第3話 姉のカオリ。

先程までの話だと、姉が大好きな弟とそれのどこが悪いの? くらいにしか思ってない姉。


そんなふたりの姉弟きょうだいの生温かな話に映る。

全否定はしないがじゃあ完全に認めるかといえばそうではない。


ちなみにオレたち姉弟きょうだいは完全に血が繋がっていない。

DNA鑑定しただとか、市役所に行って戸籍を調べたとかじゃない。

オレ自身の記憶だ。きっと生まれて間もない事だと思う。

実際赤ちゃんが生まれて目が見えるのはどれくらいだろう? ひと月だろうか、ふた月だろうか。そんなには掛からないか……


オレと姉とばりはひと学年違いの年子。

はっきりしたことは言えないが、とばりが一歳か二歳になるかどうかの頃だ。

オレが初めて姉とばりを見たのは。

生まれてすぐのオレは衝撃を受けた。


なんなんだ、この可愛い生き物は⁉ 結婚したい‼ 出会った瞬間に求愛ならぬ、求婚だ。


それがオレととばりの出会いだ。

生まれた瞬間とは言わないが、生まれて間のなくオレは血縁関係のない姉に目を奪われることになる。

ただ、それが今も続いてるだけ。


後で知ることになるが、母さんはオレがお腹にいるまま離婚し、そしてとばりを男手ひとつで育ててた父さんと再婚したようだ。なのでオレは父さんと、とばりは母さんと血縁関係がない。詳しいことは知らない。


だけど姉とばりのことなら何でも知っている。

いや、正確には知っている事を強要されていると言うべきか。


それはすごく簡単なことから、例えば今日の一限目は現国で副教材が必要とかから始まり、姉の生理の周期まで把握していた。

これだけ聞けばただの変態野郎だ。

それは間違いない。


しかし、違う。言い訳をさせてほしい。

姉の生理はすごく規則正しく、他を知ってるワケじゃないので決めつけれないが、そこそこ重い。


そして、そこそこ以上に機嫌が悪い。

付け加えるなら、オレに対する要求の質と量が増すのだ。

この辺りまで話せば勘のいい人ならわかるだろう。

つまり、その時期は要警戒期間なのだ。

どんな要求やどんな難癖もやってくる。


それは家の中だけではない、学校にいるときもだし部活をしている時もだ。

さすがに部活の時は難易度の高い要求はしない。

そもそもそんなヘマをオレが侵すわけない。

事前に対応を済ませる。


例えば、昼休み姉の教室を訪ね授業が終わった重い教科書類や、帰宅後すぐに勉強予定がない辞書などはオレのスク―ルバックに移す。

そうすることにより「私がでヘロヘロだった日に何にもしてくんなかったクセに……(ジト目)」案件の発生を防げる。


しかし、姉とばりも鬼畜ではない。

姉の辞書で膨らみ切ったオレのスク―ルバックから、空の弁当箱や午前中に終わった体操服なんかを持ち帰ってくれる。

これはオレに対してのやさしさと、何より家族大好きな姉のいいところだ。


社員で働く母親の家事負担を減らすため、弁当箱や重なると量が多い体操服を先に洗ってしまうと、仕事終わりの母さんの家事が少しは楽になる。

オレ的にも軽くてかさばる荷物が減るのは助かるのだ。重い荷物を姉が抱えて帰らなくて済むのもいいことだと思う。


しかし、姉に対して知ってることはこれだけではない。

とばりが今日どんなブラをして、どんなパンツを履いてるか。オレは知っていた。それにはこんないきさつがある。


今朝はノ―部活デイだ。朝練もなければ午後の練習もない。禁止なのだ。

だから今朝の始まりはゆっくりだった。父さんは夜勤でまだ帰ってない。

昼過ぎ頃に帰宅予定だ。そんなわけで今朝の我が家は、父さん不在だった。


「姉さん、ちょいブラ紐見せろ」

制服に着替え栗色のロン毛の前髪を整えながら、現れた姉とばりにオレはいきなり下着を見せろと要求した。

待ってほしい、これには理由があるし我が家では普通の光景なのだ。


「お母さん~~! 大変、弟の昇平しょうへいさんたら朝から蒼い性の欲望をお姉ちゃんにぶつける~」

「もう、あんた達バカやってないの。お母さん信じていいよね?」

毎朝のように姉とばりは母さんを心配にさせる。

「もう、ほれ!」

食パンにべったり塗られた、イチゴジャムを頬張りながら襟元からびろーんと割と惜しげもなく披露する。

元々隠す気もないし、実のところそのブラは見慣れてる。


あっ、言い訳を聞こうか?

