第4話 姫は迷子の子猫ちゃん。

県立江井ヶ島えいがしま高校。瀬戸内海に面するこの地域ではそこそこの進学校だった。


進学校だからというワケではないのだろうが、伝統的に緩めの校風だった。

それは地元出身の両親が通っていた時代とあまり変わってないらしい。

まぁ、他校のことは知らないので比べようがない。高校ってこんな感じだろう、それがオレのとりあえずの感想だ。


オレと血縁関係がない姉、伊吹いぶきとばりは高校の最寄り駅で先日転校してきたばかりの、サブリナ・ティス・ホリ―ウッドさんと出会った。

転校したて。


しかも海外からの転校。そんなこともあって、高校への道順の記憶が曖昧な彼女を連れ、県立江井ヶ島えいがしま高校の裏門を通り過ぎた。

初対面の姉とばりがいるからだろうか、サブリナさんは物静かだった。


本来なら教師が交代で立ち番をするのだろうが、うちの高校は生徒会が交代でその役目をしていた。

今日の立ち番は顔見知りの二年の図書委員ちゃん。


オレたちを見かけた図書委員ちゃんは、胸の前で小さく手を振った。

とばりと目が合うと慌てて手を引っ込めた。

オレたちと図書委員ちゃんは同じ地区で育った。

小学時代とばりが熱で休みだったりしたら、登校班でオレの手を引くのは彼女だった。


理由は知っていた。

図書委員ちゃんととばりは「ある事件」を境に疎遠だ。

喧嘩するとか、言い争うとかではない「ある事件」からとばりは彼女に心を閉ざしていた。


「ある事件」


オレが小3で、とばりと図書委員ちゃんが小4。

忘れもしない夏休みの学校のプ―ル登校日の帰り道。

どんな流れでそんな話になったか覚えていない。

クラスの男子がどうとか、そんなオレにとってあんまり興味ない話だった。

図書委員ちゃんは「そういえば―」そんな感じで切り出した。

「とばっち。とばっちとショウくんってさぁ――」

「うん」


「ケッコン出来るよね?」


当時小3のオレでもわかった。

日に焼けたとばりの顔が見る見る真っ青になるのが。

とばりは図書委員ちゃんを勢いよく突き飛ばした。

「もう、話しかけないで。あんたとは絶交だから!」

オレはとばりにきつく手を引かれ家に帰った。

帰ったきりとばりは自分のベットで頭からタオルケットを被り、体育座りして泣き続けた。

オレは何度か様子を見に行ったが話しかけられないままだった。


このことが、割と大きな話になった。

その夜、図書委員ちゃんのご両親がうちに謝りに来た。

『不用意だった』と。

オレはそれを階段の上からこっそり聞いていた。

内容はたいした事じゃない。


夫婦の会話をオレみたいにこっそり聞いていた図書委員ちゃんが、そのままとばりに言っただけ。

内容はオレたち姉弟きょうだいに血縁関係がないってこと。

平謝りされ困ってる両親と、知らないうちにベットから抜け出してたとばりに背中を抱きしめられ、泣かれたことがオレの長年の疑問の答えになった。


やっぱり、違うんだ。

オレたち姉弟きょうだいは、よそと。


両親もとばりもオレがショックを受けていると思ったみたいだけど、実は違った。

逆に安心した。


オレは小3ながら姉とばりを好きだという気持ちが、よその兄弟たちとは違い過ぎてるのに気付いていたし、隠さないとダメだと思い込んでいた。

別に恥ずかしい事じゃないのかも…オレは少し安心した。

だけど、この日を境にとばりは図書委員ちゃんと話をしなくなったし、オレには図書委員ちゃんに「近寄らないで」と悲しめの顔で言った。


そんなワケで、オレもあまり図書委員ちゃんを知らない。

なのでここではこれ以上触れない。

知らないワケじゃないがここでは彼女の名前には触れない。


話題に取り上げない女子の名前を挙げたところで、情報の羅列に過ぎない。

少なくともオレに対して無害な、図書委員ちゃんにオレは軽く会釈をし図書委員ちゃんは困ったような笑顔をした。

きっと今もとばりがにらみを利かせてるのだろう。


しかし、県立江井ヶ島えいがしま高校は、オレに人畜無害な図書委員ちゃんみたいな女子ばかりではない。

いや、この猛獣――もとい。

このサッカ―部女子マネ嬢に比べれば、図書委員ちゃんはマイエンジェルかも知れない。


残念ながら、この女子マネ嬢もご近所だ。電車に乗ってまで近所の面々の通う高校にオレたち姉弟きょうだいは通っていた。

図書委員ちゃんの名前を現段階では割愛させていただいたワケだが、このモンスタ―マネ嬢を省略することは出来ない。

しようとしても相手が向かってくるのだ。

いわゆる追尾型とでも言おうか。そうこんな感じで――


「あらあら、これはこれは。ご機嫌麗しゅうございます。ご存じないかと思いますが、ノー部活デイも自主練やってますが? ご一緒にいかがですか?」


嫌味マシマシのスパイスを言葉にふりかけ、しかも軽く舌打ちをした。

実のところ、学校側も生徒会も「ノー部活デイ」の自主練を禁止している。

理由は顧問抜きでの活動は、なにか起きた時の対応が遅れるからだ。


まぁ、至極まっとうな理由なのだが、グランド整備や用具の補修までは目をつぶっている。

しかしサッカ―部の場合ル―ル無視の、割とガチな練習をしていた。

まぁ、主にランニング等だが安全配慮的には、追い込む系のランニングこそ管理者不在ではどうなのだろうと思う。


