体育の男女混合サッカ―でかえでが言われた悪口がきっかけで再びなかよしになったと?」

「はい」


「―で、休憩時間に北町きたまちが言った『正しい努力』ってのを、考えたらかえでのおかけだと気がついて、礼を言わずにはいれなかったと?」

「まぁ…はい」

「―で、かえでは感謝されたこと、気付いてくれたことに感動して、泣いたわけか…」


「―はい、すみませんでした」

渡辺先生こと、ナベさんはメモを取っていたバインダ―をトントンと机で整え、目を閉じた。考えをまとめているのだろう。

考えるときのクセなのか、やたらとボ―ルペンをカチカチいわせまくった。


たまにしゃくりあげるけど、いい加減泣くにも限界が見えてきた六実むつみは、恥ずかしさから誰とも目を合わせない。

ナベさんはボ―ルペンをノックしまくり、六実むつみは目をそらし、オレはどうしたらいいかわからない。


そんなわけで生徒指導室はボ―ルペンの「カチカチ」に包まれていた。


「結論から言うと――」


目を見開いたナベさんはオレと六実むつみの顔を交互に見た。

無意味なくらい間を持たせるのは、もしかして授業をサボりたいのではないか?

そんな疑惑さえ浮かぶ。

「つまりは感極まって泣いたワケだな、かえでは?」

「はい…すみませんでした」

うんうんと腕組しながらうなづくものの、なんかぬぐい切れないうさん臭さが漂う。

そしてオレの疑いが的中した。


! そら泣くわ‼ 泣いてまうわ‼ いや、今泣かんでいつ泣くねんって話‼ そら全米も涙するわ~~‼」


六実むつみを上回る勢いで、もらい泣きを担任渡辺七恵ななえはした挙句「私も青春してぇ~~‼」と右手をグ―にして突き上げた。

青春するのもいいが、まずは授業しろ。

あと、映画じゃないから全米は泣かん。


その頃「1―B」では――

自習もほどほどに「居場所」であるサブリナの席に、残された四人組が集まって雑談していた。

話題は連行されたふたりの事と思いきや、まったく関係のない話だった。


学食のおススメや、隠れメニュ―、逆にこれだけは手を出すな、そんなライトな話題をたちばなが中心で展開した。

たちばな明音あかね的には、いま間違えなく自分たちの会話にクラス中が聞き耳を立ててると思ってたし、実際そうだった。


下手な憶測をふたりに近い自分たちがすれば、噂が独り歩きして、ふたりの立場が悪くなるかもと、考えた。

意外にたちばなは、こんな細かな気遣いが出来る男なのだ。

そしてもう一人、先を読む男が水落みずおちのぞみだ。

たちばなの気遣いも気付いていたが、そういうのをまるで気にしないで、乗り越えてくる人種が二種類いるのを知っていた。


「ねぇねぇ、水落みずおち君はかえでさんと伊吹いぶき君の幼馴染なんだよね~~」


ひとつがこんな感じの恋バナ大好き女子三人組。

悪気はないのだろうが、ここぞとばかりに情報を聞き出そうとする。お昼休みのおしゃべりのネタとしては最適だ。

「そうだけど、なんで?」

のぞみは白々しく、何もない感じで答えながら、ショコラに小さく首を振る。


のぞみは敏感にショコラの異変に気付いていた。

ショコラは一瞬にしてイラ立ちを顔に出した。

仲間に対して「そういう」視線を向かられるのが我慢できない。

熱い女子なのだ。


「ほら、伊吹いぶき君って噂あるじゃん?」


のぞみは同じ事を今度は明音あかねにした。

今の女子の言葉が明音あかねの「正義センサ―」に引っかかった。

こいつはこいつで暑苦しいところがある。

「あぁ~『ヤリ〇ン』ってヤツ? ないない、ぜっ~たいない! ありえない」

「えぇ~~なんでよ? 火のない所に煙は立たないでしょ? 少しくらいあんじゃない?」


「俺も昇平しょうへいもそんな暇じゃないよ、土日祝は練習試合だし、ノ―部活デイ以外はずっと部活。アイツ、ノ―部活デイはお姉さんのとばりちゃんといるし、それ以外は俺といる。サッカ―部の練習って楽じゃないよ?」


