第8話 あだ名で呼ぶほど親しいですが?

昇平しょうへいさん。体操服までお借りして……」


体操服までとは、さっき学食で「日本円」がないため建て替えたことを言ってる。

サブリナさんは心配そうに眉をひそめた。

気を使ってか耳元に寄ってささやく感じが、新たな誤解を生むのだが……


「サブリナちゃん、それ後でいいから!」

六実むつみはサブリナさんに「キッ」とした視線を送る。

そしてオレに向き直って、下からにらみを加えた。

「な、なに?」

朝から関係改善が進んでいたはずなのだが、突如乱れた。

まったく意味が分からぬまま、オレはジュ―ス女子と顔を見合わせた。


「わかんない? 伊吹いぶきさ、タダでさえヤリ〇ン疑惑掛けられてんのよ? もしがSNSに『今これからカレと……♡』なんて投稿されてみなさい『やっぱ、伊吹いぶきはヤリ〇ン! クソが!』になるでしょ! 少しは考えて!」


「え⁉ これがSNSの闇ってヤツ⁉ なんかありがと」

「礼には及ばん! でも。怖いのよ、ホントにもう…」

やれやれね、みたいな顔する。確かに反省する面はあるかも知れない。

しかし、反省するのはお前だ。


入学して三週間、同性のクラスメイトを「見知らぬ女子」とはアカン発言だろ。

かく言う、わたくしも知りませんでしたが!

心の中で「ジュ―ス女子」とか言ってるし……ここはひとまずフォロ―しないと。


「ん…ショ、はそんなことしねえよ。なぁ、?」

オレは「ジュ―ス女子」に渡したパックの「バナナショコラ」を見て、咄嗟に「あだ名で呼ぶくらい仲いいんだ、オレたち」アピ―ルをした。仲がいいなら自撮りくらいいいだろ? 


「ショ、⁉ 誰それ⁉」

オレは「ジュ―ス女子」の口を手で塞ぐ。

(待て、弟クンに自慢したいんだろ?)

(うんうん!)

(ここはあだ名で呼ぶ仲なんだからみたいな感じで! じゃないとメンドクサイから、六実むつみは!)


(そ、そうなの? なんでそんなメンドクサイ奴なの?)

(いるだろ? こじらせ女子。六実むつみはリアルこじらせ女子なんだ! だから、仲いいイコ―ル、おまえショコラな! じゃないと自撮りツ―ショットは無理かも)

(それは困る! 弟に是が非でもドヤりたい! わかった! アイム・ショコラ!)


おっと、ノリがいいのはなんだか掴みで分かってたが、そのお陰で「名前も覚えてないクソ野郎」疑惑から逃れることができそうだ。

そして! なんかことある毎に最近説教臭いクセに「クラスの女子の名前も覚えてない」攻撃を六実むつみに喰らわせてやる。

そうすればしばらく、ノー部活デイも平和だろう。


六実むつみ。さっきおまえ、この娘のこと『この見知らぬ女子』って言ったけど、クラスメイトな?」

なに「えっ?」みたいな顔してんだよ!

いや、少しくらい空気読んで知ってる風をよそおって! 頼むから‼

見ろよ、ショコラめっちゃ不安そうな顔してんだろ!


(マジでクラスメイト?)


しかも、小声で聞いてくるし……

(そうだよ、おま……マジで知らないの?)

(ごめん。マジです……)

いや、謝るのショコラにな?

バレないようにショコラをチラ見、あ…ほら半泣きだろ!

いやいやいや、嫌な空気漂ってますが、六実むつみさん?


伊吹いぶき。最近ちょい生意気だった、。後で謝るから助けて! し、知ってるでしょ! 私のことあんまり追い込むとギャン泣きするよ? いいの幼馴染教室でギャン泣きさせて? ヤリ〇ン疑惑の上にモラハラ男子トッピングされるよ?)


脅しじゃん!


しかし、それはさすがに生きにくいなぁ…だけど謝るなら『今』ね?

なんで後なの?

まぁいいや…いや待て…待て待て待て!

助けるにもオレ、ショコラの名前知らないんだが?

仕方ない、オレは一か八か六実むつみの耳元で囁いた。


「知ってるわよ、あなたの名前」


「本当に~~?『山田だった? いや…山本…? あっ、斎藤だ!』とか、当たるまで言う気じゃない?」

なに、ショコラのクセに無駄に勘がいいなぁ。しかし、今回はより確実な方法だ、六実むつみ、カモン!


「あなたの知ってるって!」

いや、六実むつみさん! なに助けた端から馬脚を露してんの? オレ一言もなんて言ってないけど!