「なんで濃紺着けてんだよ!」

「え? いいでしょ? なんかセクシ―でしょ? 朝から得した?」

いつもの会話なのだが、我が家一まじめな母さんには荷が重い。我慢してるが額に「怒りマ―ク」が出来てる。


「脱げ」


「ちょっと、⁉ この子ったら朝から姉に向かってブラ取れですって……お母さん出た後どうする気よ⁉」

とばりは器用に震え声を出したあと爆笑した。残念母さんは笑ってないし、奥さんて誰だよ? あっ、母さんの「怒りマ―ク」増えた……

「今日四限目体育だろ。そんな濃いい色のブラしたら透けるだろ!」

「お母さん、この子ったら姉のこと自分の女扱いするんですけど? そりゃ、モテないわ、納得!」

勝手に言ってろ、脱がせるもんは脱がせる。そして堪り兼ねた母さんが口を挟んだ。


とばり、あんたいい加減にしなさいよ。先週昇平しょうへいが言うの押し切って、あんた夜何時間文句言った?『姉が体育の日にこんな色のブラしたら透けるでしょ! あんたのせいで男子にジロジロ見られたんですからね! 姉を持つ弟としての危機感ないんじゃない? なに姉が校舎裏であんなことや、こんなことされていいの⁉』とか」


「あと『見損なった!』まで言われた」

しかし、悪びれないとばりは「そうだっけ?」だけで済ませた。

しかし、朝解決しないといけない問題はこれだけじゃない。

「姉さん、パンツは?」

「ん……履いてますよ、ちゃんと。見る?」


どういうワケか、こっち系の会話になると、母さんを逆撫でをするような返しをしたがる。

「いや、どんなの履いたかだけでいい」

「うんとね、おソロの濃紺。ほら、横にリボンが付いてる可愛いの。あんた知ってるでしょ? 

どの時だ? 残念ながら、血縁関係がないとはいえ姉とパンツの思い出を共有したことはない。まぁ、この方相手に一個一個ツッコんでたら話なんて進まない。

いや、待て。おソロの濃紺だと?


だぁ…⁉ それ水曜履く予定のパンツな!」

オレは姉のパンツを残念ながら知ってる。

いや、オレに苦情なら少し話を聞いてからでも遅くない。

オレは姉とばりのパンツやブラにはじまり、キャミやニ―ハイに至るまでの管理をしていた。靴下もだ。


なんで姉の下着全般を管理してるかといえば、理由は簡単。

とばりは考えもなく引き出しの手前にあるモノから身に着ける。

つまり疲れて帰って来た母さんは、乾いた洗濯物を引き出しの前側に入れるのが精いっぱいなのだ。

そして素直なとばりは前にあるモノから身に着け、翌日乾いたものがまた前に補充される。


こうして我が家のヘビ―ロ―テ―ション、メビウスの輪の完成だ。

まぁ、少し大げさなネ―ミングは見逃してくれ。

ここまで聞けば、勘のいい男子諸兄なら理解してもらえるだろう。


ヘビ―ロ―テ―ションの末なにが起こるかと言えば、一部の下着だけ激しく劣化が進む。しかも、姉とばりはそんなことお構いなしだ。

しかし、ある日突然問題は起きる。

たいていが体育の授業か、もしくは身体測定。


「ねえねえ、とばりとばりってそのパンツお気になの? ずっと履いてるけどさ、あっ! 気に入ると同じの何枚も買っちゃう派? わかる! 私もそうなの! あっ、でもいくら気に入っても少し色違いにしないと、ず―と同じの履いてるみたいに言われるよ? あっ、ブラ少しよれてるよ?」


ちなみに姉は下着も服もそこそこ持ってる。

おこずかいでパンツを買うぐらい好きなのだ。

言うなら「こんなこと言われる筋合いはねえ!」なのだ。

そして姉とばりの思考回路から導き出された答えは。


!」


昇平しょうへいが私のお世話を怠るから、姉ちゃんめっちゃ恥かいたんだからね! あんた弟でしょ! 姉ちゃんがその日履く下着ぐらいちゃんと用意しなさい! いい? 姉ちゃんがはあんたが私の下着管理しなさい! あんた的にもいいでしょ?『大好きな姉ちゃんがオレの選んだ下着着てんだ』みたいな?」


まさに暴論だが、ここまで言われるのだから、こちらはこちらでそれなりの強制力を持たせてもらわないと、効果がでない。


「脱げ、今すぐ」


「お母さん! 昇平しょうへいが! 朝から私にノ―パンになれって! あっ、痛っ!」

流石にここまでくると、温厚な母さんも新聞を丸めて後頭部を殴るだろう。まぁ、音ほど痛くないはずだ。音だって「ぽこん」と牧歌的だ。

飛んでリビングを退散したはずのとばりだが、リビングのドアの隙間から「ちょい、ちょい」とオレを呼ぶ。

近づくと――


「あんたの言う通り、姉ちゃん履き替えるけど、履き替えたヤツってきのうお風呂入ってからのなんだ」


「うん…」

「そこそこ姉ちゃんのだから。あんたの枕元おいとくね? 使?」

とばり‼」

「ヤバっ! 冗談なのに…」

とばりは脱兎のごとく階段を駆け上がり、母さんは眉間を押さえながら仕事に出かけた。

いつもの風景だ。


ただ、どこかで本当に、淡い期待をしているオレがいる…そんな春の日のことだった。








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