しかし、恋バナ大好き女子はこれくらいで引き下がらない。

彼女たちは彼女たちで「恋バナセンサ―」にビンビンと反応がきていた。

そしてのぞみの期待通りの質問が来た。


「でもさ、かえでさんってサッカ―部マネ―ジャ―よね? ってことはふたりが一緒にいる時間も長いって事じゃない?」

のぞみはそれとなく教室を見渡した。

気のない振りしながらも、大半が聞き耳を立ててる確認が出来た。


「うん、実際長いよ。


ワザと軽くあくびをして「なんでそんなこと聞くの?」みたいな態度をとる。

実際は三人でいる時間は長くない。

ふたりでいる時間が断然長かった。

ただ、昇平しょうへいのぞみのふたりでだけど。


恋バナ三人組は「あぁ…」みたいに意気消沈気味になったが、消えかけた好奇心の炎にもう一度無理やり酸素を送り込んだ。


「でもさ、その辺は水落みずおち君の目を上手に盗んで、うまくするんじゃないかな、だって「ヤリ〇ン」だよ?」

最初から「ヤリ〇ン」ありきで成り立ってる話題だ。

でものぞみは最終こんな感じで、強引に押し切りに来ることを知っていた。


「うん。でも、俺

強引な論法には聞こえるのぞみの答えに、これ以上食い下がってのぞみに嫌われたくない、乙女な部分が「ですよねぇ~」と腰を引かせた。

しかし、これで終わりではなかった。

付け加えると、のぞみの狙いもこの先にあった。


「だけどさ、信じてるって? 男同士でうまく口裏合わせて実はよろしくやってんじゃないのって話――」


突然会話に首を突っ込んできたのが、クラス唯一のウェイ系男子――足立だった。足立はクラスは違うが「1―A」山本のツレだ。

足立はサブリナ狙いの山本と違い、全方位的に人気のある昇平しょうへいのぞみが気に入らない。

まぁ、昇平しょうへいとばりの洗脳で自分が人気があるなんて、ミリも自覚はない。


「あぁ、なんかごめんねぇ~」

そう言って恋バナ好き三人組は撤収した。

自分たちの好奇心がクラスの不良を引き寄せるとは思ってなかった。


のぞみは困った顔で頭を掻いたが、本心は少しも困ってなかった。

のぞみの狙いは、恋バナ好き三人組を言葉でねじ伏せるのではなく、クラスの不満分子――足立を引きずり出したうえで、黙らせることだった。


「――足立君だっけ? 俺が信じてるのは昇平しょうへいじゃない。まぁ、昇平しょうへいのことも信用はしてるけど」


「なんなの、自分さっき言ったじゃん『信じてる』って、おまえも聞いたろ?」

こういう類はすぐに数の理論に持ち込む。

突然話しかけられた気の弱そうな男子は、恐る恐るうなづく。

そして単細胞だからすぐに「ほら見てみろ」みたいにドヤる。


だけど、残念ながら数の理論は「そこそこ」通用する。

気の弱い男子がとった、自分を守るための無責任な同意は、いじめでもよく起こる。

でも残念。

のぞみには通用しない。

もうすでに、すべては彼の手のひらの上なのだ。


「言ったけど、信じてるのは六実むつみのこと」


「それとこれとどうちがうんだ?」

「うん。俺と昇平しょうへいが信じてる六実むつみは、仮に足立君が思うように昇平しょうへい六実むつみに『遊びで手を出した』として、どんなに腹が立っても、こんな大勢の前で、恥かかせる、恥かかせていいって思うようなヤツじゃ、六実むつみはない。まぁ、泣き寝入りもしないだろうけど。それとホントにそんなことあったら、俺は一晩寝ずに六実むつみの愚痴聞かされてるだろうしなぁ」


――まぁ、どうしても気になるんだったら、戻って来たふたりに聞けば?

そんな感じでのぞみは話を切った。


やっぱり伊吹いぶき昇平しょうへいは「ヤリ〇ン」に傾きかけた空気を、のぞみは難なくひっくり返した。

自分たちの妄想が『足立レベル』だと暗に言われてるようで、恥ずかしくなったのだ。









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