しかも、相当なドヤ顔…どうすんだよ、そんなバレバレの蛇足!


ちらっ…あれ?


なんかショコラきょどってますが?

(ねえ、伊吹いぶきさん! かえでって、私?)

おまえも自信ないんか―い‼ いや、君たち相手がクラスメイトか、同じ中学出身かわかんないの?


おいおい、オレが言えた口じゃねえけど、もう少し周りに興味持とうよ。仕方ない、ここを丸く収めるには……

(たぶんだけど……)

(うん……)

六実むつみで引っ越し多くてさ…ホンの少しの間?)

(あっ、それで記憶にないんだ! よかった、私どんだけ冷たい奴かと思った。ありがと、伊吹いぶき!)


あら、めちゃピュアっ娘だ。オレらどんだけ冷たいんだ。

なぁ、六実むつみ


「何やってんの、おまえら」

綱渡りの攻防中。

そこに呑気な顔して戻ってきたのがオレの相棒。

水落みずおちのぞみ

オレと同じ県立江井ヶ島えいがしま高校サッカ―部所属6番。

幼馴染。

ポジションはボランチ。

付け加えるなら、県内屈指のボランチだ。

身長はオレより少し高い178くらいか。


のぞみは入学早々を抱えていた。


ヤツ特有の厄災とでも言おうか、どうしたことか相棒のぞみは生徒会長(女子)に告られる星の下で生まれたらしい。

オレが知る限り他校を含め、五人以上の生徒会長(女子)に告られてる。

そして現在進行形で現生徒会長に告られまくってる。


ちなみにヤツの家も近所。

付け加えると、好きな相手がいた。図書委員ちゃんだ。

願わくば、来期の生徒会長に図書委員ちゃんが就任するか、男子の生徒会長になることを切に祈るばかりだ。


しかし、のぞみの厄災は生徒会長だけに留まらない。

何故なら我らのモンスタ―マネ嬢六実むつみが、のぞみを見つけ『あっ!』みたいな顔したからだ。

どうせろくなことはない。


ちなみにこの二人も幼馴染だ。

例えばのぞみにショコラの名前を知ってる?

みたいな。


水落みずおちぃ。この娘クラスメイトだって知ってた?」

どうやら、六実むつみはクラスが同じだったことを、知らなかった事実を隠す努力を諦めたらしい。

「知ってる。前の席だし」

「そうよね! 水落みずおち君! じゃあ、私の名前知ってるよね?」

「知ってる、?」


「あっ…」

ショコラは情けない顔の見本みたいな恨めしい顔でオレを見た。

残念ながら、のぞみは県内屈指のボランチ。

視野の広さには定評があった。

教室に入る前、降りかかりそうな火の粉を事前に察知していた。


「あの……皆さんで撮りませんか、私も写真欲しいですし。どうでしょうか、?」

場を丸く収めようとしたサブリナさんだったが、最後の最後にかましてくれた。

「ああっ、もう! ショコラでいいよ! その代わり仲間に入れてよね!」

オレたちはベランダに出て、ショコラが弟クンにドヤるための自撮りを撮ることにした。


「じゃあ、ショコラを真ん中にオレとのぞみが挟んで、サブリナと六実むつみが前でいい?」

「え⁉ 私も入んの?」

「この流れで六実おまえ入れないとか、いじめだろ?」

「うううっ…写真苦手なんだけど」

「―とか言いながら、しっかり前髪直してんだろ?」

「うるさいぞ? とばりちゃんに言いつけるからね」


六実むつみ。それ、昇平しょうへいにとったらご褒美だから」

「ご褒美なんですか、昇平しょうへいさん?」

のぞみ。説明しづらいことサブリナに言わない」

「――っていうか、昇平しょうへいってサブリナちゃん、呼び捨てなの?」

「ふふっ、きのうお願いしました!」

「はいはい、おしゃべりはここまで。早く撮んないと体育遅れちゃうでしょ」


『はい、チーズ!』


そんなワケで、オレこと昇平しょうへいと相棒ののぞみ、モンスタ―マネ嬢こと六実むつみ、シャイニングブロンドの美少女転校生サブリナ。

まだ本名も知らない『オレ称』ショコラは県立江井ヶ島えいがしま高校1―Bでリヤ充のマネ事のようなことを始めることになった。


この先このメンバ―が中心になって、県立江井ヶ島えいがしま高校のトップカ―ストと呼ばれることになるとは、誰も想像してなかった。


『ちっ、ムカつくぜ……』

毒のある視線を向けられてることも、オレたちは知らずにいた。











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