第17話 愛ある放置。

「いいの? 誤解されるけど……でも、いいね。オモロ! それいただき!(なんか、うん! なにこれ、朝から楽しいかも!)」

ショコラはわざと悪い顔しあごに手を当てた。


オレとショコラはコンクリで出来た屋外の手洗い場の縁に軽く腰掛けた。

剣道部の竹刀の音がいい感じに響いている。

気が抜けたのかショコラの腕がオレの腕にひっついた。

慌てて離す感じでもない。


「汗。かいてるでしょ」

「なんだ、わかってやってんのか」

「まぁ、。いいかなぁ〜みたいな。嫌なら離すけど?(ドキドキする……)」

「そっちはどうなんだ、オレも汗かいてるだろ 20メ―トルダッシュしてきたトコ」


「うへっ‼ 20メ―トルダッシュ⁉ しんどいヤツやん。そら、汗かくよねぇ……なんかさぁ(マジで、ちょいヤバいかも)」

「うん」

「想像してたより、エロいね(言っちゃいました!)」

「エロい」

若い男女の汗が混じり合う。


オレたちの想像を越えたエロさを醸し出したが、なんかぴとりと離れないでいるのも、またエロい。

オレは照れ隠しに「これも青春謳歌おうかってことで」と言うと「んだね〜」といい感じに抜けた返事が返ってきた。


「注文をつけると――(生意気とか言わないよね、伊吹いぶきクンは)」

誰かの視線がないか気にしながら、チョンと指先で手の甲に触れられた。


おい、オレはもしかしてマジで単純なのか?

昨日までただのクラスメイトで、まったくのノ―マ―クのショコラに恋しそうなんですが! 

部活ばっかで、こんなんに免疫のないオレは恋の病に感染しそうだ。

いや、待てよ。部活ばっかなのはショコラもたぶん同じか……ここは平静を装うとしよう。


「ふむふむ」

「みんなの前ではショコラ。ふたりの時には――晴れ時々『音乃おとの』で」

「天気予報な感じ?」

「そうよ。音乃おとのはいつでも気まぐれなの。ウフっ♡ みたいな? あっ、ごめん。やっぱ『ウフっ♡』はナシ! 我ながら自分を見失ってた……下手こいたわ~~(絶対、顔真っ赤だわぁぁぁあ!」


「わかった『音乃おとの』って呼ぶときは耳もとにするわ」

「あ……わかんないけど、きっと私耳弱いかも……」

ショコラは軽く握った手を口元にあてる。


「そ、そうなんだ」

「確かめてみる? その…あのね? 伊吹いぶきクン。体調悪くない? (言ってもたぁ~~)」


「あっ、そういえば熱っぽい。急に寒気と、なんか発汗が…」

「それよ! 発汗‼ 実は私もなんだ! 心臓もなんかドキドキして苦しいしこんなに汗かいて……退⁉ 実はね、伊吹いぶきクン。ウチ両親共働きなの。弟は学校。でね、誰も夕方までいないんだぁ(きゅるん)」


「そんな体調でひとりに出来ないな、よし。オレも万全じゃないけど、家まで送る」

「いいの? あっ、でも悪いから…お昼何か作るね。少しくらい、上がってってよ」

そう言って顔を真っ赤にしたショコラは上目使いで言う。

「あぁ……わかった。それじゃ、

そう、ホンのちょっとだけだ、ホントに。


「うん…」

そしてオレたちは手洗い場で見つめ合い、堪らず噴き出して、爆笑した。

なかなか刺激のあるコントだった。


笑い過ぎたショコラは眼の淵に涙を溜め「もう!」と力任せにオレの肩を叩いた。

「また、後でな

「うん。(心臓がぁぁぁあ、もたん! どさくさで『昇平しょうへいクン』呼び~~!)」

オレは首に巻いたタオルで今噴き出した汗を拭いた。


朝練を終えたオレたち幼馴染三人組とサブリナは、校庭側の一番後ろの席に集合していた。

そこはサブリナの席。

隣がオレの席なので自然そこが居場所。

他にも理由はある。

急造サブリナ親衛隊からサブリナを守るためでもあった。


きのう帰りにとばりからLINEをインスト―ルしてもらい、その夜ショコラ提案の「なかよしグル―プ」『江井ヶ島えいがしまア式蹴球しゅうきゅう部』の正式メンバ―として招待していた。


あとひとつ。

相棒水落みずおちのぞみも、最近少ししつこく告白をされていた。県立江井ヶ島えいがしま高校三年の生徒会長に。

なぜかのぞみは生徒会長に告られる属性がある。


昨日までは「丁寧なお断り」をしていたのだが、納得してくれないようだ。

それで幼馴染再集結がいい機会になった。

方向性を「丁寧な無視」に切り替えた。幼馴染ズはのぞみの防波堤になることにした。

最近、生徒会長に追い掛け回されていたのぞみだが、ようやく一息つける。

口には出さないが、ストレスを感じているのはわかる。


のぞみはオレと違い「県下屈指のボランチ」で知名度も高く、イケメンで男女共変わらず優しい。

オレのことは、お構いなく押しのけていた「急造サブリナ親衛隊」ものぞみに対しては違う。

人徳の違いだ。


嘆いてもしゃ―ないことだけど、なんでオレだけ「ヤリ〇ン」扱いなんだ?

