第10話 わたし青春したいの。

「ちょい待ち、そこの似非えせリア充、山本君。ちょっと待ったくらいで人身売買まがりの要求、どうなの? もしかしてわがままに育てられた? マジでキモいんですけど」


ショコラは首を傾け、クセっ毛なポニ―を揺らし逆挑発をした。

斜め立ちがなんかかっけ―。


(何か意図があるのか?)

話すようになったのは、ついさっき。付け加えるなら、まだ本名も知らない。

だから、本心やら意図なんてわからない。

ただ、挑発してることと『1―A』のかしこぶった自称「カ―スト」上位は簡単に釣られることだけはわかった。


「なんだ、こら?」

典型的なオラオラ系だ、こんな取り巻きといて山本君は楽しいのか心配になる。

「何が言いたいバスケ女子」

あれ?

ショコラって女子バスケ部なの?

山本君もしかしたらオレなんかより「1―B」のこと知ってない?


―ということは、たちばな明音あかねもバスケ部だし、ふたりは…

そんな下世話な想像を置き去りにして、ショコラは思ってもない要求をする。


使、欲しいんですけど? 嫌ならサブリナちゃんがなんて言おうが、彼女をトロフィ―には使わない、どう? あぁ、いいのよ。自信ないなら、!」

とばりに聞いたことがある。


代々県立江井ヶ島えいがしま高校にもカ―スト上位が存在した。

そのカ―スト上位が卒業し、オレたちが入学したワケだが、代々のカ―スト上位が使用していた学食の一画を山本君たちが占拠していた。

ちなみに代々のカ―スト上位グル―プは、山本君たちに比べ幾分上品だったことは間違いなく、山本君たちが使っていることに不満を持つ生徒も多い。


そして恐らく、そのことを本人たちは知っていて、それを占拠することが彼らのようなタイプには意味があった。

過去の権威に対しての挑戦みたいなもんだ。

いや、目的は過去の権威の破壊かもしれない


言い換えれば、いま県立江井ヶ島えいがしま高校にはカ―スト上位と呼ばれる集団がいない。


二年のトップカ―スト、東の横綱と闇サイトで高評価を得ている姉とばりのように個人はいても、学内でのカ―スト集団みたいなものに興味を持つ、上級生がいないのかも知れない。

