第15話 世界中でただひとり。

「買ってきて」


とばりは素っ気なく買い物かごと、自分のお財布をオレに手渡した。

状況が掴めない、今から「三分間奴隷」のハズでは……まさか。

オレの脇の下に嫌な汗が浮かんだ、そうとばりはあろうことかこの色とりどりのブラとショ―ツのお会計を男であるオレにしろと? ひとりで⁉


いや、まさかこれを「三分間奴隷」と呼ぶなら、まさに奴隷だ。

しかもスタスタと背中を向けて去っていった。


オレに残された道はそんなにない。

おとなしくとばりの(LINEの仕返し)と思われる仕打ちを受け入れ、赤面しながらお会計する、これがひとつ。

もうひとつは、このお買い物自体なかったことにするかだ。

つまり、かごの中の色とりどりのブラやショ―ツを元あったとこに返すのだ。


そこそこ時間がかかる。

それに、ある意味敵前逃亡だ。

間違いなくとばりに怒られる。

こんなとこクラスの女子に目撃されようものなら、リア充とかカ―ストとか以前の問題になる。


よくて変態、悪けりゃ……ド変態だ。


しかし、運命というものは残酷なものだ。

ものの数秒で背後から声を掛けられた。


「――ショウくん。どうしたの?」


「いや、その…これはですね、いや自分用とかじゃなくてですね……ん…ショウくん…?」

この呼ばれ方はあまりしない。

遠く九州に住む叔母さんくらいで、こんなとこにいるはずもない。

思い当たるのは、彼女しかいない。


敷島しきしまさん…?」


振り向いた先には、野暮ったい丸メガネに少しのゲジ眉。

普段は困ったような笑顔しか見せない顔から笑みが零れた。

何を隠そう、図書委員ちゃんこと『敷島しきしま依子よりこ』その人だった。


呼び方だっけ? ショウくん? もわかるけど。たぶん、いま君を救えるのは、この全世界で私だけかな? 違う⁇」


「そ、そうです。はい…その……ヨリ…ちゃん」

「はい、よくできました! 偉いね~~昔なら頭撫でてたとこよ? やっぱ撫でたいからしゃがんで、とヨシ! 素直、素直ぉ」

図書委員ちゃんこと敷島しきしま依子よりこさんとの付き合いは長い。


なんといっても小学時代の登校班からだ。

しかし、前にも言ったがとばりとの関係は微妙。

例の件とは、オレたち姉弟きょうだいに血縁関係がないことを、彼女の両親の会話で知ってしまったこと。

そしてそのことをとばりに言ったことだ。


あと、相棒のぞみが長年心を寄せる女神だ。

ちなみにのぞみは近所だが登校班は別だった。

今の「素直、素直ぉ」からの撫で撫で、で大体見当が付くだろうが、オレとの距離感が変だ。


多分、彼女の中では永遠の小一なんだろう。


そこは永遠のセブンティ―ンがいい、だけどまだ十六になる年だ。

そんなこともあり、依子よりこさんと接するのはとばりのぞみ両方の視線を気にしないといけない。

だけど、オレ的には依子よりこさんがした「例の件」はすでに時効だと思っていた。


一見天然に見える依子よりこさんだが、状況は意外なまでに把握できる人物だった。

オレの立ち位置の難しさに理解もあった。


「つまりだ。君は例によってそれはもう、今現在進行形でワケ、だよね? しかし、しかし、その愛の深さゆえに君はある意味。どうしようもない窮地に立たされてる……何より私と話してる時点でそこそこマズいハズ、違うかい?」

「いえ…おっしゃる通りです」


「では、いま私がショウくんを見捨てたら―どうなる? あの新卒間のない店員さんに、君はこのEカップのブラと女性用のショ―ツのバ―コ―ド入力をして貰わないといけない。彼女はなんて思うだろう? ショウくんは知ってるかい? このショッピングモ―ルは噂では、大卒しか取らないらしい。しかも、優秀な学生を中心に。そんな彼女、きっと勉強ばかりしてきた彼女に、君は彼女の人生最大のカルチャ―ショックを与えるわけだ。まぁ、カルチャ―ショックの使い方が正しいかわかんないけど」


「はぁ…」

依子よりこさんの言ってることは何となくわかる。

きっと、オレみたいな見るからに、部活男子がブラや女性用ショ―ツを買いに来ることを想定して生きてない、驚くだろうね?

みたいな。

でも、ここでオレと依子よりこさんの共依存がどう成立する?

オレだけが依存するだけだが……


「うん。気付いたね、偉いね。そう…依存してるのはショウくんだけ。ここからが私の君に対する依存、知ってるかわからないが、私はさみしいんだ。わかってる、時折口を滑らしてみたり。それに積極性があればこうはならない。でも、ダメなんだ。昔からの知り合い、そう君たち姉弟きょうだいみたいに古い知り合いじゃないと、少し尻込みする……でも『あんなこと』言っちゃうだろ?」


『あんなこと』って『例の件』だよなぁ。

血縁関係がないって話。

「それが…?」

「メル友になろう!」

えっ⁉

メル友…ってなに?

LINEではなくメ―ルなの?

なんで?


