第16話 ふたりは特別な関係ですが?

翌朝。

昨日とは打って変わって、慌ただしい朝を迎えた。

昨日はノー部活デイだった。

今日は普通に朝練がある。

とばりもオレと一緒に登校する。


学校に間に合うだけなら、もっとゆっくりしてても大丈夫だ。

実際、とばりは高一の時はかなり遅く家を出ていた。

この変化はオレが入学してからだ。

『もっとゆっくり出れば?』そう言えばいいのだけど、オレはこの血縁関係がない姉と、一緒に登校したいから言ったことなかった。


最寄り駅まで今日は自転車。

のぞみは近所だが駅で待ち合わせが多い。

自転車なら十分掛からない、駅で待つ方が早い。

いつもオレたちは南口。

六実むつみは北口。

同じ電車でも別の車両に乗っていた。


でも、今朝は――

「おはよ。その……昇平しょうへいのぞみ

北口に現れた六実むつみの視線は落ち着かない。


「ん? ムツ。なに? 呼び方?」

中学までこの呼び方だった。

だけど高校入学と同時に「伊吹いぶき」と「水落みずおち」と苗字呼びに。

戻すだけの心境の変化があった。


「あ……はい。、になりまして……とばりちゃん、ダメかなぁ?」

「ダメとかじゃない。別にいいんじゃない、幼馴染なんだし(私の事も戻すのかぁ…いや、私の意見聞くとか…何があったんだか)」

とばりはオレの顔を見て「ツン」とした。

ははっ、さすが姉。

なんかバレてる。


昨晩、ショコラの「なかよしグル―プ作らない?」との呼びかけのお誘いをふたりにした。

ふたりとも即答で「OK」を貰ったものの、その後『幼馴染』のグル―プラインに六実むつみから「いまから会えない?」と。

『幼馴染』のグル―プラインはオレたち三人だけ。

長い間放置されていたLINEグル―プだ。


オレものぞみも体育の授業の事が、正直めちゃくちゃ気になっていた。

「1―A」のオレ称「アバまんじズレ子」に言われた言葉。

「この娘、男子サッカ―部の

「アバまんじズレ子」には謝られたみたいだけど、謝られたくらいですぐ納得できないだろう。愚痴のひとつやふたつ聞いてやる相手が必要だ。


実のところ「なかよしグル―プ」のお誘いの前に何度ものぞみから六実むつみのことで「何か聞いてないか?」「放っとく気か?」「お前から何か聞いてくれ」などと、LINEの嵐。

オレだってのぞみに聞いてほしい。


最近の六実むつみとの関係――自分で聞けばいいものの、オロオロするばかり。

だけど、それとは別に六実むつみを放っとけない。

ヘタレなオレたちを救ったのは、六実むつみからのLINE。

ようやく近所の公園に集合した。


照れ隠しから、めんどくさそうに現れたのぞみに、鉄槌を下すべくオレはLINEの内容を六実むつみに暴露。

その直後「オレたちが守ればいいだろ?」的なオレのLINEも報復として公開された。

それを見た六実むつみはギャン泣きし「高校デビュ―」と共に距離を取ろうとしたことをオレたちに謝った。


「信じてくれるの?」

「ありがと…」

「そんなことしたことない」

「信じてくれてるって、わかるけど……」

「ふたりには顔見て言いたくて」

「でも私、感じ悪いでしょ、最近。自分でも、うんわかってる」

「それなのに……」

「本当にごめん」

「また仲よくしたい」

「仲よくしてほしい」


などなど……オレたちは六実むつみのまだフロ上がりで乾き切ってないおさげの頭を雑に撫でた。

六実むつみを真ん中に手をつなぎ友情を確かめ合った。


どうしたことか、きのう辺りからやたらと青臭い青春臭がプンプンする。

このまま、甘酸っぱい青春にアクセル全開と思いきや、一晩寝るとお互いやらかした感がある。


顔から火が出るほど恥ずかしい、なんて聞くがそれを身をもって経験した。

六実むつみを慰めるために、そこそこ臭い言葉を吐きました……

ホント、すみません。


穴があったらオレのこと顔だけ出して埋めてください――な気分だ。

それは相棒のぞみも変わらない。

六実むつみは満更でもなさそうだ。照れながらもいい顔で笑った。


空気を読んだように下り線に電車が入って来た。


オレは相変わらずとばりとイヤホンを共有し、のぞみは隣の車両に乗り込んだ片思いの図書委員ちゃんこと敷島しきしま依子よりこさんを目で追い、六実むつみはスマホでサッカ―戦術解説のペ―ジを開き、奇跡的に迷わず二両目の扉の内にいたサブリナはオレのシャツの裾を握った。


これがオレたちの通常のかたちになるのだろうか?