そんな無風状態で遠慮の塊の結果、空座になっていた県立江井ヶ島えいがしま高校トップカ―ストに「自称トップカ―スト」として山本君たちが名乗りを上げたわけだ。


まぁ、オレ的にはいいといえばいい、まるで興味がない。

しかし、ここでショコラがその事を交渉材料として持ち出した。

『負けたらサブリナをよこせ』に対抗したように一見いっけん見えた。


「わたし

ショコラは近づいてきた同じバスケ部のたちばな明音あかねに釘を刺す。

「ん?」

「だから、わたし今、伊吹いぶきクンたちに『ショコラ』って呼ばれてんの、伊吹いぶきクンの前で苗字とかでシラケさせないでよね」

たちばな明音あかねにとっては見慣れた表情。


部活をしている時の真剣な眼差し、しかしこの顔は昇平しょうへいたちに見せない顔を、この場で見せた。

部活の時くらいの真剣さで、昇平しょうへいたちに接してるのか…たちばなはチラリと昇平しょうへいたちを見た。


「イジられてるとか?」


「かもね、でも違うかも。どうでもいいんだ」

「どうでもいい?」

たちばなはショコラの言葉に疑問を感じた。

たちばなは高校からバスケを始めた。


それに対し、ショコラは中学時代から市内の選抜に選ばれていた。

県立江井ヶ島えいがしま高校バスケ部は男女での格差は激しい。

男子はここ数年試合に出れる部員数をようやく確保できる弱小に対し、女子バスケ部は常に目標をインタ―ハイに定める、古豪。


その古豪でショコラは一年生期待のポイントガ―ド。

スポ―ツ系類型、特色選抜で入学していた。

ちなみに昇平しょうへいのぞみも特色選抜で入学していた。


バスケに於いて、ショコラは雲の上の存在だった。


そんなショコラが、そんな「すり寄る」みたいなことする意味がわからない。

「あのさ、わたし青春したいの。恋もバスケも同じくらい」

「それは、伊吹いぶきが好きってこと?」


ショコラはうなりながら少し考えた。

好きかと聞かれたら、好きなのかも知れない。

恋かと聞かれたら、恋なのだろう。

どちらにしても、まだ入り口で「恋に恋してる」と言われても仕方ないとすら、本人は思っている。


でも、本音はそこじゃない気がした。

そして、本音を打ち明ける相手がたちばな明音あかねでもないことも、知っていた。

だけど、本音を口にすることにした。

これを、自分に対しての宣言にしたかったのだ。


「わたしさ、あの輪に入りたいの。トップカ―ストの輪に入りたい」

「トップカ―スト⁉」

「言いたいコトはわかる、伊吹いぶきクンたちはトップカ―ストじゃない。それどころか、トップカ―ストになれる可能性にも気付いてない。だから——」

「だから?」


「わかんない? たちばなって意外と鈍いのね。最初で最後のチャンスなの。私がトップカ―ストに入る、言ったでしょ? わたし青春したいの。恋もバスケも同じくらい。見てみたいのよね、トップカ―ストから見る景色とか恋。バカみたいでしょ?」


たちばな明音あかねは生唾を飲み込むだけで、返事が出来なかった。

古豪県立江井ヶ島えいがしま高校女子バスケ部、期待の一年生ポイントガ―ド。


素人目にもわかる、ショコラの才能溢れるプレイと抜群のセンス。

そんなバスケをする者、誰もが憧れる才能に加え努力を惜しまない姿勢。

そんな彼女がバスケと同じくらい恋がしたいと言っている。


たちばな明音あかねにとって目から鱗、青天の霹靂というやつだ。

そして、たちばな明音あかねは一瞬で判断した。


『俺も勝ち馬に乗ろう、青春もしたい!』


幸い、たちばな明音あかねは中学時代昇平しょうへいのぞみの顔見知りだった。

しかし、ひとつ腑に落ちないことがあった。

学食の一画。

代々のトップカ―ストが陣取って来た場所、そこをショコラが欲しがる理由がわからない、わからないからたちばなは素直に尋ねた。


「ん、わかんない? 。あの場所と引き換えに私がトップカ―スト内での席を貰うの。卑屈に思う? 違うんだなぁ、いい? この先の三年間わたしらは学食の一画で思い出を作るの。その場所を私が提供する、この先卒業して何十年か先に思い出した時に、あの場所はショコラの機転で手に入ったって。素敵でしょ?」


たちばなは、ショコラがこんな女子な顔するんだと息をするのを忘れた。


『久しぶりだな、ふたり共』


どうしよ、たちばなが明らかにオレとのぞみを見て、そんなこと言ってきた。

のぞみもアイコンタクトで「どういう意味?」と尋ねる。

もちろん、オレが聞きたいくらいだ。


六実むつみを見るが、肩をすくめた。なに久しぶりって「教室以来だよな?」みたいな話だろうか?

残念なことにふたりはオレから目を背けた。


仕方ない…

「あの…どちら様ですか? いや、クラスメイトのたちばなだってことくらいはわかるよ? でも久しぶりとなると……誰?」

気を使いながら、最終ぶっちゃけた。

「はぁ⁉ 俺だよ、俺! わかるだろ?」


六実むつみさん! オレオレ詐欺な感じなんですが……」

伊吹いぶき。オレオレ詐欺は無視に限るわよ、あと周りに相談!」

「いや、だからお前に相談してるんですけど……」

「えっ、お前マジで言ってる? 水落みずおちは?」


「いや…こっちも……詐欺師には知り合いは……」


「詐欺師じゃねえし! 俺中学までサッカ―してて。何回か試合したんだけど、覚えてないか、三崎中の右サイドバックやってたんだけど?」

オレは藁をもすがる気持ちで六実むつみを見た。

六実むつみは中学時代もマネをしていた。

試合関係の知り合いとなると、覚えてる可能性が一番高いのは六実むつみだ。

運がいいことに「あっ!」みたいな顔してる。


さすが、モンスタ―スポコンマネ六実むつみさん!

しかし、世間の風の冷たさを思い知る羽目となる。

まぁ、たちばなが、だけど。

それにしてもまったく記憶にない。

記憶にないものは仕方ない、後は六実むつみさんに任せるとした。











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