第5話 オレを取り巻く残念な現状。

場所は自分の席だ。

サブリナさんは校庭側の隣の席。

時間は予鈴までまだ十数分ある。

サブリナさんに背を向け、スク―ルバックを机の横に掛けようとした時のことだ。


昇平しょうへいさん、ちょっと…」

サブリナさんは控えめな声と共に、オレのシャツの裾を引っ張った。

クラスに出来つつある、アンチサッカ―部、いやアンチオレか?

その輪が今の「昇平しょうへいさん」呼びを見逃してくれるハズもない。

しかも、転校翌日のS級美少女から、シャツの裾を引っ張られる「事案」の発生のみならず、真っ赤な顔して耳元でささやかれた日には――


伊吹いぶき昇平しょうへいはヤリ〇ン、シあるのみ!!』確定フラグが出た。


その根も葉のない怨嗟の声を塞ぎたいのだが、サブリナさんの耳打ちがそれどころではなかった。

「ごめん。わからないよね……一緒に行こうか?」

「はい……ごめんなさい。私今頃――」

「いいって」


アンチの視線も会話も置き去りにしたオレは、サブリナさんと教室を後にした。時間的には急ぐ必要はない。

ホ―ムル―ムまでにはまだ十分な時間があった。

しかし、急がないといけない状況だった。

さっきサブリナさんが真っ赤な顔でオレの耳元に告げたのは――


『おトイレ…行きたいです』


顔を真っ赤にしてたのはトイレに行きたかったから。

トイレの場所も聞けないまま、オレの後を教室まで付いて来てしまったのだ。

女子なんだから、それなりの配慮をすべきだった。

後悔しても仕方ない。


まだ出会って間のない女子が『おトイレ…』までいうのだ。

普通に考えて、切羽詰まった状態。

ガマンはよくない、下手したら病気になるらしい。

転校したてで――相手は男。

聞くに聞けないよなぁ…。

だから「ヤリ〇ン確定」されようが、トイレに向かう廊下でサブリナさんがオレの手を握ろうが、優先はトイレだ。


「なに、ウチのエ―ス様は今度はS級美少女まで毒牙にかけるの? お盛んね」

モンスタ―マネ嬢、かえで六実むつみがオレたちの姿を見て、あきれた顔をして見せたところで、正直今は知らん。


六実むつみ、後にしてくれ。サブリナさん。ここです」

昇平しょうへいさん! ありがとうございます! あとサブリナで!」

今そのくだりが必要か、若干疑問だが、サブリナさんは無事トイレに駆け込んだ。

幸いにも間に合ったようだ。

安心したオレもついでに男子トイレで用を足した。

外に出てみると廊下の窓枠にもたれかかり、退屈そうな顔した六実むつみがいた。


「あの転校生。トイレの場所知らなかったの?」

「うん。オレも言われるまで」


「そう。なんか、ごめん」

しおらしく六実むつみが謝る。

本来六実むつみはこうなんだが、どうも部活が絡むとスポコンを発揮する。

「あ…伊吹いぶき。ごめん、行くわ。なんか顔合わせずらいし…」

「うん、迷って教室帰れないとだから待つわ」


「うん、また」

六実むつみはぎこちない笑顔と共に去ったのだが、場所がトイレの前。

オレとサッカ―部マネということなのか、ほのかに陰口が聞こえる。

おいおい、朝から学校のトイレで、六実むつみと一体ナニが出来るんだ? エロ漫画の読みすぎだ。

たくっ、オレは少しだけ悪態をつきたくなった。


「スミマセン。昇平しょうへいさん、お待たせしてしまいました!」

「あぁ…大丈夫でしたか…(って、オレなに聞いてんだ⁉)」

「はい! すんでのところで…つつがなく」

ん……「すんでのところ」ってなんだろ?「つつがなく」ってどう、つつがないの?

オレはサブリナさんの溢れる笑顔と、なんだか変な日本語に思考回路が残念なことになった。


(ん…待てよ……これって、まさかの連れションなのでは……)

オレは慎重に辺りを見渡した。

男子どもの阿鼻叫喚あびきょうかんの心の叫びが、廊下に満ちていた。

それはまるで――


――男子サッカ―部など、この世から消えて亡くなれ! と言わんばかりの……


覆水盆に返らずと申します。


一度ヤッちまったことは後悔しても仕方ない。

彼女いない歴イコ―ル年齢のオレ、付け加えるなら「血縁関係がない姉がいる歴イコ―ル年齢」のオレを捕まえ「リア充ヤリ○ン」と称すなど、まさに笑止!

