第18話 ただ、ありがとが言いたくて。

三限目を終え休憩時間。

何事もなく時は過ぎた。何と言うこともない話、例えばきのう自撮りした仲間写真でショコラが弟さんにドヤった話。

ショコラ曰く意外にも、というかオレ的には当然の弟さんの反応「水落みずおちさんもいる……」だったそうだ。

のぞみは中学時代県下屈指のボランチとして活躍した本物。

マニアしか知らないオレとは次元が違う。

「そりゃそうよ、ねぇ?」六実むつみの声に「まぁな!」なぜかオレたちが胸を張る。そら、幼馴染がスタ―選手なら自慢したくもなる。そしてふと思い出した。たちばな明音あかねのことだ。


たちばな、聞いていい?」


「ん? 彼女募集中だが?」

「うん、末永く探したまえ。日岡神社に拝みなさい、縁結びだろ? まぁいいや、何でバスケ部なんだ⁇ ツレにでも誘われたか?」

昇平しょうへいクン、日岡神社『安産』ね? たちばなには永久に縁がない神聖な場所」

「うっせえぞ、北町きたまち伊吹いぶき、それ。お前が聞くか?」


言ってる意味が分からない。

なのでのぞみ六実むつみの顔を見るが首を振ったり肩をすくめるだけ。

要するにわからない。

オレは残念ながら記憶にない。

たちばなの通ってた三崎中は市外だ。何回か試合したぐらいじゃ記憶になくても仕方ない。


体格だってその頃とは違うだろう。

身長は180以上ありバスケを始めたせいなのか、オレやのぞみに比べ肩幅も広く上半身のガタイがいい。

ふとオレは閃いた。


「そうだ、スロ―イン練習のためだろ?」


「なんでスロ―インするためにバスケすんだよ! ちげぇよ、なんて言うか格の違いっての? お前らと試合するたび感じてた『あっ、全然違うわ…』って。高校でもサッカ―部に入るつもりだったんだけど、春休みお前ら練習参加してんの見てやめた。『あぁ…意識すら勝てねぇ』って。まぁ逃げたんだな、うん」

たちばなは自虐的な乾いた笑い声で話した。


「ショコラ、どうしよ……マジなの来た」


オレは苦い顔するショコラに助けを求めた。

「うん、たちばなって空気読めないとは思ってた。まさか、ここまで重いのぶっこむとは…っていうか背が高いからって、高校バスケ舐めないでって話よ、私に言わせれば」


「辛辣だな、おい! ちっとは慰めるとかないの? いや、別に高校バスケは舐めてない。さっき言ったけど、サッカ―はないかなぁになって。でもなんか部活したいけど、野球はやったことねぇし、水泳は浮かないし、バスケは授業とかで少しやったことあるし、ル―ルも少しぐらいならになった。まぁ、逃げたことには変わんないけど」

他の部活に入ることを「逃げた」というのか、正直疑問ではあるが、わからなくもない。


オレだってのぞみという天才ボランチがチ―ムにいて、そこからパスの供給があるから「いっちょ前」のフォワ―ドみたいにいられるが、キ―プ力もドリブル突破力もない前線に張り付くだけのフォワ―ドだ。

チ―ム戦術が変わったり、のぞみがいなければ、たちまちベンチ要員だ。


たちばなさぁ、それ違くない? あんたが言ってんのは結果だけ。きついこと言うけど。あんたが努力した以上に昇平しょうへいクンも、水落みずおち君も努力したんだって。ちな、私も(笑)でも、ただその努力って『正しい努力』だったの? って話」


「正しい努力?」


「うん。なんか見てるとさ、部活。頑張ってると思うけど、がむしゃら過ぎんの。そりゃウチの女子バスみたく、男子の方は顧問がはわかるけど。それだって運命というか、めぐり合わせみたいなもんで選べないじゃん。でも、学ぶ機会はみんな平等だよ?」


