第12話 君は私の承認要求を満たせてるよ?

ようやく待ちに待った放課後がやって来た。

ノー部活デイの今日は恒例の姉弟きょうだいデ―トだ。

何度か触れたが、オレたちは世間の姉弟きょうだいと少し違う。


DNA鑑定したわけでも、市役所で戸籍を確認したワケでもないが、正真正銘、血縁関係がない姉弟きょうだいだ。

血縁関係がないとはいえ、姉弟きょうだいでなにやってんの、みたいなご意見はノ―サンキュ。


ツケは自分たちで払うし、節度をわきまえてないワケじゃない。

生まれて、目が見えた瞬間からのひとみ惚れなのだ。

それこそDNAに刻み付けられていた。


オレは足取りも軽く教室を後にしようとしたが、足を止めサブリナを小脇に抱えるように撤収した。

どうせ放っておいたら駅までの道で、壮大に迷子になるはずなのだ。

しかし、この子は神がかり的に迷子になる。

神々が与えた才能に近い。


それにしても、自分の教室がわからないから校庭から探そうという発想は、少しぶっ壊れている。

流石にまだ山本君たちは生徒指導室だろうが、粘着系ウェイな方なので、サブリナに対してどう出るかわからない。

警戒はしないとだ。


オレはクラスを出て、とばりのクラスのある二階への階段を目指す廊下で数人「1―A 」の女子に手を振られた。

さっきの試合「ヤリ〇ン疑惑」で下がりきっていた、オレの好感度が回復期を迎えたようだ。

しかし喜んでばかりはいれない。


にやけてたワケじゃないのだが、何故かサブリナがオレの二の腕の柔らかい内側を、そこそこの力でつねった上に「つ―ん、だ」とそっぽを向く。

何これ、姉とばりの次に、この世界でかわいいかもの称号を与えよう。

いや待てよ、これが体育の時にのぞみが言ってた「お前の嫁」なのか?

そんなプチリア充気分を満喫して向かった「2―B」の教室。


「ちょっと来て」


あ…明らかにご機嫌斜めですが……サブリナの事なら迷子対策の一環で、しかしそんなオレの胸の内も知らず、とばりは凄む。

「あんた、私の努力を水の泡にする気?」

「――と、申しますと?」

「なんで、入学早々あんたと学食の『伝説のテ―ブル席』でランチしたと思うの?」


「それは、悪い虫が付かないように……?」

「そうよ、なのにさっきのはなに! 女子の黄色い応援で、こちとら授業に集中できないっての! しかも努力が台無し! ちょっとくらい『ヤリ〇ン疑惑』がかかってる位が、あんたにはちょうどいいのよ!」


オレ自身少し頭が悪いことは認めよう。

こんなに怒っているのに姉とばりがかわいく感じる。

しかもとばりの口から「ヤリ〇ン」とか、ご褒美だろ。


「それにはワケがありまして……」

「うん、聞いたげる」

「あの…

サブリナが申し訳なさそうに口を挟んだ、しかしこの呼び方はそこそこマズイ気がする。


「あの、サブリナさん。私あなたの『お姉さま』じゃございません!」

眼鏡をかけてるワケじゃないが、眼鏡を直す仕草で睨む。

まさに、男が彼女の家にあいさつに行き「お父さん」なんて言ってしまった時のまんま、リアクションだ。

「ではとばりさん。その、実は――」

サブリナは山本君に要求されたことをとばりに話した。


「あんたさ、そんな理由があるなら先に言いなさいよ。私恥かいたじゃない」

しつこいが、姉とばりは鬼畜じゃない。

いくらブラコンで、歪んだ愛情を弟に投げかけてくれるとはいえ、筋さえ通れば聞く耳があった。

今回がそうだ。


「まぁ、そういう理由なら仕方ない。ところでサブリナさん、家本当に帰れるの? 定期見せて……私たちよりふたつ先の駅『西二見ふたみ』ね、駅から近いの?」

オレはとばりに、サブリナの方向感覚のぶっ壊れを昼休みに話していた。


「はい、駅から見えるマンションですので……道に迷ってもマンションの方に歩けば大丈夫です! たぶん!」

本当に大丈夫か?