モンスタ―マネ嬢改め、かえで六実むつみ

残念ながらオレと同級生、さらにさらに残念なことに同じクラスだ。

しかし、こんなことはノー部活デイに於いて日常茶飯事。

なぜかオレ以上に、ノー部活デイを楽しみにしている姉とばりが口を挟まないワケない。


「ムツ。ノー部活デイはオ―バ―ワ―ク防止。学生の本分は学業ですから。あんたこの間の実力何位だった?」


「120位くらいですが。今、関係あります?」

「あら、昇平しょうへいちゃまったら45位でしたが? 部活しながらなのに! 両立しなきゃね~~まぁ、この順位なら来年は別のクラスねぇ~」


ちなみに、とばりは学年10位。

そこそこの進学校でこの順位は凄い。

オレが言ったワケではないのだが、六実むつみに睨まれるのはオレの仕事だ。

まぁ、明らかにオレの代わりに言ってくれてるし、長々と時間を取られたくないとばりは、いきなり核心を刺しに行ってるので、言葉が鋭い。

「そうそう、ムツ。だから、ショ―ヘイに部活強要しないでよね? 週に一度の姉弟きょうだいの時間なんだから」


「きょ、姉弟きょうだいで、で、デートとか!」

「なに、悪いの? 一緒にお買い物行ってカフェ行って、海の見える図書館に行く。どこの姉弟きょうだいもやってるでしょ? あとお家で一緒にお風呂に入るかも~~」

一緒風呂には入るが、一緒は入らない。

とばり。残念だがどこの姉弟きょうだいはしない。

それと、残念ながらデ―トではない。


今日は姉による「返す返す詐欺」の日だ。


簡単に言えば弟捕食デイだ。

でも、詐欺は言い過ぎか。お正月のお年玉で返すからね? 詐欺だ。

しかも4桁までの端数は切り捨て。

考えてほしい、千円台以下は切り捨てられるのだ。


具体的に言うと、とばり的には9999円は端数なのだ。

9999円が端数なんてどんだけセレブなんだ?

オレは溜息しか出ん。しかも――

昇平しょうへいさん、おサイフ――カモン!」

サイフの時だけ付けには、最近なんとか慣れた。

「ん……5000円な。。今日ショ―ヘイ、ジュ―スのみ可とする!」


「えっ⁉」

「なに、不満? お弁当あるでしょ? ん……仕方ない食堂で掛けうどんプラスまでは、ギリ許す!」

あぁ…なんだろ? 毎度ここまで虐げられると、掛けうどん許してくれただけで、姉とばりがめっちゃかわいく感じた。

わかってる、もはや末期だ。


収まりが付かない六実むつみとばりの死角を突いて、オレにひざガンを喰らわせてきた。

明らかに腹いせだ。

(エ―ス様はお姉さまナシじゃ何も出来ないんだから‼)

何なんだ、このチビは。

オレは身長154センチの実際それほど身長が低いワケではない、昔からの知り合いに入れられたひざガンの後をさすりながら教室に向かった。


「なに、いきなり伊吹いぶきったら、サブリナ姫のエスコ―トですか? お姉さんに言いつけてやる」

教室の入り口周辺で気付いた。


いくら道がわからなくても、ここまで連れてくる必要はなかった。

オレは慌ててサブリナさんと距離を取ったが、もう時すでに遅し。

恋バナ好きの女子の好奇心という網に絡めとられていた。

クラスではサブリナさんの容姿端麗さから、サブリナ姫とよばれている。

「どうぞ。残念だけど、姉さんも知ってる」

「ウソ、マジ⁉ 伊吹いぶきとサブリナ姫は、お姉さん公認の仲なの⁉」


「公認……」

少し違う。

確かに駅前から道に迷った、サブリナさんと来たのは知ってる。

そりゃ、とばりもいたから。

何か恋バナ好き女子に言い返そうとしたが、ちょっと面倒になった。

実際、姉とばりに言いつけに行くほど勇気もないだろう。


なにせ姉――伊吹いぶきとばりは、県立江井ヶ島えいがしま高校第二学年のカ―スト最上位に君臨していた。

カ―スト上位。


本人が望まなくとも毎年のように番付される。

事実県立江井ヶ島えいがしま高校の裏サイトなる番付では『伊吹いぶきとばり』は東の横綱だった。

オレが知らない間にとばりは力士になっていた。

しかも裏サイト運営に「総合力を評価した」と寸評されていた。

どんだけ上から目線なんだよ…


そんなこともあり、オレは恋バナ好き女子を笑顔でスル―。

しかし、これでは愛想がないととばりに叱られる。

オレはカバンを自席に置き女子の所に戻り「ジュ―スで手を打たない?」と買収を持ち掛けた。

まんざらでもなさそうに頷いたので、交渉は成立した。しかし、残念な誤解がこの教室という小世界にはある。


――サッカ―部はリア充だという幻想。


敢えて言おう、それは愚かな虚像だと! 朝からのオレを振り返ってほしい。

とばりには、放課後追い剝ぎ確定。

モンスタ―マネ嬢かえで六実むつみには、理由なく嚙みつかれ、膝ガンだ。

図書委員ちゃんは朝の挨拶をしたに過ぎないし、恋バナ好き女子にはジュ―スで真実を捻じ曲げる、ズブズブの関係。


サブリナさんだって――単なる「迷子の子猫ちゃん」だろ?

しかし、気付けばその「迷子の子猫ちゃん」が、真っ赤な顔してオレのシャツの裾を引っ張る…


こうして『サッカ―部はリア充だ』という、都市伝説が独り歩きした瞬間にオレは立ち会うこととなる。












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