聞いたことがある。

女子バスケの顧問は長年強豪を指導してきた歴戦の経歴を持つ。

対して男子バスケ部顧問は新卒二年目の女性教諭で、バスケの経験もない。

顧問のなり手がないので、引き受けてるらしい。

それでも、自分なりに熱心に勉強して指導していると聞く。


「学ぶ機会っていわれてもなぁ…」

困り果てたたちばなは天井を見る。

キレるでもなく、言い返すでもない。

どこか抜けてて、独特な空気感だ。

偶然「なかよしグル―プ」に誘ったが、いい奴なのは間違いない。


「動画とかいくらでもあるでしょ? ユ―チュ―ブなんてそれこそ『ごまんとある』でしょ? 本とか、練習メニュ―だって女子の見てパクったらいいし――それとさぁ…」

ショコラは即興のバスケ教室を始めた。

それを熱心に聞いてるたちばな


なんだろ、いい仲間な感じで少しくすぐったい。

オレはサブリナに声を掛けてトイレに向かった。

最近オレたちは連れション仲間だ。

トイレの場所はさすがにもうわかるだろうけど。


男子トイレに比べ、女子トイレの回転は遅い。

まぁ、一緒なワケがないか。

オレはサブリナを待つ間、ショコラの言った「正しい努力」って言葉を思い出していた。


オレとのぞみはそういう意味では指導者に恵まれていた。

小学時代のクラブチ―ムもだし、中学の顧問も高校の顧問も勉強熱心だ。

でも、なんか違う気がした。

のぞみはサッカ―を始めた時から頭いくつも抜けていた。

でも、努力の天才で手を抜くことはなかった。


オレはその辺どうだったんだろ?

省エネタイプのフォワ―ドを気取り、深追いはせず前線からの守備もそこそこ。

守備に戻らないよう指示されたことをいいことに、前線に張り付いてこぼれ球を拾い、合わせるだけ。

持ち味は一瞬の速度。


シュ―ト力だって、のぞみに敵うワケなんてない。

でも、なんか違う。

そんなのが言いたいんじゃない。

そうだ、オレに「正しい努力」ってヤツを、それだけを、それだけに特化出来るような「一瞬の速度」だけに磨きを掛ける――


「正しい努力」をさせ続けたヤツがいる。

そいつがいたから、いろんなこと考えずに「正しい努力」だけが出来たんだ。

だから、今がある、のか?


あぁ、なんだよ。


オレも青春病かよ……気づいちまったら仕方ない。

オレはスマホを取り出し、LINE通話した。考えてみたらいつぶりだ?

コイツにLINE通話なんてするの。

しかも学校で。

でも言わないと、伝えたいことが溢れた。


『なに? 昇平しょうへい。珍しいね、どうした? またサブリナちゃん迷子とか?』

「いや、まだトイレ。あのな、六実むつみ

『うん』

「さっきショコラが言ってたろ『正しい努力』って」

『うん、言ってたけど』

「もしな? もしもの話。もし、オレがショコラの言う『正しい努力』っての、出来てたとして、わかんないけど」


『うん、それが?』

「たぶん、それってさ」

『うん…』

「いや、別に『正しい努力』が出来てる自信があるワケじゃないんだけど…もし、出来てたとして、それはたぶん――」

『たぶん、なに? 回りくどいなぁ~』


「いや、もしオレが『正しい努力』ってのが出来てたとしたら、おまえがその正しい方向を示してくれたからだと思う」


『え?』

「いや、だから――20メ―トルダッシュだってそうだろ? オレの一瞬の速さ信じてくれたからだろ? 磨き掛けてくれようと、違うか?」

『そ、それはそうだけど…どうした、急にそんな……私は――』

「いや、別に『ありがと』が言いたかった、かな?」


何が言いたいんだか。

オレは恥ずかしくなりLINE通話を終了させた。

サブリナはとっくにトイレから出てきていて、隣にちょこんといた。

オレは頭を掻いた。


いったいどんな顔して六実むつみに会えばいいやら…

しかし、オレのこの不用意な青春病が四時限目を自習に追いやるとは思いもしなかった。


教室に戻ると空気は一変していた。

何が起こったかといえば、どうやら先程のLINE通話の後、あろうことか六実むつみは教室にも関わらず、ギャン泣きしたらしい。


いや、正確にはまだしてる。

のぞみがコソコソ近寄って来た。

昇平しょうへい六実むつみとなんかあった?)

(いや、実はさっきショコラが言ってた『正しい努力』ってヤツ)

(うん…)

(いや、もしオレがちゃんと出来てたとしたら『お前のおかげ』だって、なんかお礼が言いたくて……)


(言うまでもないが。昇平しょうへい、それ六実むつみがギャン泣き確定のヤツだからな? 涙腺崩壊どころか決壊してるからな?)

(ど、どうしよ?)

(わかんねぇ……)

六実むつみの席で声を掛けてるショコラと目があった。

困り果てて肩をすくめた。

そしてその次に目に入ったのは――


「とりあえず、事情を聴きたい。かえで伊吹いぶきは生徒指導室へ。他は自習してるように」


あれ?

昨日の男女混合サッカ―以来「ヤリ〇ン疑惑」は去ったはずなんだが、どうしたことか女子の視線が「痛いもの」見る目でオレを見てるんですが……

完全に痴情のもつれだと思ってません?






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