そこはシンプルに「シスコン野郎」でいいと思う。

そんなワケで、この場所にオレと六実むつみがいてのぞみをガ―ドしてる以上、生徒会長のちょっかいは最低限(あくまでも最低限。

ゼロにはならない)のぞみがいる事により、サブリナ親衛隊は今のところ静かだ。


ん? どうせならふたり付き合えばいいじゃん!

美男美女だし。

ふとサブリナを見たが無邪気な顔でオレのシャツの裾を引っ張った。

「どうした?」


昇平しょうへいさん、きのうお借りしてたお金――」

「あ……今教室だから、後ででいいかな。あんましお金の貸し借りとかよくないしな。あっ、でもきのうみたく困ったら別な?」

「はい!」

サブリナはとってもいい返事をした。

「きのう、どうかしたの?」

そういえば六実むつみのぞみも、この辺りの事は言ってなかった。


「え? 学食でUSドル⁉ クレカ⁉ マジか⁉」

六実むつみは異次元過ぎるサブリナに、思わずいんを踏みながら言葉を失った。

「はい! マジです!」

六実むつみ相手にも満面の笑顔で返事した。

オレは一抹の不安を感じる。


昇平しょうへい。残念だがきっと『』来るぞ」

この場合の「天丼」とは学食の「天丼」ではない。

お笑いの「かぶせてくるヤツ」のことだ。

まあ、いろんなやり方があるが、基本同じところをグルグル回ることを意味する。


きっとサブリナはまだまだ「何か」を被せてくるはずだ。

しかも天然で。オレは相棒の忠告を心に刻んだ。

そんな四人組でわちゃわちゃしてるとこに、バスケ部のふたりが気だるそうに合流した。


気のせいかたちばな明音あかねが不機嫌な顔。

いや、気のせいではなかった開口一番から苦情だ、誰にって? オレ以外いないだろ?


「ち―す、ってか。伊吹いぶき、メンドクサイ! おまっ、運動部女子連中に問い詰められる俺ちゃまの気にもなれ!『えっ⁉ 北町きたまち伊吹いぶき君っていい感じなの?』とか『いつからなの? どこまで二人は⁉』とかさ……知んねえよって答えたら『やっぱたちばな使えねぇ……』ってどういうこと? あと水落みずおちのLINEめちゃ聞かれるんだけど!」


オレはのぞみと顔を見合わせた。

すると、そこにも苦情が来た。

どうしたことか、オレは朝から苦情満載だ。

こんなことならショコラとバックレとけば、大人の階段をのぼれたかも――…って、それはないか……


「いや、、きのう今日の話じゃないんだけど、ちょっとした時、今みたいな『何言ってんだ? クソたちばなは?』みたいな時あるでしょ? おふたり?」


「お――い! かえでちゃん、朝から『クソたちばな』はねえだろ? そう思わないか、北町きたまち⁇」

たちばな、シンでいいよ。私今廊下で言ったよね? って。その空っぽ頭にダンクしたろか? ウフっ♡」


どうやら「ウフっ♡」はショコラ的「ヒットチャ―ト爆進中」のホットワ―ドらしい。

――にしても毒吐いた後に「ウフっ♡」を付けても毒は中和されんぞ?


「ねぇ。たちばな。私たちばなとは幼馴染ふたりの手前、お友達するだけ。かえでちゃんとか、マジないから。後ね、私の会話の腰折らないでくんない? 普通に、ウフっ♡」

何故かショコラとハイタッチをした。


そしてオレはまたのぞみとアイコンタクトを交わした(サブリナじゃなくて、六実むつみが『ウフっ♡』で『天丼』してる模様)と。


‼ なに私の目盗んでうなずき合ってんの! なにが『うんうん!』よ! なに密かにだしてるかな!」

声が裏返る勢いで六実むつみ渾身こんしんのツッコミを見舞った。


「えっ、それって六実むつみタン、ふたりはとか⁉」


「うん…可能性は十分ある。いや、最近は――あっ、ごめん。鼻血出そう、トントンしないとトントン…」

六実むつみは顔を上げて、自分の後頭部を軽くトントンした。それ効果ないらしいぞ?


「そうなんだ……あぁ…ダメ、私もクラクラしてきた…ところで六実むつみタン。もしや、造詣ぞうけいが深いとみたが⁇」

には…ショコラもだったり⁇」


「まぁ、?」


女子ふたりがいきなり隅に移動して「」ト―クを開始した。

しかも小声。

聞こえてくるのは「マジで⁉」「うそ、ヤダ…知ってる‼」みたいな、今までにない盛り上がりを見せていた。

いや、そんなにで盛り上がるなら「リア充カ―スト集団」なんぞ作らずに「腐女子俱楽部」でいいんじゃない?

そう思いながらついのぞみと目を合わす。

すると――


「あ、あれはあれで……禁止しなくてよくない⁇ 六実むつみタン」

「い、言われてみたらそうね、うん。わ、私たちが踏み入っていい世界じゃないかもだし、きゃ!」

キャッキャッしてるが、あくまでそれエロト―クだかんな? っていうか、君たちたちばな放置しすぎだろ。

サブリナはどこから持ち出したか、カレ―パンをぱくりといった。


自由だなぁ……



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