「相変わらず君は察しがいい、なぜLINEではなくメ―ルなのか。しかもショ―トメ―ルではなくGメ―ルなのか。理由は簡単だ、LINEなら手軽で簡単。だけど、君のおっかない姉さんや親友の水落みずおちくんにバレてしまうかも。ふたりの関係がね。例えばロック画面に表示されたりしてね。でも、それを恐れてコソコソしたら、したで怪しまれる」


「――でも、オレGメ―ルなんて開かないですよ、気付かないかも…」


「それでいいよ」

「え?」

「いや、むしろそれがいい。最近はほら、便利になり過ぎてるんだよ。だから既読スル―だとか、スタンプだけしか返さないとか、返事が遅いとか、不満だったり不安になる。君に対して求めてるのは早さじゃない」

「―と言いますと?」


「実感かな? 昔の知り合いと、『あんなこと』した私とでも、メ―ルを交換する仲にまで関係改善したんだって思いたいんだ。言いたいことはわかるよ、君的には水落みずおちのぞみくんに悪いって思うんだろ?」

「まぁ、そうです。のぞみは親友だし……いや、この状況は助けてほしいけど…」

依子よりこさんはいきなり「がっしりと」オレの手に握手をした。


そう、こういうところなんだ。


こういうのはとばりのぞみの前でどんな顔していいか困る。

「君しかいない。いや、実のところ私も年相応に悪いことがしたい。例えるならショウくんが水落みずおちくんに悪いなぁ……私がとばりちゃんに悪いなぁ……『あんなこと』したのに……みたいなのを感じながら生きてみたい、いや少しばかり後ろめたい青春をしたいんだ、変かい?」


依子よりこさんはこんなんだった、感情が溢れるのか一気にしゃべり続ける。

そして息継ぎのために少し間を開け、また話し出す。


「それととばりちゃんに冷遇されてる私だから、見返したいんだよ『大事な弟さんとメル友』なんだ、実はって。私だって反省したよ? 自分が言うことじゃないけど、子供だったんだ。そろそろ許してほしい。もちろん秘密にするし、脅しの材料になんかしない。不安なら私のえっちな写真を撮っておいて保険にしておいてもいいよ?」


そして指で「少し」を表現した。

いや、確かに依子よりこさんの「少しえっちな」基準を知りたいし、知り合い女子の太ももが露わになるのは見たい。

いや、それがバレたらとばりは一生口きいてくんないだろうし、温厚なのぞみだって怒るだろう。


ここでも青春か……ショコラも言ってたが……意外にみんな青春を意識してるのか。


「悪いことしなくても青春は出来ませんか?」


「残念、それは出来る。だけど、知ってるだろ? いい娘ちゃんで来た私を。だからほんの少し悪いことに憧れる、そんな迷惑は掛けない、これが私の共依存だ」

申し訳なさそうな顔。

昔から知っている年上女子。

でも、なんか割に合わない気がした。

依子よりこさんの要求の方が軽い気がして、それを言うと。


「じゃあ、どうだろう。夏の冒険と銘打って二人でナイトプ―ルに行かない? 近くがダメなら少し離れててもいいし、日にちも全面的に任せる。まだ春を終え、ようやく初夏に足を踏み入れたばかりだ。考える時間は十分ある、慎重に計画を立てて夏の冒険に出よう!」


それくらいならと共依存を受け入れ、Eカップのブラとショ―ツを買う危機を回避した。

手早くメアド交換し、依子よりこさんが送信確認した。


「大丈夫だね。でも、日課のように確認しないでほしいな、見つけた! みたいなのもなんかいい…宝探しみたいだろ? それからホントにいいのかい? 私のえっちな写真を保険にしなくても? あっ、そうか! 君は私のえっちという基準に懐疑的なんだね、基準としては――」


依子よりこさんは耳に顔を寄せ「基準」について語った。

うん、全然「少し」だけじゃなかった。

オレは断腸の思いで遠慮した。


オレだって年頃男子なんだ、それはもう血の涙を流す思いでお断りした。

オレは紙袋に入ったとばりの下着類を受け取り、人目につかぬよう別々の通路でその場を去った。

まるで浮気だ。

悪いことしてる感じがプンプンする。


もちろんオレは依子よりこさんに助けて貰ったことはとばりには言わない――

口止めされたワケじゃない。

そもそも、この再会の機会を与えたのはとばりの「三分間奴隷」の招いた結果なのだ。


それに、考えてみたらとばりのぞみの顔色を見て依子よりこさんを無視するのは、間違いだと気付いた。

「例の件」で口を滑らせたのは小学時代。もう彼女は高二だ。もう昔の話だろ。


そんなことを考えながら、オレはとばりとカフェでお茶をし、海の見える図書館の二階から行きかう船を眺め、家路についた。

とばりは少し不満そうな、伺うような顔を繰り返した。


きっと下着の件でもっとオレから抗議が来ると思ってたのだろう。

オレは、ウソがうまいワケじゃないので『語るに落ちる』を避けるためお口チャックでやり過ごすことにした。


わずかな潮のにおいが夜風に乗り、海辺から少し離れたオレたちの家まで届いた。

見上げた夜空はいつも通り「赤い」住み慣れたこの街の夜空は、何だかとっても「赤い」のだ。








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