しかし、そうはならないのがオレたちなのかも知れない。

でも、県立江井ヶ島えいがしま高校入学以来、気になっていた六実むつみとの関係は何とかなりそうだけど。


朝練は一時間少々。

本格的な練習より基礎トレがメインだ。

全体で柔軟やアップをしてから、持久力を付けたいものは外周に出るし、20メ―トルダッシュをする者やコ―ンを立てドリブルの練習をする者と様々だ。


のぞみはキッカ―を任されることが多いので、無人のゴ―ル相手に丁寧に蹴り分けた。

オレは基本コ―ンを使い素早い動きの確認をすることが多いが、今朝は嫌いな20メ―トルダッシュの組に加わった。


20メ―トルダッシュはとにかくしんどいのだ。しかし今朝はそのしんどくて嫌いな20メ―トルダッシュ組に加わった。

日頃から六実むつみは、このメニュに加わるよう口うるさい。

うるさいから加わらない、加わらないから口うるさいのデス・コミュニケ―ションだ。


でも、昨夜の六実むつみを見て、オレはオレなりに反省した。

六実むつみだって嫌がらせで言ってるワケじゃない。

良かれと思って言ってくれているのは頭ではわかる。


でも、言い方が気に入らないとか、態度がどうとか、そういうどうでもいい事を並べて、結局はしんどいのが嫌なだけだった。

20メ―トルダッシュの笛は六実むつみが担当していた。

気のせいか、笛を吹く口元が笑って見えた。


不思議な事に、何をしてもうまく行かなくなっていた六実むつみとの関係は、ほんの少しの歩み寄りで、何もかもうまく行きそうな予感さえする。

オレはそこそこの回数をこなし、さすがに息が上がったので六実むつみに体育館を指さし抜けることにした。


六実むつみは小さく手を振った。

昨日までとは別人だ。

それはオレもか……

ところで、六実むつみってこんなにかわいかったか?


サブリナととばりはグランドの隅で一対一をしていた。

部活では一対一は非推奨だ、試合で持ち過ぎるクセが付く。

中学では女子サッカ―をしていたとばりに、見たまんま運動音痴なサブリナが叶うわけもなく、いいように遊ばれていた。


ふたりに体育館に行くと声を掛け、グランドを後にした。

オレたちが暮らす瀬戸内の県の公立高校には特色選抜なる入試方式がある。

ざっくり言うと、スポ―ツや芸術に一芸がある生徒を一定数推薦入学させる仕組みで、オレはその推薦を得て県立江井ヶ島えいがしま高校に入学していた。


つまり県立江井ヶ島えいがしま高校は部活動に力を入れていると言える。

オレはその代表格とも言える部を訪問することにした。


音乃おとの!』


オレは昨日仲良くなったばかりの少しクセっ毛なポニ―のバスケ女子がシュ―トを決めたのを確認して声を掛けた。

「なぁは⁉ ちょ、タ、タイム‼ タイムです‼ お、おトイレです‼」

声を掛けられた本人はあり得ないほど情けない声を上げた。


ショコラこと本名北町きたまち音乃おとの

きのうあれからクラス名簿で調べた。

それでも実のところ、ショコラが北町きたまち音乃おとのである自信はあまりない。


ただおぼろげながら誰かに「北町きたまち」と呼ばれていた記憶がある。

ショコラは慌ててオレの腕を引っ張り、体育館の外にある手洗い場近くまで連れ出す。


すれ違うバレ―女子やバトミントン女子に「あっ、伊吹いぶきくんだ、おはよ」とか「北町きたまち、なんで伊吹いぶき君といるの?」とか聞かれた。

オレは自分の知名度が少し意外だった。

そして、自信があまりなかった「ショコラ、イコ―ル北町きたまち」説が検証できた。

大げさか?


「もう!」


あれ?

いきなりそっぽ向いて、すねられた。なんだ?

あっ、やっぱ常にインタ―ハイを目指す県立江井ヶ島えいがしま高校女子バスケ部。


朝練中はマズかったか……そんな事をセルフ反省してると違った。

たちばなでしょ!」

「えっ?」


「だから名前バラしたの! あいつホ―ムル―ム前にギタンギタンにしてやる……」

ショコラは二の腕に力こぶを作ってみせた。

ん?

いや、たちばな関係ないですが、何か面白そうなんで黙ってようか。一瞬閃くが今はやめた。


「ちげぇよ、名簿見たんだ」

「えぇ~~なんでそんなことするかなぁ〜〜伊吹クンの前では『永遠のショコラ』でいたかったのに…くすんっ、みたいな?」


オレの「全然『くすんっ』じゃねえじゃねえか、オレのときめき返せ」に鼻の頭を掻いて「へぇ~ときめくんだ」と照れた。

うん、やっぱ部活女子は教室よか体育館がえる。

どうでもいいが昨日は「伊吹いぶき」と呼び捨てだったのが「伊吹いぶきクン」になってる。


「ジャマしたよな? さっき」


「あっ……ヤバ…‼『どうしよ、北町きたまちカレシ連れで朝練? シね‼』とか言われそう……な、なんて答えたらいい⁉ ふたりの関係‼(あっ…アカン。伊吹いぶきクンに『ただのクラスメ―トだろ?』とか言われたら普通に泣く!)」


「関係…? とか言っとけば?『♡』とか? ちょっとおもしろそう(笑)」


ショコラはポカンとした顔した。

あっ、朝からなんかフリ―ズさせたか……












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