駅から見えてるマンションなら、さすがに道は覚えてほしい。

それから元気いい「たぶん!」だな。


昇平しょうへい。あんたLINE交換した?」

「LINE? いや…なんで?」

何でと聞くのは、とばりはオレが女子とLINE交換することに過敏だからだ。

いや、逆もしかり。

オレだってとばりのスマホのロック画面に、男子らしい通知があればそれなりにざわつく。

しかし、いくらお互いに過敏になっても、連絡事項なんかでクラスのグル―プとかに参加する以上は異性とだけ交換しないのは無理だ。

サブリナは昨日転校してきたばかりなので、その辺はまだだ。


どうやらサブリナのスマホにはLINEが入ってなく、電車移動する間にとばりがあれこれとしてやっていた。

考えてみれば、とばりが女子の、しかもオレに近い女子の面倒を見るのは珍しい。

冗談だろうが、六実むつみをブロックしろと昼休み言われた。


「それで、これが私で、こっちが昇平しょうへいね。明日からなんだけど、どうする? 今朝はノー部活デイだったからあの時間だけど、私らと行くなら電車の時刻送るけど、早いわよ?」


「あっ、いいですか? お邪魔じゃ……」

「ん…、迷子になってんじゃないかって心配だし。それじゃ、あなたの乗る駅の時刻調べてメッセ―ジ送る。電車逆の方向乗っちゃダメよ? あと、前から二両目だから。この先お互いにいなかったとしても、そのまま学校に行く、いい?」

とばりは矢継ぎ早に話した。

オレたちの下車する駅が迫ってるからだ。


何とか滑り込みセ―フな感じで、明日の朝のサブリナ迷子対策を終え、ホ―ムからサブリナを見送る。

サブリナはどちらかと言えば、オレではなくとばりに深々と頭を下げた。

そんなやり取りを聞きながら『いなかった時は学校へ行く』まで事前に決めてしまうところに感心した。


この先どうなるかわからないが、一緒に通学するなら起こり得ることだ。


「いい娘じゃない」

オレととばりは横に並んで歩道を歩く。

家から駅まではそんなに遠くない。

歩きの時もあれば自転車の時もある。

今日は歩きな気分だったのだろう、選択権はとばりにある。


「うん、いい娘だと思う。そこそこポンコツだけど」


「かわいい顔してる」

「うん、姉さんも負けてない」

「胸、おっきいね」

「うん、でも姉さんも大きいだろ?」

「そう?」


「オレはそう思う」

とばりは足元の小石を軽く蹴る。

「足長いけど、モデルだったり?」

「姉さんはモデル顔だろ、小顔だし髪はサラサラ」

お世辞じゃない、オレは思ってることを言ってるだけ。


「ねえ、知ってる?」

「ん、何が?」

「今の質問。私の承認要求を満たすためだって」

さっきから揺れる手がお互いの手の甲をかすめる。

お互い理由は何となくわかってるから、その揺れる手の振れを無くしそっと手の甲をくっつける。


第三者的に見ても手を繋いでるようには見えないと思う。

オレたちは手を繋ぎたい気持ちが零れだしていた。

「なんとなく。でも、オレ姉さんの承認要求満たせてる?」

「うん……十分」

とばりの小指が少し絡みついた。


こんな感じで、姉弟きょうだいらしからぬ会話と共に、我が家に入った。

今朝とばりが自転車を選ばなかったのは、帰った時父さんが夜勤で寝てるから。

ほんの少しの音でも目を覚ましてしまう。


でも、父さんは気にする必要はないといつも言ってた。

それでも、とばりは気配りをする「どうせなら寝かしてあげたいから」と。

とばりもオレも家族が大好きだ。

だから感情に任せて、家族が悲しむことはしたくない。

それがオレたちのブレ―キだった。


きわどい会話はするが、単なるエロト―クで終わっていた、今のところ。


それから付け加えるなら、今日放課後デ―トにもかかわらず一度家に帰ったのは、学食で減ったお金の補充と言いながら、父さんが気になっていたから。

夜勤の時は下手したら会うのは日に10分くらい。

もし、起きていたらほんの少しでも話がしたい。

そんな気持ちがとばりにはある。


ファザコンというほどではないのだろうが、話せる機会があまりに少なくなると、とばりは父さんのベットを勝手に使って、母さんの隣で寝た。

要はまだまだ子供なんだ、オレたち姉弟きょうだいは。


「残念、寝てるわ」


とばりはリビングで父さんの部屋の様子を教えてくれた。

それから冷蔵庫の様子、洗った食器からちゃんとご飯食べてるみたいだと安心したようだ。

ちょっとした探偵バリの調査だ。

「今回の勤務、いつまで?」

オレは知っていたが、敢えて話を振った。


「今夜が最終日。明日のお昼帰って来たら休みね…いつも思うけど長いわよね…」

父さんは夜勤があまり得意じゃない。

オレたちは合わせるようにため息を溢した。


そして睡眠の邪魔にならないように家を出ることにした。








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