まぁ、世間一般の男子サッカ―部はモテるのだろうが、オレを取り巻くのはモンスタ―マネ嬢と、弟を捕食対象とみている「かわいい生き物」法律が許すなら結婚したい姉とばり(いや、法律は許すか?)。


あと図書委員ちゃんと、方向感覚が少し残念なS級美少女転校生サブリナさんだけ。


血縁関係がない姉、とばりと、最近ほとんど話したことない図書委員ちゃんを女子枠にするなら、雑誌のグラビアアイドルも普通にオレの女子枠にカウントしていいと思う。


それくらい話してない。

サブリナさんは兎も角、六実むつみの旧世代のような鬼コ―チに恋などしない。

つまり純然たる女子枠はきのう転校してきたサブリナさんだけ。

しかし、昨日会ってすぐの女子に人は恋なんかするのか?


答えはするらしい。

休憩時間のたびにサブリナさんの席周辺は大混乱。

焼きそばパンの移動販売でもしているのだろうか、そんな疑問を持ちたくなる程の混雑ぶり。


そんなワケで隣の席のオレは、その混雑に否応なく巻き込まれる。

いや、きっとこれはオレに対しての挑戦なのだ。

おそらくこの野郎どもは、オレにまんまと出し抜かれたと思っている。

そして今現在進行形で、そのありもしないオレのアドバンテ―ジを埋めるため、アピ―ル合戦を絶賛開催中なのだ。


もちろん相手はサブリナさんだ。

オレは休み時間に机に突っ伏せて寝る野望を捨て、同じサッカ―部の親友の姿を探したが、残念いないようだ。


―となると、残念ながらオレに出せるパスコ―スは、本当に残念だがモンスタ―マネ嬢、かえで六実むつみくらいしかクラスにいない。

アイコンタクトを送るも、朝の気まずさが糸を引いているのか、目をそらしたきり合わせてくれない。


仕方ない、行きたいワケじゃないがトイレにソロで行くか。

オレはさみしく教室をひとり出る予定だった――

昇平しょうへいさん! 私もご一緒していいですか?」

元気にすらっとした手で挙手したのは、シャイニング・ブロンドふんわりとしたロングヘアに、少しタレ目にダーク・グリ―ンの瞳。

今売り出し中のS級美少女、サブリナ・ティス・ホリ―ウッドその人だった。

うん、想像は付いた。


オレは半ばあきらめ気味に振り向く。

察した六実むつみが合掌をしていた。

朝より幾分関係は改善したみたいだ。めでたしめでたし。

――んなわけあるか。


席を立とうとするサブリナさんをそれでも引き留めようとする、猛者がいた。

「サブリナさん、どちらへ?」

「あぁ…申し訳ありません。ホリ―ウッドとお呼びいただければ…」

暗にファ―ストネ―ム呼びを封じた。

教室の入り口周辺で固まるオレに、悪意はないのだろがオレのシャツの裾を朝したように掴んできた。


しかし、オレだって高校生活を始めたばかりだ。男子に目の敵にされるのは少しだけ困る。なので、ほんの少し「オレも君たちと同じだからね?」とアピ―ルした。


「ど、どうかしましたか。

どうだ? 君たちと同じ苗字呼び(外国の方の名前を苗字と呼ぶかは疑問だが)をした。これでサブリナさんが返事をすれば万事解決。しかし――

昇平しょうへいさん。サブリナとお呼びくださいと、何度もお願いしましたが?」


あぁ…万事解決どころか万事休すだ。

その上――

「あぁ…じゃあ、?」

「サブリナでお願いします!」

例のくだりをクラスメイトと、サブリナさんの急造親衛隊の前で披露する羽目に。

いや、それだけではないサブリナさんは、こともあろうかオレの耳元で『内緒ですが、またまたおトイレです‼』照れるなら言わないでほしい。


その照れた仕草が、間違いなくサブリナ親衛隊に誤解を与えたが、もう言葉で解決する範囲を越えていた。


そして、オレは無事用を足しサブリナさんを待つ間、壁にもたれていると六実むつみのLINEが来た。

『チャイム鳴ってから教室戻るのを勧めるよ?』(ポスッ)

『えっと、荒れてるってこと? 女子も?』(ポスッ)

『女子は普通かな。男子は…(鬼)』(ポスッ)


そんな事態に教室が陥ってる(男子が)とも知らず、サブリナさんはすっきりした、いい顔で戻って来た。




 



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